31.色鮮やかな二月
早朝の澄んだ冷たい空気。
昨日、ティオリールと戦った中庭闘技場はそのまま残っていた。
そこへ、俺とレインディアは向き合って立っている。
「昨夜はぶしつけなことをした……というか、何か騒ぎがあったらしいが?」
「いや、気にするな」
リヴィはまだ寝ている。
俺は色々あって寝れなかった。
「なら良いが」
「……この間の戦いでわかったことをいくつか」
俺が話題を切り替えたことに、レインディアは何も言わない。
主目的は剣術の指導だからだ。
「教えてくれ」
「まずこれを」
俺はレインディアに刀を一振り渡す。
「これは?」
「東方大陸から伝来した刀という剣だ」
「カタナ?」
俺はもう一振り刀を取り出し、抜いて見せる。
「元々、抜刀術というのはこういう刀を素早く抜き人を斬るために生まれた」
レインディアも刀を抜いた。
「綺麗な刃だな」
「片刃で反っている。複数の金属を何度も鍛造することでこのような波のような波紋が生まれる」
「なんで複数の金属を使うんだ?」
「俺も鍛冶屋でないから詳しくはわからんが、硬い金属と柔らかい金属を組み合わせることで、折れず曲がらずよく斬れる剣になるのだとか」
「ふうん……凄いな」
「では納刀し構えろ」
レインディアは刀を納め、脇に構える。
「……!……なんか、すごくしっくりくる」
「そう。早氷咲一刀流を含め東方伝来の剣術は刀を使用することを前提としているからな」
「はあ、そうなのか」
「お前の剣筋は完成されている。それを矯正する必要はないだろう。後はその刀が馴染めば更なる完成に至るはずだ」
「わかった。ではこの刀でやってみる」
レインディアは納刀したまま構える。
鯉口を切り、刃をわずかに抜きつつ、腰をきり鞘から刃をさらに引き抜き、最後に腕の力で抜刀を完成させる。
その速度は、レインディアの今までの最速を遥かに超えた。
抜いた本人が驚くほどに。
「どうだ?」
「凄い、凄い、これ!速い!」
まるで少女のようにレインディアは跳び跳ねて喜んだ。
右手に刀を持っていなければ微笑ましい光景なのだが。
「刀というのはその刀身が反っているだろう。これが抜刀の際に鞘から抜きやすくなっている」
「なるほど、今までの剣はまっすぐな直剣だったから速さが落ちていたのか」
得心がいったようにレインディアは頷く。
「その刀はやるよ。この大陸の鍛冶屋は刀を扱わないようだからな」
「いいのか!もう、返さないぞ」
刀を抱き抱えてレインディアは言った。
「構わん。数打ちの一つだ」
性能的には悪くないものだが、名持ちの一級品に比べればやはり一段落ちる。
それでも、直剣で抜刀術をするよりはマシだ。
「ありがとう、ギア殿」
「団長、そろそろ時間です」
と、中庭に黒鉄の鎧の騎士リギルードが現れた。
普通に。
「ああ、わかった。ではギア殿」
ペコリと頭を下げて、レインディアは跳ねるように出ていった。
残っているリギルードは俺を見ている。
「捕縛されたんじゃなかったのか?」
「今朝、団長に釈放されたんだ。誰に吹き込まれたんだか、お前の話を聞きたい、とな」
はい、俺が言いました。
「リオニアスの冒険者襲撃の罪は?」
「ああ、なんというか。責任者が責任をとったから、指示を受けただけの者は罪を問われることはない、のだそうだ」
「ああん?まあ、バルカーとリヴィの分は自分で返したからいいがよ」
「俺は謝らんよ」
「ほう?」
「俺は俺の……騎士道のもとで正しいということを成した。勝ち負けはともかく、な」
「騎士道なんて建前だ!と言っていたのはあんただったろうに」
「ん、まあな。弱気を助け強きをくじくとかいう真っ当な騎士道というのは嫌いだ」
そうか。
こいつにはこいつの騎士道があるのだ。
「参考までに聞くが、その騎士道の定義はなんだ?」
リギルードはじっと俺を見た。
「貴様はムカつくから教えてやらん」
と言った。
「ふん。答えが聞きたい訳じゃないさ」
「俺もそろそろ行く。じゃあな、リオニア最強」
「リオニア最強?」
「リオニア王国騎士団の四破を全員倒したのだ。最強を名乗っても誰も文句は言わんさ」
「四破?」
「チッ、何も知らん奴だ。リオニア王国騎士団はリオニア王国正規兵全ての中でも最強、その中でも四破と呼ばれる四人の騎士が最も強い、というのは知っているな?」
「ああ」
確か破魔騎士、破壊騎士、破刃騎士、破炎騎士だったか。
「破壊騎士のガインツの親父はお前が倒したのだろう?団長が破魔騎士、俺が破刃騎士、フレアが破炎騎士だ」
「は?」
確かに全員倒したが。
「まったく自覚の無い最強など救いようがないな。今度こそ、じゃあな、最強のクソヤロウ」
「騎士にしては口が悪いぞ」
俺の軽口に答えず、リギルードも去っていった。
朝飯を食べ終わる頃には、ティオリールもリオニアスを去っていった。
腫れ上がった顔をみかねたユグが治療し、そのまま次の任地へ向かうそうだ。
「この宿屋の朝ごはん、けっこう美味しいんですよ」
と、ニコの料理至上主義のリヴィが誉めるくらいはある。
二人でゆっくりと食べた朝飯は、黒パンにスープ、そして焼きたてのオムレツに、簡単なサラダ。
珍しくもないメニューだが、それだけに心をこめてつくられているのがわかる。
「昨夜はお楽しみでしたね」
とニコニコ顔で言う宿の主人を思わず殴りそうになったが自重する。
身から出た錆びだ。
代金はティオリールがまとめて滞在費を払っていったらしい。
さすがは超エリート。
外に出ると、爽やかな朝だった。
リヴィと二人で歩く。
「そういや、町を案内してくれる約束だったな」
「そういえば。案内、します?」
「頼む」
もう、ここに来てから二月ほど経っている。
それは魔王様が敗れてから二月ということであり、俺が無職になってから二月ということでもある。
幸いにして、ここリオニアスで冒険者としてやっていけている。
「ギアさん、わたし決めました」
「何をだ?」
「わたしも長生きします!」
「?」
「ギアさんとは確かに年の差ありますけど、百年以上一緒にいれば関係なくないですか!?」
暴論です。
リヴィがいくら長生きしても俺とリヴィの間に百年以上の年の差があることには変わりないのだ。
だが、今まで俺とずっと一緒にいてくれると言った人が初めてだった。
「簡単に言えば?」
「女の子から言わせます?」
「俺とずっと一緒にいてくれ」
「はい、もちろん」
リヴィは俺の腕に飛び付いてきた。
「ギアさんって筋肉すごいですよね」
「一応前衛だったからな」
「もっともっとギアさんのこと知りたいです」
「例えばなんだ?」
「好きな食べ物は?」
「肉」
「好きな色は?」
「黒」
「好きな人は?」
「……リヴィ」
「それは知ってますよ」
町行く人が、みんな俺たちを見ている気がする。
「俺は、ここに来て良かったと思っている」
リオニアスの町並みを見回す。
古い宮殿であるリオニア宮を中心に放射状に拡がる町並み、高い城壁、その外に並ぶ商店街。
そこには、俺を必要としてくれる人がいる。
「わたしはギアさんに出会えて良かったです」
「俺もリヴィに会えて良かったよ。……帰ろう。家に」
「そうですね。なんだか三日くらい帰ってない気がします」
百六十八年の生涯の中で、一番色鮮やかな二月。
俺は隣にいるリヴィの手を握りながら、家に帰った。




