3.知らないよりは知っていた方がいい
「改めて礼を言うわ。ありがとうギア殿」
ミスティとリヴィがそろって頭を下げる。
ここは街道から離れた猟師の物置小屋らしき建物の中だ。
あのまま街道にいれば、巡回が帰らないことに気付いた盗賊団に襲撃されてもおかしくなかった。
ミスティは二十代後半、もしくは三十代に入ってるかもしれない。
冒険者歴はそれなりに長いらしいが、決まったパーティーを組んでいるわけではなく、若い冒険者たちのサポートを主にしているらしい。
リヴィことリヴィエールは十代後半、金に近い茶髪を長く伸ばし、それを銀細工の小さな蝶の飾りがついた紐で括ってある。
緑の大きな目は、今は仲間たちの死と盗賊たちへの恐怖でかげっている。
街を歩いていれば、何人かは振り返る美少女くらいには言われるだろう。
冒険者歴は浅いようだ。
いや、これが初陣ということもありえる。
「たまたま通りがかっただけだ。礼を言われるほどのことじゃない」
「十人の盗賊から助けてもらったのは充分お礼を言われるに値することです!」
俺の謙遜にリヴィが力説する。
なんだろう、素直な娘なのか。
「あたしの方はちょっとだけあんたを疑ってる」
ミスティが口に出す。
リヴィが俺とミスティを見ておろおろしている。
助けてくれた騎士と仲間の冒険者、どちらを信用すればいいのか、というところだろう。
「我が亡き主にかけて、俺は盗賊じゃない」
魔王様が亡くなったなど、心の奥底では未だに信じられないが、ネガパレスが崩壊したことでそれは事実だと証明されている。
だからこそ、口にすることはできる。
「亡き主……放浪の騎士……あんたまさかニブラスの?」
「明言はしないが」
嘘はついていない。
ミスティらは俺がニブラス出身の騎士だと思っているようだ。
場所と、俺の言葉と、強さをあわせて推測すればそれが正しい答えに見える。
確かに俺は、魔王領となった旧ニブラス王国の方から来た。
嘘はついていない、真実を言わないだけだ。
「なら、ちょうどいいかもしれないね」
「ミスティさん、まさか?」
「ああ。どのみちこのままじゃ、リオニアスまで帰れない。何かしらの成果がなきゃあね」
「……そう、ですね」
「事情を聞こうか」
面倒ごとに関わると、更なる面倒が舞い込むと故郷(魔界)では言っていた。
だが、俺の経験則からすると面倒ごとを放置していたほうがもっと面倒になるのだ。
この場合、彼女らを見捨てるとおそらく彼女らはやってきた盗賊団に襲われる。
よくて奴隷となって人身売買の商品、悪ければ暴行を受けそのまま殺されることもありうる。
そして、盗賊団はさらに肥大化して、手がつけられなくなる。
ならば介入するほかない。
盗賊団は潰し、彼女らを助け、冒険者への足掛かりを得る。
そのためには、彼女らの話を聞くしかない。
「あたしらはさっき言ったようにリオニア冒険者ギルド所属の冒険者だ。そして、このあたりに女子供を誘拐し、奴隷として人身売買している盗賊がいて、それを討伐するという依頼を受けてやってきた」
ミスティは説明を始めた。
俺はよく聞くふりをしていたが、内心呆れていた。
女子供を誘拐し、人身売買している盗賊!
そんなのどう考えても、大きな組織だ。
誘拐の実行犯、商品を管理する場所、非合法奴隷の売買ルート、などの面倒なことを管理して、大金を動かしている奴ら。
盗賊団の他に、国外の貴族や商人、もしかしたらリオニア国内の貴族なり、豪族なりが後ろにいてもおかしくない。
そんな組織に、冒険者の十人にも満たないパーティーで挑むなど頭が沸いているとしか思えない。
おそらくは事前調査の不足と想像力が足りない、のだろうな。
「簡単な依頼だと思った。優秀な三級冒険者のパーティーとあたしとリヴィともう一人の新人で計8人、控えめに言っても強いパーティーが組めた……けど」
「実は、ギアさんに会う前に二度、同じくらいの数の盗賊たちに襲われてたんです」
とリヴィがなかなかヘビーなことを言い始めた。
同じくらいの数の盗賊に?二度?
「撤退は考えなかったのか?」
ミスティは頷く。
「冒険者は依頼遂行能力が重視される。よほどのことが無ければ依頼を達成できないと無能扱いされるんだ」
計三度。
おおよそ三十人の盗賊にパーティーが壊滅寸前にされたことはよほどのことだと思うが。
どうやら、ミスティはそこには至らないらしい。
冒険者というのも世知辛いものだ、と俺は思ってしまった。
伝聞と想像するのと、実際に見るのとは大違いだ。
だが、往々にしてそういうのは、よくあることだ。
華やかな魔王軍暗黒騎士隊の隊長といえど、実戦よりその前後の書類仕事の方が多くてしかも重要だということはよくあった。
こっちが勝手に期待しただけだ。
「冒険者でいたかったんです」
リヴィがポツリともらす。
「……死んでも、か?」
「はい」
強い意志を、俺はリヴィから感じた。
彼女の目的が、何かは知らない。
だが、そこに突き進む意志は眩しい。
彼女のような冒険者なら、俺も目指す価値はある。
「で、実際どうするつもりだ?」
少なくとも五十人以上はいる盗賊団を討伐など、できないだろう。
「相手の拠点はわかってる。そこに侵入し、誘拐された人たちを救出する。その人たちを連れて帰り、リオニアに報告して討伐は国にやってもらう」
三人で五十人に挑むよりは難易度は低い。
しかし、それでも難しいことには代わりない。
そこで、俺はすでに彼女らに協力することを決めているのに気付いた。
まあ、俺がいて、盗賊たちの平均があの強さなら、なんとかなるだろう。
少なくとも二人を連れて逃げることはできそうだしな。
「仕方あるまい。乗りかかった船だ。君たちに協力しよう」
「本当かい?」
「本当ですか?」
ミスティは驚いた顔、リヴィは嬉しそうな顔をした。
夜更けを待って三人は小屋を出た。
細い月明かりだけが世界を照らす。
盗賊団の拠点は国境よりリオニア側に数キロ向かった山の中にあるらしい。
「そこは昔、鉱山だったらしいんだが、鉱石が枯渇して廃鉱になったようなんだ」
その廃墟を盗賊団が見つけ拠点としている、とのこと。
しかし、魔王領の付近の敵拠点となりそうな場所はみな更地にしたはずだがな。
と、俺はニブラス王国壊滅後に行った周辺調査のことを思い出した。
魔王軍の恐ろしさは当時は知られておらず、反抗する人間たちは多かった。
そんな敗残兵のゲリラ活動に使用できそうな廃村、廃墟などは徹底的に潰したはずだった。
他ならぬ俺が率いる暗黒騎士隊二番隊が総出でやったのに、だ。
そういや、あん時もバルドルバの野郎が反対したっけな。
一番隊は戦闘によって疲弊している。
周辺調査は二番隊だけでするように、だったか。
ニブラス王国との戦いは暗黒騎士隊が中心となって行われた。
一番隊だけでなく、二番隊も戦ったのだ。
疲弊しているのは一緒だった。
けれど、自分たちの住みかの周りが安全か確かめるのは重要なので俺は二番隊を率いて向かったのを覚えている。
ともあれ、目的地が廃鉱だろうが廃村だろうが、魔王軍侵攻以後のもの、もしくは与えられた情報が間違っている可能性もある。
情報不足というのが一番怖い。
そんなことを考えながら、俺は目的地へとたどり着いた。