302.多様性、それは見た目か中身かだけの違いでは
リオニア王グルマフカラ、そしてその娘キャロラインが魔界へ旅立ったのは年が明けてすぐのことだ。
リオニア王国の年初の行事は、一昨年のウラジュニシカの襲撃以来縮小されているため、すぐに済んだ。
なにより、グルマフカラ王が王太子のレーニエに王位継承するという意思を示したことで、王宮がてんやわんやしているのだ。
宰相は目が回る、といって走り回っているし、レーニエ本人も大変を超えて大変だ、とかわけのわからないことを言っている。
ただ宰相もレーニエも、二人の魔界行きを反対はしていなかった。
今代の魔王は親人間派だというし、魔王軍が再び攻めてこないと確認するのは国防上の重要事項だ。
もちろん、罠ではないか、という意見もあった。
だが、罠にかけるような人物ではない、と王国騎士団の団長、副団長から意見の具申があったため、魔界行きが決定したのだった。
「魔界、か。まさか生きているうちに訪れる機会があろうとはね」
グルマフカラ王はこの数年の激動を思い起こしていた。
即位と共に判明したリオニアの危機的な財政。
なんとかしようとあえいだ十数年。
そして、魔王軍の侵攻。
遷都、徴税システムの変更。
魔王軍が退けたと思ったら内乱寸前の国内。
それが収まったら、ウラジュニシカの襲撃。
以前に暗黒騎士の彼に言ったかもしれないが、グルマフカラは魔王軍に感謝すらしていた。
滅びる寸前だった国が持ち直し、かつ続いていくのは魔王軍の襲撃があったからだ。
彼以外には口にしたことはないが。
「私の友人の花嫁の話では、それほど人間界と変わりはないらしいですわ」
「気候は変わりないのに、魔界では多種多様な種族が競い戦いあう世界なそうだね。どうしてそのような違いが生まれるのか」
「あら、姿かたちは同じでも、それぞれの人の心持ちはそれぞれに違うものでしょう?競い戦いあうのは人間界も同じ、現れ方が違うだけなのでは?」
「ああ、なるほど。それは慧眼だ。そうか、同じものの現れ方の違い、か」
「私見ですわ。学者や賢者の言葉ではないので真に受けないほうがよいです」
「私見、ということはこれはキャロルの考え、なわけだな?どのようにして思い付いたか、父に話してみてはくれまいか?」
六人乗りの馬車にはグルマフカラとキャロラインしか乗っていない。
迎えはニブラスの旧王都、いや魔王城の跡地に来るという。
そこに危険がないことは、同行しているユグドーラスが冒険者を使って確認済みだ。
リオニアの郊外の景色が流れていく。
森と湖の国、と称されることもあるリオニアとて北へ向かえば、それなりに荒涼としてくる。
特にニブラス王国との国境付近は、そこの領主の没落や国家間の争い、魔王軍の侵攻によって荒れ果てている。
しかし、これでもマシになったほうなのだ、とキャロラインは元冒険者の級友から聞いたことがあった。
「学園で私は変わった。いえ、変わらざるを得なかったのです」
「それは……彼女がいたから、かね?」
「ええ。私が王家の権威でクラスをまとめようとした時に、彼女はその人格と実力でクラスをまとめあげた。王が王であるためには王となる実力を持たなければならない」
「耳が痛いが、それは世襲制の否定かね」
「そうは言ってませんわ。王の実力とは特異な才能が無ければ、血筋と環境によって育まれるもの。やはり王族というのは恵まれている。王に近いのは王の一族、ですわ」
「キャロルははじめ王の権威を使おうとしたのだよね。それはなぜ上手くいかなかったのかな?」
「彼女の才能、リオニアスにお父様がしたことの影響、そして私自身の力不足、ですわ」
「だから変わらざるを得なかった、と?」
「そうですわ。彼女を認め、私の力不足を認め、仲間たちを認めました。そして、それぞれに違う心を持ち、感情を持ち、考え方を持っていることを知りましたわ」
家を背負っている者。
立身出世を夢見る者。
家を再興させんとする者。
楽な暮らしをしたいだけの者。
様々な者がいて、それぞれが触れあって、反発して、戦って、許して、机を並べて、食卓を囲んで。
そうやって、関係性が生まれる。
好意も、敵意も。
それを念頭に置いてみれば、魔界の多種多様な種族の関係性は、よく似ていた。
だから、そんな考えに至ったのだ。
言葉にするとなんだか飛躍している気もするけど、キャロラインの頭の中ではキッチリと説明がついているのだ。
「精神的な多様性を知るがゆえに、魔界のそれを咀嚼できた、か」
「難しい言葉で説明するのは馬鹿のすることだ、と教わりましたわ、お父様」
「要はみんな違って、それでいい、ということだろう?」
「……違う話になっている気がしますわね」
そんな父娘の会話をしていると、不意に馬車が止まった。
「どうした?」
グルマフカラの誰何の声に、キャロラインの聞いたことがある声が答えた。
「お久しぶりです。グルマフカラ王」
「君は……花婿だろう?こんなところで何を?」
「自分の結婚式ですからね。招待客の皆様を出迎えつつ、周辺警備ですな」
「かしこまった話し方は君らしくないね。いつぞやのように王の前でも堂々と振る舞ったらいかがかね?」
「そうしたいのはやまやまですがね。なにせ、俺の親族代表と妻の友人を前に無礼な態度を取るわけにもいかず」
「ふふふ。大事な人のために己を殺すことも礼儀の一つだ。励みたまえ」
「礼儀の一つも身に付けないと、妻に叱られますからね。励みます」
魔界への転移門がある場所まではもうすぐだという。
彼はそう言って、グルマフカラたちの乗った馬車を見送った。
「……お父様?」
「なんだね?」
「さきほどの言葉はどなたのものです?」
キャロラインとて王女である。
礼儀作法の書物などは一通り目を通している。
しかし、さきほどの父親の言葉には聞き覚えがなかったのだ。
抜けている箇所があるなら確認しないと、という気持ちから聞いたのだ。
「己を殺すことも礼儀の一つだ、かね?」
「ええ」
「グルマフカラ・マークダイン・リオンの言葉さ」
「……?」
「私がたったいま考えたことわざだ。ふふふ、彼の態度があまりにも違いすぎて、おかしくてね。ついつい」
「お父様への好感度がガッツリさがりましたわ」
「娘には嫌われたくないものだね」
やがて、リオニア王の一行は旧魔王城跡地の前にたどりついた。
そこには多くの馬車や騎乗の士たちが待っていた。
「これ、みんな出席者……?」
「どれどれ。工業都市グランドレン、商業都市マルツフェル、北の海洋国家ギリア、都市国家群のブランツマークにテルエナ、おやおやサンラスヴェーティアまでいるね。大陸の主要国家の揃い踏み、か」
「みんな、彼の人脈でしょうか」
「大陸が彼の行動に巻き込まれて動いていた、ということだね。ここ数年ずっとそうだったのだろうね」
キャロラインはとんでもない場所に来てしまった、と思った。
自分から行くとは言ったものの、こんな大事になってるとは思わなかったのだ。
いや、臆するな自分。
友達の晴れの舞台を身に来たのだ。
「関係性はこちらの方が深いですわ」
「ふふ、臆したか、と思ったが案外飄々としている」
「どんな時にも飄々としているのは、お父様の娘だからですわ」
「なるほど、それは説得力があるな」
そうこうするうちに、青白く輝く転移門が形成された。
開け放たれた門の向こうは、魔界だ。
「私たちが一番乗りですわ」
キャロラインは御者に指示した。
馬車は動きだし、転移門へと進みだした。




