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「っと、寝ていたか」


 手合わせ、の後、俺も立っていることができなくなった。

 そのまま医務室(掘っ立て小屋ともいう)に運び込まれ、レベッカに治療を受けたことは覚えている。

 そこで、気を失ったらしい。


 目覚めると、月明かりが注ぎ込む清潔な部屋の寝台の上だった。

 日が暮れていたようだ。


「んー、むにゃむにゃ、ギアさん……」


 と、俺の寝台に寄りかかってリヴィが寝ていた。


「その娘は、さっきまで起きていた。あの決闘のあとでも顔色一つ変えずにあなたに寄り添っていた」


「って、お前は何をしている?」


 その部屋の戸に寄りかかって、さきほど話しかけてきたのはレインディアだった。

 部屋着なのか、いつもの騎士姿とは違った雰囲気だ。


「私は……私も、あなたの助けになろうとしたのだ。しかし……」


 と、レインディアはリヴィを見た。

 なるほど、どうやらリヴィが邪魔で俺に近付けなかった、と。


「気持ちは嬉しいが、大丈夫だ」


「本当か?かなり激しい戦いに見えたのだが」


 “黄金”ティオリールと、俺との戦いは集まった人たちの想像以上だったようだ。

 もちろん、いい意味で。

 武器を持っていた時は、どちらが先に致命傷を与えられるのかという緊張感。

 殴り合いに移行した後は、どちらが先に倒れるかという興奮。

 それによって、ギルドの中庭の臨時闘技場は大盛り上がりだったようだ。

 戦っていた俺たちはそんなことになっていたとは気付かなかったが。


 レインディアの言うとおり、殴られた箇所は多く、ダメージもそれなりだ。

 しかし、半分とはいえ魔人が持つ自動回復というか復元力は、しばらく休むことで死なない限りは復活する。

 純粋な魔人なら、死の縁で潜在能力が発現し、強くなりつつ全快するという常識外チートな能力を持っている。

 即ち、魔人を見たら殺すか、手下になるか、すぐに選ばなければならない、というのは魔界での常識だ。

 殺しきれなければ、強くなって復活するのだから。

 本当に厄介だ。

 俺も半分とはいえ魔人なのだから、そんな手軽に強くなれるのならばなりたいものだ。


「なに、もう治りかけだ」


「そうか……心配して損した」


 と、レインディアは絹のような金の髪をかきあげる。

 ティオリールもまた黄金の髪色だったが、あれは眩しすぎた。

 彼女のような落ち着いた金色は、月の光に映えて美しかった。


「……なんだ、じっと見て」


「……いや、なんでも」


「……そうか……私は……、いや私は明日出発する予定だ」


「ああ、ティオリールの宿題か」


 レインディアに課せられた宿題、とはリオニア王国騎士団の実情の把握だ。

 団長に従わず、あまつさえ“聖印”の魔法で操りさえしたリギルードや、どうみても騎士に見えない“メルティリア”たちのことを調べあげ、騎士団長として掌握しなければならない。

 リギルードの言うようにお飾りの団長なら、それは難しいことだ。

 放っておいて今までのように何も見ずに過ごすのが賢い。

 だが、“黄金”が期待するような騎士団長になるためには、これはやらなければならないのだ。

 いや、やってて当然なのだろう。


「ああ。しかし、何から手をつければいいのやら」


 髪をガシガシとかきむしりながら、レインディアはため息をつく。

 うん、相当追い詰められているようだ。


「まあ、俺から言わせてもらえば答えは目の前にある、ということだな」


 ピタリとレインディアの動きが止まる。

 そして、俺を見る。

 いや、目の前にとは言ったが俺ではない。


「答え?」


「リギルードだよ。話したことのないフレアやらポーザやらとは腹を割って話すには信頼も時間も足りないだろう?しかし、リギルードならある程度は話はできるだろう」


 リギルードは最初、レインディアも裏任務を知らされていたと思っていた。

 それは間違っていたが、つまりは団長を信頼していたとも言える。

 そういう前提があるのなら、まだ望みはあるだろう。


「そう、か。リギルード、か」


「何か不満がありそうなら聞いてやれ。んで認めてやれ」


「認める、とは?」


「俺も経験があるからわかるんだが、とにかく下の者は認められたいと思っている。自分の実力を、功績を、発見を、全てを。それを認めてやりさえすれば心を開いてくれる……可能性がある」


 例えば師匠である“剣魔”シフォス・ガルダイアはそういうのが上手かった。

 できたところを誉め、弟子の創意工夫を喜んだ。

 それは弟子たちのやる気を極めて高くしていた。


 師匠が自分を見てくれている。

 認めてくれている。

 というのは大きな自信につながる。


「そうか。そういうものか」


「俺なんかは雑種……いや平民の出だったからな。純血……じゃなくて貴族の部下なんかもいたんだよ。強さで言うことを聞かせるのは簡単だが、身分的な不満を貯めないためにはそういう心配りってやつも必要だったってことかな」


「なるほど、魔王軍も魔王軍で大変なのだな」


「……あんたはどうなんだ?俺のことは怖くないか?」


「……怖くない、といえば嘘になるが、最初に助けられたせいかな。逃げ出したいとは思わない……でなければ夜更けに殿方の部屋にいないさ」


「その表現はおかしい」


 夜更けに殿方の部屋にいる、と自分で言ってはじめてレインディアはその状況に気付いたようだった。

 顔が赤面しているのがその証拠だ。


「と、とにかく。助言は助かった、ありがとう。そ、それと、あつかましいのだが、も、もし体調が万全なら明日の朝、剣術の指導をしてくれないだろうか」


「剣術の指導?」


「ああ、実は早氷咲一刀流の伝承者を自分以外に知らないのだ。技とか構えとか我流の点もあるからな。見てほしいんだ」


「わかった。と言っても俺も正式な伝承者ではないから、それでよければだがな」


「かまわない、助かる。……では、また明日」


「ああ、おやすみ」


 レインディアはそっと部屋を出ていった。


 俺は足元でもぞもぞしているリヴィの頭を撫でる。


「ふにゃ、気付いてました?」


「こんな遅くまで起きてて悪い娘だな」


 どうやら途中で起きて、俺とレインディアの話を聞いていたらしい。


「わたしが寝ている間に、大人同士で何かしないかな、と思って」


「怪我人だぞ、俺は。何もせんよ」


「でもギアさんだし」


「家主に黙ってそんなことをするわけがない」


「わたし、ただの家主、ですか?」


「そうだな……リヴィが俺に好意を抱いているのは知っていなくもない」


「そういうの本人の前で言います?」


「俺も甘えている部分はある」


「ですね」


「リヴィがいなければ、俺はリオニアスで冒険者をやっていなかったかもしれない。リヴィが待っていてくれる家があるから、俺は安心できている。んでリヴィがフレアを殺すのを止めてくれたから、俺はリヴィの前で胸はって笑えるんだ」


「つまり、どういうことです?」


「リヴィは俺にとって一番大切なものだ」


 かつて、それは魔王様であり、魔王軍だった。

 それほどまでにリヴィの存在は大きかった。

 死地から帰ってくるのを待っていてくれる人。

 俺が誤るのを止めてくれる人。

 いつも隣にいてくれる人。

 それがどんなに尊いことか。


「わたしにとってギアさんは家族以上に、バルカー君やニコちゃんたち以上に、大切な人です」


 嬉しそうにホッとしたようにリヴィは笑う。


 俺は寝台の脇にいたリヴィを優しく抱き上げ、俺の前に座らせた。

 うわぉ、ギアさん大胆とリヴィが呟いているが気にしない。


「……一つ問題があってな」


「なんです?」


「リヴィは今、十六だろう?」


 子供から大人になりつつある。


「そうですよ。……あ、年齢のことですか?私たいして差のことは気にしませんよ?」


「年の差、そうそれなんだが……俺な、百六十八歳なんだが」


「……え?……え?……ええええええ!?」


 声が大きすぎて宿屋の主人に叱られた。

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