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307.極光夜05

 シフォスの、その挙動一つ一つが鋭く、そして美しい。

 少なくともキャロラインはそう思った。

 例えるなら、それは荒々しい舞踏だ。

 舞踏会のような優雅さや柔らかさはない。

 けれど、東方のソードダンスのような、緊張感に満ちた、そんな印象を受けた。


 影を練り固めたような獣人に、シフォスは的確に、そして殺意をもって対峙していた。

 剣魔を超える者、とシフォスは自らを称した。

 魔王軍の将帥、四天王制など知るよしもないキャロラインには、その意味、その重みはわからない。

 が、わからないなりに、それが重要なことなのだとは理解していた。


 獣人は強い。

 キャロラインは、級友のジークハルトをはるかに超え、王国騎士団の副団長に匹敵するのでは、という推測をたてた。

 実際のところ、生前のジレオンは獣魔軍団の副団長であり、ギアに倒されなければ次の魔王となった可能性もある武人である。

 当時、ジレオンと互角だったギアに王国騎士団の団長と副団長と二人がかりでも勝てなかったことを考えると、キャロラインの推測よりもはるかにジレオンは強いことになる。


 だが、そのジレオンは先手の突進攻撃が失敗してから、ずっとシフォスに押されていた。

 攻撃が当たらない、どころではない。

 攻撃の兆候、わずかなおこりにすら反応され、シフォスの攻撃でその行動が防がれてしまうのだ。

 行動すらさせてもらえないのなら、反撃もできない。


「惜しいな」


 とシフォスは言った。


「何がだ」


「そのしなやかで緻密な筋肉、その柔軟な駆動、獣的な反応速度、鍛えれば鍛えるほどお前は強くなれた」


「強くなれ、た、か」


「俺を襲ってきたのだ。命はいらぬのだろう?そもそもお前に命があるのかはわからないが」


「この仮初めの命、鍛えるも何もない。ただ、極光の夜を守るのみ」


 ジレオンは跳躍した。

 高く飛び上がったそれは、猛獣の狩りのような力強さと、決意の悲壮さを表しているようだった。


「元来、命とは仮初めのものだ。それが長いか短いかは、各々による。己が満足できればそれでよい」


 シフォスの振るう錆びた刃は、ジレオンの空から振り下ろされた曲刀の刃とがっちりと噛み合った。


「貴殿の言うことは正しい。要は、己に悔いが残らなければよい」


 ジレオンはそう言って、虎の顔に笑みを浮かべた。

 あるいは、それは猫科の生き物が威嚇の時に浮かべる表情だったのかもしれない。


 受け止めたシフォスの錆びた剣に、ジレオンはしのぎを削る自分の剣にひねりを加えた。


 ガチン、と鈍い音をたてて、シフォスの剣は破壊されてしまった。


「生粋の武人かと思えば、こんな小技も使うかよ」


「でなければ、軍団の副長などできぬ」


「だが、それすらも俺が読んでいたとしたら?」


 シフォスは半ばから折れた剣を突き出した。

 刃の無い柄だけの剣など、何の脅威でもない。


 それでも、それでもなぜかジレオンは避けた。

 見えない。

 見えないけれども、シフォスの突き出した剣の折れた刃が感じ取れるような。


 ジレオンの避けた場所が弾けた。


 空間がきゅっと縮まり、パッと爆発したような。


「なんだ!?何をした!」


「なんだ避けたか。当たれば頭が吹き飛んだのにな」


 キャロラインはその技に見覚えがあった。

 牢獄の鉄格子を斬った、見えざる刃だ。

 魔力を固めた不可視の剣を振る技だと、今まで思っていた。

 しかし、違う。

 今のは。


「空間を斬った……?」


 キャロラインの呟きに、シフォスは意外そうな顔を見せた。


「ほう……なかなかみどころがあるな、娘」


「え、ていうか、空間って斬れるんですか?」


「ここにあるものならなんだって斬れるさ」


 そう嘯いたシフォスは、楽しげに笑った。


「なんだって……って」


「二千五百年も剣と共にいるんだ。それくらいは当たり前だろう」


「剣魔はやはり剣魔か」


 と、ジレオンは真剣な顔を崩さない。


「戦いはじめはただの影だった貴様が、まるで本物のジレオンのように語りはじめたな」


 シフォスの言葉に、ジレオンの影はハッとした顔をした。


「影の私が、元の人格を取り戻しはじめた、というのか」


「取り戻せ。そして、俺に斬られろ」


「何を言って……」


「ただの影なら記憶には残らぬ。俺の記憶に残る戦いをすれば、それはジレオンが記憶に残る、ということだからな」


「そうか……ジレオンの名は剣魔を通して、残るか」


「やる気になったか。さあ、来い」


 ジレオンの影は、いや、いまやジレオンそのものとなった彼は、曲刀を構えた。

 シフォスはそれを見て満足そうに構えた。


 影のような獣人と、折れた剣を構える剣魔。


 まったく真面目に見えない戦いだが、二人の戦いを見守るキャロラインは二人の真剣さを感じていた。


 弾かれたように飛び出したジレオンを、シフォスは空間斬撃で迎え撃つ。

 もう、ジレオンは折れた剣を侮ってはいない。

 最大限の注意を払いつつ、見えない空間斬撃の隙間を縫って接近する。

 そんなジレオンに、シフォスは折れた剣を投げつけた。

 それはまったく予想できない行動で、ジレオンは咄嗟に回避する。


「何を!?」


「ほら、そこに空間の切れ目があるぞ」


「ぬ!」


 その通り、ジレオンの避けた先はあらかじめ斬られていた場所だった。

 見えない斬撃がバッとジレオンを襲う。

 影の腕が削られ、液体のような影がほとばしる。

 思わず飛び退いたジレオンは、何度か斬られた腕の拳を握っては開く。


「油断が過ぎるぞ」


「影の身ゆえに戦いには支障はない……が、もしや剣は関係ないのか?」


 地面に転がる錆びた小鬼の折れた剣を見ながら、ジレオンはそう言った。


「俺は剣魔ゆえな。無手でも戦えるようにいつでも備えておるのよ」


「だが、今のはそんな心構えのようなことでは説明できぬ」


 ジレオンは折れた剣が、空間斬撃の起点になっていると予測した。

 しかし、今の投げつけられた剣と、その回避先にあらかじめあったかのような攻撃が、その予測を否定していた。


「なら、見えるようにしてやるか」


 そう言ったシフォスは、手を振った。

 すると、そこら中に剣があるのが見えるようになった。


 三振りや四振りではない、十、二十、いや百振り以上の魔法で造られた剣が浮遊していた。


「これほどまでに……」


「闇氷咲一刀流“無刃斬・銀世界”」


 それがこの技の名だった。

 空間を斬る不可視の無数の刃。

 その無数の刃を縦横無尽に操る“剣魔”。


「これほどの武、やはり剣魔の名は伊達ではない」


「ジレオン。貴様の名は忘れぬ」


 ジレオンは突撃した。

 無数の刃は完全に避けることなど不可能だと、ジレオンは理解していた。

 突撃しながらも、影が削れ、黒いもやとなって消えていく。

 影の曲刀と、ジレオンの意志だけが突撃を続行し続けていく。


 もう、言葉を発することもできていない。


 シフォスへ向ける曲刀だけが残っている。


「届いたぞ、ジレオン。貴様の刃は確かに俺に届いた!」


 シフォスは、ついに届いたジレオンの、その影の曲刀を見えざる剣で迎え撃ち、撥ね飛ばした。


 影は、そこで力を使い果たしてもやになって消えてしまった。


「……彼は、どうなったのでしょう?」


 キャロラインは、シフォスに尋ねた。


「さあな。命より名を重んじる武人だ。本懐を遂げて満足したのではないか」


「そういう、ものですか?」


「さあな……余計な時間を使った。魔王の御座所に急ぐぞ」


 シフォスはジレオンの影などいなかったように、歩き始めた。

 キャロラインは、その後を追っていった。



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