313.極光夜11
「ふにゃあああ」
とおかしな叫び声をあげながら、魔法をかけまくっているのはキャロラインである。
普通の学生なら優秀、であるキャロラインも、超弩級の魔法使いと剣士が乱舞する戦場では素人と同じだ。
それでもなんとか役に立とうと、シフォスやメリジェーヌ、ラグレラにステータス上昇魔法をかけまくっていた。
今の戦況では、その影響は微々たるものである。
けれども、その微が長期戦になればなるほど効いてくる。
10000が10001になるだけでも、一万回刃を合わせたらその差は如実に現れるだろう。
ステータスの上下に関する魔法は、ホイールとフォルトナ兄妹が詳しい。
ラスヴェート教会の、大陸での最重要拠点であるサンラスヴェーティア出身だ。
兄のホイールは従軍神官から祭祀神官に位があがり、今は魔界を訪れて情報収集をしている。
サンラスヴェーティアでは有望な出世株、らしい。
妹の方のフォルトナは、クラスが違うがリヴィエールを通じて話をしたことはある。
私は減少系なのだけれど、とフォルトナは前置きして、ステータス補助魔法の重要性について話してくれた。
それが今、役に立つとは人の話は聞いておくものである、とキャロラインは実感していた。
世の魔法使いは、攻撃魔法を重視し過ぎている、ともフォルトナは言っていた。
この大陸で名の知れた攻撃系でない魔法使いなど、“白月”ユグドーラスか、“城壁”のレビリアーノくらいであり、補助魔法使いで著名な者はいない、とも。
確かに、キャロラインも攻撃魔法の方が得意であり、他の魔法は及第点レベルではある。
攻撃魔法でがーッと倒して面白いですか?とフォルトナは言った。
勝負に面白いとか面白くないとかがあるのかキャロラインにはわからないが。
なんでも、おおよそ勝敗には関係なさそうな魔法を駆使して、勝利を引っ張ってくるのがたまらなく楽しい、とのことだ。
例えば、と彼女はある魔法戦士の例を挙げた。
その魔法戦士の得意な魔法は“暗黒”らしい。
その魔法は、初心者レベルの妨害魔法で、相手の視界を奪い攻撃を当たりにくくする、という効果しかない。
しかし、くだんの魔法戦士は“暗黒”を使うことで、後手を先手に、致命の一撃を空振りに、できると言っているらしい。
交互に攻撃しあう試合かなにかで、相手の行動が一回以上無駄に終わるというのは大きなアドバンテージではないか。
そう説明されると、確かになあ、とキャロラインは思うわけである。
一つの魔法が生まれるには必ず一つの理由がある、とフォルトナは最後に言った。
相手を倒したい。
癒やしたい。
視界を奪いたい。
そういう願望を魔力を使って実現したのが魔法だ。
この世には無駄な魔法なんかない。
補助魔法も、妨害魔法と、障壁も、何かしらの意志が形となったものなのだから。
だから、どんな魔法でも本気で唱えよう、というのがフォルトナの結論だった。
ともあれ、今ここにいるキャロラインは的確に補助魔法を放ち続けていた。
「攻撃力小上昇」
「敏捷小上昇」
「守備力小上昇」
「魔法威力小上昇」
などの魔法を放ち続ける。
わずかずつ強化されていくシフォス、メリジェーヌ、ラグレラ。
シフォスは影を引き付け、メリジェーヌとラグレラが“爆散”を撃ち続けて体力を削っていく。
しかし、それでも影とはいえ相手は“剣魔”だ。
高い魔法防御力もあいまって、致命的なダメージは与えられていない。
その瞬間は、不意に訪れた。
シフォスの、敵の攻撃の予測が四十手先まで読めて、敵の行動に上手く“爆散”の連撃が決まった瞬間。
それは積み重ねたキャロラインの補助が、シフォスのステータスを影より高くした結果生まれたものだ。
戦闘開始時点より、この一瞬を待ち望んでいたニコは勇者の刀“関の孫六”の促すままに飛び出した。
シフォスによって満足に攻撃も防御もできず、二人の魔法使いによって注意が散漫になった結果。
影には隙ができていた。
そこへ、ニコが踏み込み、縦に一閃。
左肩から斜めに右腰へ抜けていく綺麗な太刀筋。
影はそこで敗北を悟り、黒いもやとなり、消え去った。
「ふう」
と息をはき、ニコは刀を鞘に納めた。
「見事な太刀筋だ。どうだ?俺の弟子にならんか」
とシフォスがニコをスカウトし、あわててニコが断る。
「キャロライン。良いサポートじゃったぞ。頑張っておるのがわかったのじゃ」
メリジェーヌがキャロラインを誉める。
「いえ、私もう夢中で……」
戦闘後の緊張の緩和状態の中で、一人ラグレラは違和感を覚え、空を見上げた。
「え?」
「どうしたんですか、ラグレラさん?」
シフォスのスカウトに辟易したニコが、上を見ながら絶句するラグレラに気付いた。
「極光が」
「極光?」
ニコも上を見て、そして言葉を失くした。
初め、青緑の輝きで夜空を照らしていた極光が、いまや赤く色を変えていた。
そして、そのたなびく場所も上天から今にも手が届きそうなほど地表に近付いていたのだ。
「色が……」
何かの異変、いやもうすでに異変の最中なのだけれど、さらに何かが起こりそうな。
そんな予感をキャロラインは覚えた。
「どうやら、ぐずぐずしている暇はないようじゃの。すぐに向かうとしよう」
メリジェーヌの言葉に、全員が頷いた。
魔王の御座所はもう近い。
同じように、赤い極光を見ながら暗黒騎士は面頬の奥で口を真一文字に結んだ。
それは、力を大幅に使ったシフォスの影が倒された影響から歯をくいしばって耐えるためだ。
それはまるで暴風のように吹き抜け、暗黒騎士はそれにさらされた。
だが、今度は膝をつくことなく二本の足で踏ん張る。
「もう、間もなくだ」
ふう、と息を吐き暗黒騎士は再度空を見た。
「赤い極光、そして青き魔力。この二つが揃えば真なる破壊が始まる。魔法の神が封じていたその力が解き放たれた今、この極光の夜から世界は滅びる」
玉座の裏、そこには七色に輝く金属でできた祭壇がある。
元の世界には無い。
この極光の夜にしか無いものだ。
祭壇の上には直径2メートルほどの透明な球体が浮かんでいる。
その中には、魔法の神からその力を受け継いだ少女が目を閉じたまま、寝ているように漂っている。
暗黒騎士はその名を知らない。
知る必要はない。
なぜなら、この少女も含めて、もう間もなく世界は滅びるから。
「だが、まだ彼奴らがいる」
すらり、と暗黒騎士は大太刀を抜いた。
銘は無い。
まるで自分と同じだ、と暗黒騎士は笑う。
名も無く、剛壮な外見だけ真似して生まれた存在。
暗黒騎士であろうと、大太刀だろうとそこは同じだった。
この眠れる少女が最強と思っている人物、それが暗黒騎士だ。
極光と魔力の融合、そして破壊が起こるまでを見守るために。
彼は生み出された。
少女の記憶から生み出した魔物や怪物を、この世界中に配置し、万が一にも邪魔されぬように仕向けた、はずだったが。
妨害は突破され、己の分け身ともいえる影たちも敗れさった。
彼らを止められるのは自分だけだ。
その決意を持って、暗黒騎士は玉座の前に立った。
そして。
彼らがやってきた。




