309.極光夜07
魔王軍本営は碁盤の目のように区画がはっきりしている都市だと、ラグレラは聞いていた。
事実、目的地の魔王の御座所は遠いがまっすぐ視線の先にある。
この大通りをまっすぐ行けばたどりつけるはずだった。
「けど、ここは夢に近いからかな」
という、ラグレラの呟きが示すように、夢の中のように物事がぼやけてしまう。
まっすぐ進んでいたはずなのに、横道に入り込んでいたり、今まで無かった瓦礫が道を塞いでいたりする。
「どうやら、異物たるラグレラちゃんを御座所に行かせたくないようだね」
これが、言い方は変だが“招待された”のなら、まっすぐに御座所に行けるのかもしれない。
「誰かと合流できればいいのだけれど」
王女か、剣魔、竜の女王に、料理人。
ラグレラの他に、ここにいる“招待客”と出会えれば妨害されることなく、目的地にたどりつけるかもしれない。
出会うとしたら、誰がいいだろうか。
剣魔はパスだ。
竜の女王もできればごめん願いたい。
この両者のことをサンラスヴェーティアではちゃんと調べていて、どちらも危険人物だとわかっている。
この二人を除けば王女か料理人だが、どちらも戦力にはならない気がする。
今のところ、ラグレラ一人で余裕で突破できているが、もしもっと困難な出来事がやってきたら、足手まといとなって不利になりかねない。
ラグレラの予測は一級品であると、ラグレラは自負していた。
そして、嫌な予感ほど良く当たるともいう。
それは、天から落ちてきた。
「ッ!?“隠蔽”、“爆散”」
咄嗟の判断で、自らの姿を消し、爆発魔法でランダム回避。
普段見えているものほど、ラグレラの姿を見失う。
だが、落ちてきたそれは異常なほど正確に巨大剣をラグレラの方へ向けてきた。
「爆風の向き、力、撥ね飛ばされる小石や砂、それを見れば“隠蔽”などたやすく見破ることができる」
ラグレラはその切っ先から辛うじて身をかわした。
無理をした動きで、“隠蔽”が解けてしまう。
「達人級の剣士か。相性が悪い」
武術は人並み以上、魔法は天才のラグレラだが、純粋剣士、それも圧倒的実力差がある相手には勝てる可能性が低くなる。
強い奴になると気合いで魔法を無効化してくる。
そこまでのランクになると、もう純魔法使いでは勝てないのだ。
「私はウラジュニシカの影。かつてニブラスの騎士と呼ばれた剣士」
「しかも、こっちの調査でもあがってくる有名人か」
ウラジュニシカ。
ニブラスの騎士にして、唯一の生き残り。
ニブラスが崩壊し、魔王軍の領土となってからは魔王軍と戦い続けた。
魔将級との戦闘経験は無いものの、副官クラスとなら三体と戦い勝利している。
その後、リオニアに単身攻め入り、国王の側近を倒し、さらに国王を一時拘束し、王宮を占拠した。
だが、勇者一行が救援に駆けつけ、ニューリオニアを奪還。
それから情報が途絶えたことで、その時点でウラジュニシカは死んだのではないか、と判断されていた。
しかし、それが間違っていたということにサンラスヴェーティア首脳部が気付いたのは、ギアと良い関係が築けたあたりだ。
彼の話によると、ウラジュニシカはギアとともに魔界に渡り、魔王軍と反乱軍の戦いに関わり、そしてギアに倒された、という。
その詳細まではわからないが、ギアという人物の中にウラジュニシカは大きめの存在感を持っていることはわかる。
その、ウラジュニシカ(の影)が襲ってきたことで、ラグレラはこの世界の主の正体に確信が持てた。
持てた、のはいいのだがその前に命を落としそうなのはどうすればいいのか。
嵐にもたとえられるほど速く重い巨大剣がぶんぶんとラグレラへ振られる。
それはけっして大振りではなく、計算された軌道がラグレラの逃げ道を塞いでいく。
無詠唱の爆発魔法で無理矢理避けたり、剣の軌道をわずかに逸らすくらいしかできない。
だが、それも場当たり的な対応でしかなく、なにかの拍子で崩れてしまえば致命傷となる一撃を受けてしまいかねない。
「ここから出ていけば命までは取らない」
と、ウラジュニシカは言う。
しかし。
「そうもいかなくてね」
ある意味師匠からの要請に、期待に背くわけにはいかないのだ。
それに、ラグレラはこの世界から出る術を知らない。
「そうか……ならばこの世界で命を落とし、永久に生まれ変わることもできずに彷徨うがいい」
影の巨大剣が、黒い稲妻をまとった。
そして、ひび割れ、展開していく。
「あー、これはほんとにヤバい」
「魔法剣オキシデンタリス」
ウラジュニシカの剣から溢れる力を、ラグレラは感じた。
そして、死の気配も。
来るのはわかる。
けれども、その動きを見ることはできない。
本当の武人でないからだ。
間近に迫る危機に対処できない自分に不甲斐なさを感じながら、ラグレラは動けなかった。
だが、風のように飛び込んできた何かが。
「勇者剣法“疾駆烈剣返し”」
と叫んだ。
気付いた時には、目の前に剣を弾かれたウラジュニシカがいて。
ラグレラとウラジュニシカの間には、一人の少女が立っていた。
「ぬう!?」
「今のを弾いたのか?」
「ええと、お怪我はありませんか?」
少女は、ラグレラに向かってそう言った。
「怪我はない、けど。君は一体……?」
少女は笑った。
「私はニコです。職業は料理人です」
料理人、ここにいるはずの一人。
しかし、そのイメージからはまったく想像できない少女が現れたことでラグレラは混乱した。
「ええ、それ、包丁?」
少女ニコが持っているのは、どう見ても包丁には見えない東方風の刀なのだが、料理人が持つならそれは包丁なのでは。
という謎の思考がラグレラにその質問をさせた。
「違いますよ。普通に刀です」
「感じるぞ、その刀から尋常ではない力を」
ウラジュニシカの影がニヤリと笑ったような気配。
「すいません。私、どうしてもあそこへ行かなきゃならないんです」
だから、避けてください、とニコは言った。
「それを止めるのが私の役目だ」
「ならば押し通ります」
次の瞬間にはニコの“関の孫六”とウラジュニシカの“オキシデンタリス”が衝突していた。
ラグレラには見えない早さで、二人は戦いを続けていく。
もしかしたら今なら、ウラジュニシカからの追撃を逃れて、魔王の御座所へ向かうことができるのでは?
と卑怯な考えが頭をよぎるが、それをするとせっかくいい感じになってきたニコとの距離感が開いてしまう。
最悪、こっちが倒されてしまいかねない。
ならばどうすればいいのか。
簡単だ。
ニコのサポートにまわればいいのだ。
爆速の両者に追随することはできないが、ウラジュニシカの動きはある程度見切った。
ニコの電撃のような斬撃をかわして、次の行動に最適な位置取りをしながら、次の攻撃を開始しようとしている。
「ここだ!」
ウラジュニシカのいる位置が爆発した。
「ぬお!?」
ラグレラの“爆散”がウラジュニシカの動きを止める。
「今ですよ!」
「ありがとうございます!行きます!勇者剣法“烈光斬”」
まばゆい残光を背に、ニコは斬りかかった。
動きを止めたままのウラジュニシカは、それをまともに食らった。
「見事な……連繋……!」
「私たちは行きます」
ニコはウラジュニシカを、その影を真っ二つに斬った。
影は細かい粒子となって消えていった。
ニコとラグレラは拳を突き合わせた。




