317.極光夜BAD END → NEXT
答えは、ない。
眠れるリヴィエールは、キャロラインの声にまったく反応しなかった。
バズン、と空間が切り取られる音がした。
玉座が無くなり、世界は紫の空間と七色の祭壇、そして宙に浮かぶ球体とその中のリヴィエールだけになった。
外、というか元の世界はどうなったのだろう。
ここにはもう二人しかいない。
『抜け』
どこか、遠くから声が聞こえてきて、キャロラインはあたりを見回した。
しかし、光景は変わらず紫一色だ。
『刀を抜け』
ニコが持っていて、シフォスが受け取ったものを、今はキャロラインが持っていた“関の孫六”。
それのことか。
キャロラインは右手に柄を、左手に鞘をもって柄を引っ張った。
が、抜けない。
何か引っ掛かってる?
そもそも、キャロラインは護身用の懐剣くらいしか武器は持ったことはない。
むしろ、魔法の杖のほうが馴染みがあるくらいだ。
そして、刀、という東方から来た武器の扱い方なぞ習ったことないのだ。
『鯉口を切れ、と言ってもわからんか。まず鞘の入口から鍔を使って刀を外せ、カチッとなるまでだぞ』
急に饒舌になった“声”に、キャロラインはとりあえず従うことにした。
「ええと、鞘の入口から刀を外す」
カチッと鯉口から刀身の根元が抜けた。
『その鞘の入口が鯉口、填まっていた刀身の太くなっている部分をはばきと言う。覚えておけ』
覚えておこうとは思うが、主武器を刀にする予定はない。
それから刃を抜こうとするがうまく抜けない。
「むう」
『刃は反っている。それに気を付けながら、鞘を水平にし一気に抜け。ためらうと刃が傷つくぞ』
抜くだけなのに注文が多すぎではなかろうか。
なんでこんな面倒な武器を使うのだろうか。
しかし、面倒なのにニコもシフォスも楽々と使っていたなあ、とキャロラインは思い出した。
言われたとおりに、一気に抜いた。
紫の空間に一筋、銀色がほとばしる。
『よし、これでいける』
「あなたは……誰?」
声の主のことを信用していたが、普通こんな接触するだろうか。
『俺は……そうだな。ニコの保護者、か?』
「聞いてるのはこちらですわよ?」
『あー、そうだな。勇神ハヤト、と言えばわかるか?』
それは暁の主ラスヴェート神に仕える十二の神のなかで、武勇、勇気、光、そして異界の知識を司るという神である。
その姿は黒髪の少年である、と伝えられている。
「ホンモノ……なのですわね。この状況で名を騙る意味もありませんし」
『まったく、そのとおりさ。実を言えば、ここの異変については気付いたのは直前でな。ニコに手を貸すことしかできなかった』
「神様でもできないことはあるんですね」
『あるある。たくさんあるさ。……ニコを助けることもできなかった』
「それで、私に刀の抜き方を教えて、それでどうするのです?」
『刀を抜けば、俺はその力を刀の持ち主に貸すことができる』
「今の私も、ですか?」
『ああ。ニコにも力を貸したが、もともと戦い向けではなかったからな。ちと無理をさせてしまった』
確かに彼女は料理人だった。
戦闘をする人ではなかった。
そんな彼女でも、シフォスの影を一刀で切り落とすほどの力を得ていた。
神の力だったと知れば納得はできる。
『ああ。今の君ならシフォス・ガルダイアに勝るとも劣らない力を発揮できる』
「それは……盛り過ぎですわ」
『けど、それでも届かなかった』
「届かない……?」
『簡単に言おう。君たちは負けた。君はなんとか俺の力で維持できているが、君が空間の断裂に飲み込まれれば極光と魔力が空の天合を起こし、その力が外側に広がり世界は滅びてしまう』
「もう、どうにもならないのですか?」
『……神々は簡単に世界を見捨てたりはしない』
「それはどういう?」
『まずこの事態の原因である魔法の神を捕獲するため、竜神と炎帝が動いている。そして、この世界と外の世界が簡単に接触しないように弓神が画策している』
「……ということは、神様でもこの中には干渉できない、ということ?」
『……まあ、そうだね。人間程度の精神世界に神々が干渉するほど容量はないからね。こうやって外から間接的にしか手を出すことはできない』
「では、どうするのです?」
『たった一度だけ、君はやり直すことができる』
「やり直し、ですか?」
『ああ。ここが外と隔絶している今なら、この中の時間を巻き戻し、全てを無かったことにしてやり直すことができる』
「やります」
キャロラインは即答した。
刀の向こうで驚くような声。
『わ、わかった。時間を巻き戻すことで死者は復活し、事象も元に戻る。君だけは今回の記憶を持っているが、復活した者らはそれを持たない』
「今回の失敗や経験を活かして、巻き戻った時間で最速最高率でここまで来なければならないのですね?」
『そういうこと。ここで起こったことを考えると、極光が赤くなったら、危険だと覚えておいてくれ』
「わかりました」
『……それと。念を押すようだけど、巻き戻った時間では君以外、誰も前の記憶を持たない。それはちょっと辛いかもしれないけとれど……』
「今こうして。誰もいなくなって、ひとりぼっちでいるよりもずっといいですわ」
キャロラインがその時どんな顔をしていたか。
刀の向こうから話しかけているハヤトにはわからなかった。
だが彼も、見知らぬ世界でひとりぼっちになった経験がある。
状況こそ違えど、彼女の気持ちはなんとなくわかった。
『俺は……君のことを、誰もいなくなってしまったけれどこの失われる世界で何が起こったのかをちゃんと覚えておくから』
「……お願いしますわ」
『そろそろ時間だ。おそらく君はここで目覚めた瞬間に巻き戻される。その時何があったか思い出して最善の行動をとってほしい』
目覚めた瞬間、というとリオニア王国関係者に割り振られた邸宅で目を覚ました時だろう。
たった数時間前なのに、ひどく遠い記憶のようだ。
「ええ」
『それと俺のできうる限りの干渉で刀を一振り、シフォス・ガルダイアに会う前に入手できるようにしておいた』
「それはかなり大きな戦力アップですわ」
“剣魔”と呼ばれる彼は錆びた小鬼の剣でも強かった。
そして、ニコから“関孫六”を受け取ったあとは鬼神のように戦っていた。
もし、最初からその状態なら進行速度は大きく早まると思う。
『あと、ニコに出会ったらくどくど説明するよりこう言えばスムーズに進む魔法の言葉がある』
「魔法の言葉?」
『ああ。今の状況は“強くてニューゲーム”、そして“タイムアタック”』
「ツヨクテニューゲームとタイムアタック、ですわね?」
『そうだ』
なんだかおかしな言葉だが、神様が魔法の言葉と言うのならそうなのだろう。
『キャロライン。君に責任を負わせるようだがなんとかがんばってくれ』
「責任を負うのは慣れてますわ」
『そう言ってもらえると助かる……と、時間だ。巻き戻しを開始する。頼んだぞ』
紫の世界が泡のように消えていく。
これがハヤト神の言う巻き戻しなのだろう。
消えていく光景の中でリヴィエールはまだ寝ていた。
「今度はちゃんと起こしますわ、リヴィエールさん」
全てが泡のように消えて。
暗黒。
夢を見ていたいたかのような倦怠感。
そして。
キャロラインは目覚めた。




