319.極光夜2-02
「で、すぐに御座所に向かうのか?」
「いえ、まずは散らばった仲間と合流します」
結構本気めで走っているのに追い越せないキャロラインに、シフォスは感心しながらそう尋ねた。
「確か、竜の女王と眠りの魔法使いと勇者の力を持つ料理人、だったか」
「はい。前回の合流地点から考えるに、おそらくこのあたりに勇者の力を持つ料理人……ニコちゃんがいるはずです」
「そいつは強いのか?」
剣士としての性質か。
シフォスは強いか弱いかで人を判断する時がある。
「美味しい料理を作れます」
「……なるほど、それはそれで貴重だ」
予想地点に着くと、不自然なほどに魔物が群がった邸宅があった。
キャロラインがいたリオニア使節団の邸宅と同じように、だ。
このあたりは、おそらく冒険者仲間たちが滞在していた区画のはずだ。
ニコ自身は冒険者ではないが、ギアやリヴィエールがいたドアーズと深い関わりがあるから、こちらへ組み込まれたのだろう。
「蹴散らします」
「弱い小鬼相手では気乗りがせんが……まあ、いい」
二人の剣士は小鬼の感知範囲外から一気に斬りかかる。
ばっさばっさと小鬼たちは斬られ倒れていく。
ばぁーん!!と大きな音をたてて扉が破られた。
扉の向こうには覚悟を決めた顔のニコがいた。
「やってやります!勇者剣法“疾風斬”」
外の喧騒が自分を襲いにきたものと判断して先制攻撃してきたのだろう。
気持ちはわかる。
「勇者剣法“疾風返し”」
ニコの突進に、キャロラインは合わせて返し技を放つ。
勇者剣法は技の名前を叫ぶとそれに合わせて体の動きと魔力を半自動的にコントロールして放たれる。
戦闘経験の少ないニコでは、技を自分ではコントロールしきれない。
そう判断したキャロラインは、同じくらいの威力の技で相殺しようとしたのだ。
狙いは当たり、二つの勇者剣法はお互いを食いあって、消えていった。
当然、こっちにも、ニコにもダメージはない。
「ふええ、なになになに?」
「落ち着いて、ニコちゃん」
元気な顔を見られただけで嬉しくなる。
「キャロルちゃん……?」
「ハヤト神から説明は受けた?」
「だいたいは……だけど、キャロルちゃん、いつもとなんか違うような?」
「んとね。ハヤト神からの言伝てです。よく聞いてね」
「ハヤト君から?」
君付け、ということに例の神様とニコの関係がうっすらと見えてくる。
が、まあここでは関係ない話だ。
「“ツヨクテニューゲーム”そして“タイムアタック”」
「あー、ゲーム脳だなー」
「言えばわかるって言ってたけど」
「確認。キャロルちゃんは二週目ってこと?」
「まあ、今は二回目だよ」
「俺には戻ってきた、と言ったな、確か」
「そちらは?」
キャロラインの後に控えていたシフォスのことを、ニコは見た。
「シフォス・ガルダイア殿です」
「それって……魔王軍の四天王で……ギアさんとかの敵だったんじゃ?」
「そうだな。俺は元四天王の一人で、ギアとは敵対して、そして敗れたジジイだ」
自嘲するようにシフォスは笑う。
そこで、キャロラインは気付く。
ここにいるシフォスは、まだ恐怖を克服していないのだ。
戦いの中で克服させるのはちょっとリスクが高いかな。
前回は、暗黒騎士との戦いの中で恐怖をコントロールできたけど。
「まあ、味方なんですね……?」
ニコの確認に、にキャロラインは頷いた。
「では、シフォス殿、ニコちゃん。次はメリジェーヌ先生を探しますよ」
この後の展開は、暗黒騎士が送り込んできたギアの記憶から生み出した影によって、シフォス、メリジェーヌ、ラグレラが足止めされた。
それを暗黒騎士が気付く前に合流することで、余計な手間をかけずに一気に御座所に突入できるはずだ。
不機嫌そうな顔のまま、メリジェーヌは目の前にいた亜竜の頭を蹴飛ばした。
巨体の亜竜はくるくると回転し、誰かの家に頭からめりこみ動かなくなった。
「竜とも呼べぬトカゲ風情が、わらわの前に立ちふさがるとは身の程を知らぬのう」
足元には小鬼の死骸が山のように重なっていた。
その周囲には鷲獅子の亡骸が四体分積み重なっている。
メリジェーヌの前にいた怪物たちが、それ以上の怪物であるメリジェーヌによって蹂躙された姿だった。
「しかし……見覚えのある魔物どもよのう。実地研修を思い出すのう……っと、わらわの発言もどこかで聴いておるのか」
メリジェーヌの前に、人影が立っていた。
黒い。
顔は見えない。
その右手には青白い燐光を放つ片手剣が握られていた。
そして、次の瞬間。
バラバラに切り裂かれて消滅した。
戦闘直前のそれにメリジェーヌは呆気にとられる。
「今のは暗黒騎士の作った影でしょうか?」
「それにしては弱いな」
「剣の形に見覚えがあります。私の級友のものっぽいですね」
「ニコに、キャロラインに、それと“剣魔”か。どういう組み合わせじゃろうかのう」
メリジェーヌは突然現れた三人に、まだ警戒していた、が。
そのうち二人が知り合いであることに、ゆっくりと警戒を解いた。
「メリジェーヌ先生。手を貸してください」
「それは構わぬが……お主本当にキャロラインか?」
教師として、生徒の成長を見知ってはいたが、明らかにキャロラインは違っていた。
やや焦りはあるものの、しっかりとした判断力、周りを引っ張っていく統率力のようなものが感じられる。
学園で取り巻きたちに“王女”だからちやほやされていた姿からは程遠いものだ。
「年頃の娘というものは成長が早いものだ」
と老人のようなことを言うシフォス。
まあ見た目は完全に老人だが。
「そういうことにしておこうかの」
「では、さっさとラグレラ氏を回収して御座所に向かいましょう」
と言って、キャロラインは空を見上げた。
そこには青緑に揺らめく極光がある。
安心したように、キャロラインは微笑んだ。
「サンラスヴェーティア関係者がいる区画はニコちゃんがいた区画の近くのはずです」
すぐに気持ちを切り替えたキャロラインはそう発言した。
「それなら私を迎えにきてすぐに向かえばよかったんじゃない?」
というニコに、キャロラインはこう答えた。
「ラグレラさんはおそらく初期配置地点から動けない、と思うんです。それならばかなり進む可能性のあった先生と合流した方が無駄がない」
「どういうことじゃ?」
「ラグレラさんは本来、“招待客”じゃないんです」
前回の短いながらも濃厚な体験の中で、ラグレラはそう言っていた。
ニコと合流するまで、延々と御座所へ向かうまっすぐな道で迷い続けていたらしい。
まっすぐな道で迷う、というのはよくわからない表現だが、そういうことがありそうな世界観ではある。
「なるほど、呼ばれるべきでないから中心にたどり着けない、か」
何が面白いかわからないが、面白そうにシフォスが笑う。
「ので、すぐに向かいましょう」
「キャロルちゃん、さっきから走ってばっかりなんだけど」
「それは、そうですけど……」
時間がない、とキャロラインは言えない。
本当ならこうやって話す時間すら惜しい。
「小娘、お前は料理人だったな?そうやって立ち止まったり、ゆるゆると歩いて、名の知れた料理人になれるのか?」
「……海春陽山のようなことを言う。おっけー、わかった。走る。走ります!」
キャロラインに続いて、ニコが走り出した。
「キャロラインが強く出れないのを見越して悪者になったか?」
「年寄が嫌われ者になるのが世の正しい姿だ」
「ひねくれ者よの」
「……どうも俺たちはあの娘に懐かれるようなことをしたらしい」
「どうやら、前があったようじゃな」
「左様。そこで我らは負けた。そして、あの娘だけが戻ってきた」
「時間を惜しむは、時がたてばたつほど負ける可能性が高まる、ということじゃろうな」
「前の俺は相当惰弱だったようだ。むざむざ負けるなどと」
「負けたくなければ行くしかなかろう。ほれ、小娘たちに足でも負ける気かのう」
「煽るな。そして俺が走りで負けるわけもない」
と言ってシフォスも走り出した。
メリジェーヌはそれを見て「いくつになっても男は単純じゃの」と笑った。




