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32.ギリアの錆姫

 そこは赤茶けた錆だけがあった。

 全てが錆びていた。


 床も天井も窓も柱も扉も屋根も壁も何もかも。

 大地すらも。

 赤い錆に支配されている。


 かつてその建物はギリアの王城と呼ばれていた。

 勇猛なる騎士が闊歩し、文化を体現する貴族たちが舞うように歩んでいた。

 英明なる国王を筆頭とした王族と、貴族、騎士、兵士らの心は常に一致し、団結は揺るぐことはなかった。

 港に面した都は、豊富な海産物があふれ、商人や買い物客でいつも賑わっていた。

 屈強な船乗りたちも気性は荒いが、規律は守り、ケンカは多かったがそれ以上の刃傷沙汰になることは滅多になかった。

 この国、ギリア王国はおおむね平和だった、と言えるだろう。


 平和に影が差したのは、魔王軍の侵攻である。

 半魚人マーマンを中心とした海魔軍団は海魔将ガルグイユの指揮のもと文字通り波状攻撃を繰り返した。

 幾度も幾度も半魚人マーマン、そして海や水に住む魔物の攻撃を受けて、はじめは対抗していたギリア軍も次第に疲労し、減員していった。

 どこの国もそうだったように。

 どこかの国とは違って、ギリア王や貴族、騎士たちは最期まで戦った。

 騎士たちが全滅し、貴族の若者が剣を取るも殺され、王子たちが傷を負わされていく。


 その滅亡の間際。

 奇跡は起こった。

 そして、海魔軍団とギリア王国は同時に滅亡した。



 ギリア王国の騎士の一人に、鉄魔法を使える男がいた。

 肉体を鋼鉄に変え、何者も通さず、あらゆる攻撃を耐えきることから鉄騎将という称号を王より賜ったほどの英雄だった。


 また、王国の宮廷魔法使いの一人に“雷鳴の魔女”と呼ばれた女性がいた。

 その名の通り、風派生の電撃魔法を得意としており、幾多の敵を感電死せしめた使い手だった。


 そして、この二人は夫婦であり、娘が一人いた。



 最後の侵攻の際、海魔軍団の上陸部隊を指揮していたのはガルギアノという高位半魚人ロイヤルマーマンだった。

 ただの半魚人から昇格した海魔軍団の強者である。

 海魔将ガルグイユより下賜された三又の青い矛“ブルマーレ”を手に、王城へ攻めこんだ。

 この魔法の矛である“ブルマーレ”はどこにでも海を召喚できる魔法が込められていた。

 戦場を海にすることによって、半魚人マーマンや水棲の魔物たちは実力を発揮し、人間をたやすく打ち破ることができたのだった。



 そして、ガルギアノ率いる海魔軍団上陸部隊は、ギリア国王をはじめとした王族、貴族、騎士らを倒した。


 国王らに守られていたギリアの子供たちは、侵略者であるガルギアノたちに発見される。


 そして、そこに鉄騎将と雷鳴の魔女の娘がいた。

 両親から、その魔法の才を充分以上に受け継いだ少女が。


 父親と同じくらいの勇気と、母親と同じくらいの責任感で彼女は一人、子供達の前に出た。

 それを見たガルギアノは、その勇気に感心し、一撃で少女を葬りさることにした。


 彼女は右腕を鉄に変えて矛を受け止め、左手から電撃を出して高位半魚人ロイヤルマーマンを迎え撃とうとした。


 鉄の右腕が、海水を召喚する矛を受け止め、そこへ電撃が流れた。


 その瞬間、ギリアの王城は変貌した。


 ありとあらゆるものが赤茶けた錆に包まれた。

 床も天井も窓も柱も扉も屋根も壁も何もかもが錆に覆われた。

 矛を握っていた高位半魚人ロイヤルマーマンのガルギアノは驚愕の表情を浮かべ、そして錆となって崩れ落ちた。

 同じことは、攻め寄せていた海魔軍団全員に起きた。

 色を塗り替えるように錆びていく建物に飲み込まれるように、半魚人マーマンも海の怪物たちも錆と化して崩壊していく。

 王や貴族、騎士らの亡骸も錆の一部となって、すぐに見分けがつかなくなった。


 小高い丘の上にあったギリアの王城は、次の瞬間には赤茶けた錆の城に変わっていた。

 錆の勢いは止まらない。

 城のある丘から城下町へ続く坂道に、赤茶色の絨毯を転がしたように錆は進んでいった。

 登っている途中の海魔軍団も、防戦していた騎士も、逃げようとする民も、みんなまとめて錆になった。

 城下町が赤茶けた錆の廃墟になるまで一晩とかからなかった。


 上陸部隊の全滅を確認し、海魔軍団の魔将ガルグイユは目標であったギリア王城の失陥は成功したと判断し、撤退した。

 だが、高位半魚人ロイヤルマーマンを含む多数の戦力を失った海魔軍団はそれ以上の侵攻はできず、ネガパレスに詰めていたガルグイユは勇者によって倒された。


 そして、ギリア王国は地図から姿を消した。


 生き残った人々が、領土の端でギリア復興会を結成し、人々を集めているが、元の繁栄を取り戻すには長い時間がかかるだろうと予測されている。



 そして。

 錆の廃墟になったギリア王城にはただ一人、術の発現者だったために魔法の影響から逃れ、しかし錆に囚われた少女だけが残った。


 興味本位で、城に侵入したある冒険者は、城内で今も生き続ける彼女の姿を目撃した、という。

 しかし、城内を蝕む錆の力はあっという間にその冒険者を錆に包んだ。

 なんとか脱出したその冒険者は、待っていた仲間に「錆姫サビヒメ」とだけ言い残して、錆の塊となって命を落とした。

 仲間の冒険者は後ろも見ずに逃げ帰り、錆に覆われたギリアと錆姫のことを触れ回った。

 それから、この「錆姫」の話は恐ろしい怪物譚と同じように、大陸中にひろまっていくのだった。



 赤茶けた空間の中で、彼女は一人だった。


 体は錆に囚われ、また彼女と同じくなぜか錆から逃れていた矛に貫かれて動かない。

 それでも、命は尽きなかった。

 それどころか、錆の増大とともに命の炎もまた強くなっていく気がした。

 待っているのだ。

 と、彼女は不意に気付く。

 この静かな、錆に覆われた牢獄から、誰かが解き放ってくれるのを。

 今は、ただ微睡みのような夢の中で待ち続けるだけだ。



 その錆の城を遠くから見つめる瞳があった。


「必ず君を救いだして見せる」


 そう力強く口にする。

 孔雀石マラカイトのような緑青色の髪、耳はわずかに尖っているように見える。

 遥か古代に去っていったエルフの血が混じっているのかもしれない。

 その身をプレートアーマーに包み、黒と緑の布地でできたサーコートをその上から着ている。

 腰にさした鞘は優美な装飾が施されたもので、その持ち主の社会的地位が伺える。


「ダヴィド様、お支度はお済みでしょうか?」


 ダヴィドと呼ばれた彼の後ろから、女性が声をかける。

 振り向くと、十代後半の黒髪に黒い目の女性がいる。

 胸元の雷の意匠のペンダントが目立つ。


「フフェル、俺はもういつでもいけるぞ」


 フフェルは表情を崩さずに、さらに後ろにいる重装備の男に合図をした。


「ハルベルクも準備できています」


「よかろう。二代目“雷鳴の魔女”たるお前と、二代目“鉄騎将”のハルベルク、そしてこの俺、ダヴィド・ギリアが“錆姫”と錆の城の呪いを解き明かし、ギリア王国を再興する。その初めの一歩を記す時だ」


 フフェル、そしてハルベルクも頷く。


「参りましょう」


 ハルベルク、フフェルは出発する。


 ダヴィドはもう一度、錆の城を方を向いた。

 強い感情が込められた瞳で、城を、あるいはその中の誰かを見る。


「必ず、君を救いだして見せる……どんな手を使っても」


 ダヴィドはそう小さく、そして強く宣言すると再度後ろを向き、歩きだした。

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