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311.極光夜09

「三人とも……やられたか」


 暗黒騎士は、本営内の気配を感じてそう呟いた。

 彼の記憶をもとに造り出された三体の影は、全て敗れた。

 どれも、その最強の状態を再現したはず。


 それが敗れた。


 いつかは負けるとはわかっていた。

 闖入者、いや“招待客”の中には剣魔も竜の女王もいる。

 規格外の二人に当たれば、負けはありうる。


 だが。

 料理人がウラジュニシカを倒したのだけは意外だった。


「ということは、来るか。四人……いや、五人」


 招待客の他に一人、入ってきていた。

 この世界は夢のようなもの。

 だとしたら、夢を司る“深淵の夢の使者”が人一人送り込むくらいは余裕だろう。


「最後に一体……持つか」


 暗黒騎士の影がすぅーっと伸び、立ち上がる。

 それは引き締まった体躯の剣士の姿をしていた。


「シフォス・ガルダイア」


 シフォスの影は、何も言わずに窓から夜の街に飛び出していった。


「頼む……もう、わずかだ」


 暗黒騎士は膝をついた。

 短時間に四体もの影を生み出したことで、一時的に消耗していた。

 だが、暗黒騎士にしても、この世界にしても、今夜だけの存在だ。

 彼女を守れるのなら、消耗しようとかまわない。

 やがて、暗黒騎士は立ち上がった。

 そして、玉座を、その後ろを見た。



 そのころ。

 五人は出会っていた。


 それぞれいた場所から、魔王の御座所を目指してやってきた五人。

 キャロライン、シフォス、メリジェーヌ、ニコ、ラグレラ。


「キャロルさん!ご無事でしたか!」


 ニコは友人と出会えたことに喜びをあらわにした。

 同じように友人と出会えたキャロラインは、ホッとしたのかポロリと泣いた。


「無事、うん。無事よ、ニコ」


 まあ、相方が剣魔であるのが不安でしかない、という意見もある。

 その剣魔は、他の二人を見てうずうずとしていた。


「人の魔法使いに、竜の女か」


 強そうな相手を見ると、剣を試してみたくなる。

 剣魔のさがだ。


「これはこれは剣魔殿に、夢魔に操られたサンラスヴェーティアの神官殿ではないか」


 メリジェーヌは馬鹿にしたようにそう言った。

 剣魔とメリジェーヌは同時代に生きていたが、直接の面識はない。

 剣魔や他の四天王、先代の魔王がドラゴン討伐を開始したのは、メリジェーヌの死後だからだ。


「魔王に反逆した人と、元魔王でしたっけ。どちらにしても、今の魔王殿には勝てなかった、と」


 ラグレラが情報通であると見せつけるように、二人を煽る。


 少女二人の喜びとは別に、大人たち三人はギスギスした会話を続けていた。


「鹿島新当流中極意“七条車の太刀”」


 気配の無い状態から仕掛けられた攻撃に、しかし言い合いをしていた三人はすぐに反応した。


 大きく円を描くように振られた漆黒の太刀筋に、シフォスは間合いを見切って回避、メリジェーヌは硬い鱗で防御、ラグレラは大きく飛び退く。


「また影か」


「そのようじゃが」


 とメリジェーヌはチラリとシフォスを見た。

 突然現れ、剣を振るったのはシフォスの影だ。


「へえ、これはこれは」


 ラグレラが呟いたのは、影たちはみな生涯最強の状態で呼び出されているという、経験則からきた言葉だった。


「気に食わん……俺が一番強いのはいつだって今だ」


 シフォスは影に向かって駆け出した。


 だが、その途中でシフォスの影がかき消える。


 一迅の風のように影は五人の間を吹き抜けた。


 たった一瞬の攻撃だったが、ダメージは大きかった。


 突っ込んでいったシフォスは全身を切り刻まれ、ラグレラは吹き飛ばされたもののなんとか受け身をとってゴロゴロと転がり、メリジェーヌの赤い服には傷がついた。


 キャロラインをニコは守ったが、そのために反撃の機会を逃してしまう。


 直接戦闘を得意とするシフォスに大ダメージ。

 ラグレラは相手にならないことがわかり、メリジェーヌには傷がつけられることがわかった。


 シフォスの影は追撃してくる。


 傷を無視して、無刃斬を放つシフォスに気合いで魔法の剣をかき消して影はシフォスを蹴飛ばす。

 体術が駄目なら、と“隠蔽”、“粉塵”、“爆散”のコンボ魔法を叩き込むラグレラだったが、その魔法も気合いで消し飛ばされる。

 “爆散”を拳に乗せて殴りかかるメリジェーヌだったが、シフォスの影が隠して発動していた“無刃斬”によって攻撃が阻まれる。


「えっと……強すぎませんか?」


「シフォスさんが手も足も出ないなんて」


 手を出さないから見逃されているニコとキャロラインは、驚きながら呟いた。

 キャロラインにとって、シフォスはこの絶望的な状況で助けてくれた強者であり、恐怖しながらも頼っていた面がある。

 そのシフォスが、ただやられている。


「わらわを舐めるなッ!」


 メリジェーヌの赤い服は、彼女の鱗が元になっている。

 それをわずかでも切られたという事実はドラゴンとしての誇りを汚されたと同義だった。

 最近穏やかになったとはいえ、彼女の中には業火のような自負心と爆発しそうな憤怒は常に渦巻いていた。

 “コンロンの爆炎姫”と呼ばれていたころと同じままだ。

 怒りのまま解き放った“烈火爆散エクスプロージョン”は、気合いでも消せぬほどの威力だ。


 そう、この世界に来てからイライラすることばかりだ。

 自身を慕う生徒の影や、メリジェーヌが復活する糧になった戦士の影や、鱗に傷をつける剣士の影がよってたかって襲いかかってくる。

 そのイライラを発散したくて、高威力の魔法を放ったのだ。


 シフォスの影は影の鞘に影の刀を納めた。


「闇氷咲一刀流“北天極光”」


 神速の抜刀により繰り出された圧縮された魔力は、鞘走りによってある種の魔法陣となって機能する。


 この技は、相手を斬るための抜刀術では無かった。


 相手の魔法を斬るための抜刀術だ。


 抜かれた刃によって、両断された“烈火爆散”は魔法が魔法であるための魔力を切り裂かれ、立ち消えた。


「わらわの……炎が……」


 得意の魔法を斬られて、メリジェーヌは呆然とした。

 魔導武術も効かない、爆発魔法も効かない。

 ならば、どうやって対処したらいいのか。


 近付いてくるシフォスの影に、メリジェーヌは一歩退いた。

 何かを期しての行動ではなく、目の前の相手が怖いという理由で逃げたのだ。


 初めてだった。

 人間だったころの監督役だったドラゴンのパイロンにも抱かなかった恐怖をメリジェーヌは覚えていた。


 それはシフォスの影にも感じられただろう。


 ゆっくりとなぶるように影はメリジェーヌに近付いていく。

 影が進んでくるたびに、メリジェーヌは逃げた。

 もう、戦えない。

 これでは戦えない。

 そう、それはメリジェーヌにとって初めての敗北……ではなかった。


「先生はやらせません!我が紺碧なる輝ける力よ、獅子のごとく、彼の者の心を掻き立てよ“獅子心ライオンハート”!」


 立ちふさがったのはキャロラインだった。


 思うより先に体が動いた。

 尊敬する先生をなんとか助けたい、ただそれだけだった。


 力ある者たちが無詠唱で魔法を放ちあう戦いの場で、キャロライン程度の実力では本来、立つこともできない。

 事実、メリジェーヌへ向けて放った“獅子心ライオンハート”の魔法が発動する前にシフォスの影はキャロラインに斬りかかっていた。

 その斬撃でキャロラインが死ねば魔法は消えてしまう。

 全てが無為になる。


 だが。


「これ以上、俺の前でリオンの者を死なせるものか!」


 半死半生のシフォスがキャロラインの前に立った。

 自身の影の攻撃をその身で受ける。


 影の攻撃はシフォスの肩口に吸い込まれた。

 だが、キャロラインにもメリジェーヌにも影の剣は届かなかった。


 結果的に、メリジェーヌへの“獅子心ライオンハート”は発動した。

 心の勇気をかきたて、恐怖を打ち消す魔法。

 けして高度なものではないが、今この状況では最善手の魔法になった。


 メリジェーヌが立ち上がり、シフォスの影に向かい立てるのだから。

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