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314.極光夜12

 謁見の間、玉座の前にそれはいた。


 全身を、魔王軍暗黒騎士の制式鎧に包んでいる。

 面頬で顔まで隠しているから、その正体はわからない。

 しかし、ここにいる全員がその体格、雰囲気から同じ人物を想像していた。


「ギア……?」


 はじめに声をあげたのはシフォスだった。

 ギアが子供の頃より、数十年以上。

 一瞥しただけで見分けがつく。

 はずだった。


 目の前の暗黒騎士は、確かにギアそのものに見える。

 だが、その挙動に懐かしい弟子の要素は含まれていない。


「違います。これはギアさんではありません」


 ニコが断言した。

 なぜと言われても、違うと思うのだから違うのだ。


「その料理人の言うとおりだ。私はギア・サラマンディアではない」


 暗黒騎士はそう言った。


「ならば何者だ。この世界はなんだ?」


 シフォスの問いに暗黒騎士は一歩足を進め、大太刀を構えて答えた。


「私に名は無い。この世界は滅びの始まりの場、極光の夜だ」


「意味がわからぬ」


「意味を答えることなど、それこそもう意味がない。全ては滅びる」


「剣魔、これに何を聞いても無駄じゃ。こやつも所詮は影なのじゃよ」


 メリジェーヌはもう暗黒騎士の正体を見抜いていた。

 この世界の主が、己の思う最強の人物を影として呼び出し、滅びるための世界を守るために配置していたのだ。


「言葉が通じないなら、もう倒すしかないね」


 ラグレラがねじくれた杖を構える。


「そうだな。滅び、などを口にする者にロクな者はおらぬ」


 シフォスは“無刃斬”を起動した。

 そして、暗黒騎士へ向かって走り出す。

 役割は一緒だ。

 相手の行動を予測し、それを止める。

 こちらへ注意を引き付け、その隙にメリジェーヌやラグレラが魔法攻撃を仕掛ける。

 良いタイミングでニコが一撃必殺で決める、という作戦だ。


「闇氷咲一刀流“闇凍土”」


 暗黒騎士の無銘の大太刀から繰り出される神速の抜刀術。

 魔力を込め、さらに“暗黒刀ダークブレイド”の魔法で攻撃範囲が極大化している。

 それは上位竜に匹敵する力を持つ“大多頭蛇ラージヒュドラ”すら切り裂く。


「まずい」


 それはメリジェーヌの声だった。


 シフォスは展開していた“無刃斬”をまとめて防御にまわすことで、なんとかダメージを軽減した。

 だが、ラグレラはその一撃で消滅。

 ニコは“関の孫六”の力で命は取り留めたが、もう立つことも出来なかった。

 メリジェーヌは守るすべを持たなかった生徒、キャロラインに覆い被さり、ダメージを直接受けてしまう。


「先生!?」


「大事……ないか?」


「大丈夫です。私は……けど、先生……」


 キャロラインを守りきったメリジェーヌは、しかし自慢の赤いドレスがズタズタになり、背中から下半身がボロボロになっていた。


「うふふ。わらわがまさか、生徒の方を優先するとは……自分でも思わなんだ」


「先生!」


「勉強は必ずや、お主の力になるゆえ。励めよ」


 どしゃり、とメリジェーヌは力尽きて崩れた。


「せん……せい」


 チン、という納刀の音が響く。

 暗黒騎士が技の終わりを告げた音だ。


「影を退けたゆえ、気を入れて斬ってみたが……なんとも拍子抜けだ」


「拍子抜け……だと?」


 得意でない防御に魔力のほとんどを費やしたシフォスが、よろめきながら反応する。


「剣魔、勇者の力を持つ料理人、竜の女王、王女、そして乱入した夢の使者の使者。そのどれもが私を脅かす者だと思っていた。だが……杞憂だった」


「俺が、俺たちが弱い、と?」


「特に剣魔シフォス・ガルダイア。お前だ」


「俺が、なんだと?」


「私が生み出した影の剣魔を見ただろう?あれくらいの強さだと思っていた。しかし、貴様は弱い」


「俺が、弱い?」


「元の資質か、それとも私の姿を見ているからか……お前は怖がっている」


 ハッとしたようにシフォスは下を向いた。


「俺が、怖れている!?」


 その恐怖がどこから来たのか、シフォスは知っていた。

 真魔王軍を率いて、妖鬼の領土“関門平野”で戦った時のものだ。

 魔王を名乗り、しかしその力を受け継いでいないと言ったギア。

 それを失望感から斬ろうとした。

 だが、ギアはシフォスの予想よりさらに強くなって、刃を向けてきた。


 そして、シフォスは負けた。

 そのうえ、圧倒的な実力差も感じ、その力に恐怖を抱いた。


 恐ろしい。


 死への恐怖だ。


 この数千年かけて紡いできた技と力、知識が。

 その全てを残せぬまま、死んでしまうという恐怖。

 それは耐え難かった。


 死ぬことなどなんでもないと思っていた。

 けれども、本物を前にシフォスは実感したのだ。

 自分は何も残せず逝くのだ、と。


「俺は……俺は怖がってなどおらん!」


 シフォスは突撃した。

 わずかに残っていた“無刃斬”で複数箇所へ、同時攻撃。


「そうやって……私の間合いの外から攻撃しようとすること自体が私を怖れている証左なのだがな」


 暗黒騎士は失望した様子を隠さずに複数の見えざる剣を、見もせずに打ち落とす。


 暗黒騎士の言葉に、己の中の恐怖に支配されたシフォスは足を止めた。


「お、俺は」


「安心するといい。何も残さずとも、残す世界も共に滅びる」


 暗黒騎士は納刀すると、シフォスの腹を殴り、吹き飛ばした。

 そのままシフォスは3メートルほど宙を舞い、地面にめり込むように落ち、そのまま動かなくなった。


 立っているのはキャロラインだけだ。


 天から降りてきた極光オーロラは不吉なほど赤を濃くしていた。

 それと共に玉座の後方から青い光が輝きはじめる。

 キャロラインは知らないが、そこには眠れる少女が透明な球体に閉じ込められている。

 その少女が輝いているのだ。


「まだ……まだ負けてません」


 暗黒騎士はキャロラインを見た。

 すぐに興味なさそうに目をそらす。


「実力も無いものが生き残っても不幸だな」


 それだけしか口にしない。

 会話すらしようとはしない。


「やはり、あなたはギアさんでは無いですね。あの方は話しかけられた無視なんてしないですから」


 キャロラインだって、ギアに会ったのは数度しかない。

 話をしたのだって少ない。

 それでも、こんなふうに無視をされたことなんかない。


 でも、キャロライン自身はこんなふうに誰かを無視したことはある。

 王女というだけで、他に何の力も無い彼女が、だ。

 その中には大切なことを伝えようとした人もいただろう。

 それを無視されたらこんな気分になることを、キャロラインははじめて知ったのだ。

 なんだかんだあっても学園の一組の級友たちは仲は良いから、ちょっと性格が悪いキャロラインのこともしょうがないなあ、と付き合ってくれていた。

 この極光の夜とやらでも、シフォスはキャロラインに構ってくれた。

 メリジェーヌ、先生はキャロラインを守ってくれた。


 だから、キャロラインはたとえ負けるとしても、問いかけ、戦うことを止めてはいけないのだ。


「ギア……私の元となった者か」


 ようやく、暗黒騎士はキャロラインを見た。

 まあ、これもキャロラインに興味が沸いたというよりは、ギアのことを知っているのなら話でもしてみようか、と思っただけだ。


「あなたのような影でも、本物には興味がありますか」


「……いや、どうせ全て滅びる」


 取りつく島もない。


 けれども、こうやって暗黒騎士を引き付けているだけで、キャロラインは役目を果たしていると言える。


 まだ、シフォス・ガルダイアは生きているのだから。

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