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303/417

303.極光夜01

 式までにまだ時間はある。

 まだ到着していない客もいる。


 全員が揃うまでおおよそ三日というところだろう。


 キャロラインは、リヴィエールと一緒に宿題をしたり、メリジェーヌ先生に授業を受けたりしていた。

 グルマフカラ王は、ギアや魔族の族長と交流していた。

 その輪の中に、人間界の王たちもまざりちょっとした国際会議になっていた。

 新郎新婦の知り合いに王族が多いのか、それとも彼らに関わったことで王や指導者となったのか。

 キャロラインに判断するすべはない。


 そんなこんなで、本番はまだなのに意外と忙しい。


 疲れから早く就寝したその夜。


 異変は起こった。



 なぜか目が覚めてしまった。


 キャロラインは寝台から起き上がった。

 不意に違和感。

 いつもなら、夜警の騎士たちがキャロラインが起きるのに反応するのだが、今夜は何も反応が無い。

 副騎士団長のリギルードが太鼓判を押した優秀な騎士たちが随伴しているはずなのだが。


 そして、目を向けた窓の外の光景が、キャロラインに非常事態だということを強く認識させた。


 空は暗く曇り、ゆらゆらと極光オーロラがたなびいている。

 そんな幻想的な光景の中を、鷲獅子グリフォン亜竜ワイバーンがひしめきあうように飛んでいた。

 下に目を向けると小鬼ゴブリンの群れが歩き回っていた。


 ここは魔王軍の中心、のはずだ。

 そこがこんなになるまで襲撃を許してしまうのか。


 何が起こっているのかしら。


 キャロラインは急いで服を着替える。

 寝間着やドレスなど着ている場合ではない。

 戦闘用の衣服など持ってきているわけもないので、少しでも動きやすい乗馬服に袖を通す。

 武器は……手元にはない。


 まずはリオニアの騎士を探そう。

 武器を使うのは不得手だが、援護くらいはできる。


 キャロラインはドアをわずかに開けて、部屋の外の様子をうかがう。

 獣の臭いが漂ってきた。

 廊下の向こうを鷲獅子がズシリズシリと歩いていくのが見える。

 この臭いは嗅いだことがある。

 実地研修の時だ。

 リヴィエールと一緒に遭遇した森の奥の番人の鷲獅子。

 その時に嗅いだ臭いだ。

 その時の恐怖はまだキャロラインの中に残ってはいる。


 けれど、今は動く時だ、と体を動かす。

 ドアは良く油が差されているようで滑らかに音もなく開いた。

 廊下の向こうにいる鷲獅子に気付かれた様子はない。

 足音が出ないように慎重に足を踏み出す。

 心臓が跳ねるようだ。


 外に待機しているはずの騎士たちはいない。

 逃げたか、やられたか。


 となると次にやることは、魔王軍の誰かを探し、状況の説明を受けることだろう。

 客の泊まっている屋敷には、連絡係として暗黒騎士が一人在中している。

 ここにいたのは、確かドルギルとかいう(魔人にしては)若い騎士だ。

 彼を探そう。


 リオニアから来た者らはみなこの屋敷にいるはず。

 お父様は……自分でなんとかしてもらおう。


 廊下を静かに進む。

 交差点、曲がり角では曲がった先に魔物がいないか確認してから進む。


 曲がり角の向こうに鷲獅子や小鬼などがいるのは何度かあった。

 キャロラインが寝ていたのは二階、騎士ドルギルがいるのは一階の玄関口近くの部屋だ。


 小鬼や鷲獅子を避けて廊下を進む。

 メインの階段はエントランスルームに繋がっている。

 そこからすぐに暗黒騎士の詰所に行ける。


 と思ってそこへ向かうが、エントランスは魔物でいっぱいだった。

 まあ、それはそうだ。

 外から来る敵はどこから入るかと言えば、入口エントランスからだろう。


 ならばどこから降りるか。


 この様子だと副階段も制圧されているかもしれない。

 だったら召し使い用の階段がある。

 厨房や彼らの部屋がある場所から、ゲストルームへすぐ行ける通路や階段があるはずだ。

 普段意識していないから見過ごしているが、王宮や貴族の屋敷には召し使い用の入口がそこかしこにある。

 キャロラインはそのうちに一つ入った。

 ゲスト用の廊下のきらびやかな見た目と違って、その通路は木材や石材が露出したそこは実用的に特化している。

 キャロラインはその通路を駆ける。


 召し使いたちにも出会わなかった。


 みんな逃げたのか。

 それともこれはたちの悪い夢なのか。

 けれども夢にしては現実的リアルに過ぎる。

 もつれそうな足、激しい鼓動をやめない心臓、髪をもつれさせる冷たい汗。

 悪夢なら目をぎゅっとつむれば終わる。

 けれど、目を閉じてもこの状況は変わらない。


 この屋敷にはキャロラインしかいなくて、あたりには怪物たちが溢れている。


 階段を降り、厨房を経由し、暗黒騎士の詰所へとたどり着く。

 けれど、というべきか、やはりというべきか。

 そこには誰もいなかった。


 これではまるで、キャロラインだけが怪物だらけの世界に放り込まれたようではないか。


 そんな嫌な予感を押さえ込みながら、キャロラインは次に何をするか考えた。

 少しでも生き残る可能性を考えるなら、やはり魔王軍の中枢に行くしかないだろう。

 リヴィエールのいる魔王の御座所だ。

 この数日通っているから場所はわかる。

 もしかしたら、ここにいない者も先に行っているかもしれない。


 キャロラインは厨房へ引き返して、通用口を探す。

 食材を運んだり、生ゴミを捨てたり、厨房は外への出口が屋敷のものとは別にある場合が多い。

 なんでそんなことを知ってるかというと、ニコに教えてもらったのだ。

 リオニアスでニコズキッチンを経営する友人には、王宮では知ることのない雑学をいろいろ教えてもらっていた。

 それがこんなときに役立つとは。


 そして見つけた通用口から外に出た。

 外はやはり、窓から見た景色そのままだ。

 空は暗く、極光オーロラが揺れる。

 そこに空を飛ぶ怪物がひしめきあっている。

 屋敷の中では、召し使いたちのスペースが見つかったようでガタガタいう音が聞こえていた。

 決断がもう少し遅ければ見つかっていたかもしれない。

 わずかな幸運に勇気づけられながら、キャロラインは静かに走り出した。

 怪物たちに見つからないように、魔王の御座所へ。



 勇んで走り出したのはいいが、キャロラインは戦闘に関しては素人であることは間違いない。

 隠密に長けているわけでもないし、神がかって的確な状況判断ができるわけでもない。

 普通の女の子よりちょっと優れているだけなのだ。

 だから、本営の街中を歩き回る怪物たちにすぐに見つかってしまうのは仕方のないことなのだった。

 彼女本人の焦りは別として。


「ど、どこか隠れられる場所!」


 走りながら声を出せば息がきれるに決まっているのだが、それでも声を出さなきゃ絶望に押し潰されそうになる。


 なんとか振り切って、民家の中に逃げ込む。

 大きく息を吸う。

 はあはあと自分の声が反響して聞こえる。


 まだ生きている。

 なら、まだ生きていける。


 どぉん、と、もたれかかっている壁に振動。

 さきほど追いかけてきた小鬼ゴブリンたちがまだ追ってきているようだ。


 だめだ。

 もっと逃げなきゃ。


 立ち上がり、踏み出した足の先の感覚が消えた。

 そして浮遊感。


 地面が消えた?

 いや、床に穴が開いた。


 数百年もの間ゆっくりと雨水かなにかに侵食されてもろくなっていた床が、キャロラインの一歩で限界を迎えて崩壊したのだが彼女にそれを知るよしもない。


 暗闇を落ちていくのはもう経験したくない、と彼女は穴の底にぶつけた背中に痛みを感じながら思った。


 ここは地下だろうか。

 いや、どこでもいい。

 早く動かなければ。


「こんなところに落ちてくるものがいるとはな」


 不意に聞こえてきた声は、老いていてしゃがれていて、そして力強いものだった。


「だ、誰です!?」


「それは本来俺の問いなのだがな。まあ、いい。俺はシフォス。シフォス・ガルダイアだ」


 そこは牢獄だった。

 鉄格子をへだてて、キャロラインとシフォスは出会った。

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