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298.竜の記憶・篭の中

「この時期に結婚式……魔界が治まったということじゃろうが……」


 届けられた招待状に、メリジェーヌはため息をついた。

 しかし、その顔には笑みが浮かんでいる。


「まったく、ようやくじゃな」


 それほど長い付き合いではない二人だ。

 しかし、今までのどの関係よりも、深い間柄になったと思う。



 コンロン、という国がある。

 大陸の南、コンロン山脈によって他の地域から閉ざされた小さな国だ。

 ドラゴンが人間界進出に際しての足がかりにしようと作った国でもある。


 建国時、魔界は三代目の魔王である“闘神”ガオーディンの治世であった。

 強い者ほど偉い、という魔界の風土を最も実践した魔王である。


 しかし、元々強い種族であるドラゴンはそんな風潮を愚かしいと断じ、人間界に新たに領土を得ようと考えたのだ。


 メリジェーヌは、そのコンロンの王女だった。


 抜けるような青い空に、どこまでも続くような草原。

 外界は魔力蒸気文明が栄えて、その青白い雲が街を覆っているという。

 だが、ここコンロンは自然に満ち溢れていた。


 メリジェーヌは草原に寝転んで、青い青い空を見上げている。


「姫様ー!姫様!おられますか!?」


 遠くで自分を呼ぶ声がする。

 あれは侍女の声だ。

 魔法の勉強の時間をさぼって、昼寝をしているのがばれたら面倒な気もするが、その時はその時だ。


 いつの間にか、目を閉じて眠っていた。


 気持ちよい風と日差しの中で眠らずにいるのは生物として間違っている。


 ゆっくりと昼寝をして、城に戻るともう夕方だった。

 探しつかれた侍女を横目に自室に入る。


「いけませんな、姫様」


「先生ッ!?」


 メリジェーヌの魔法の教師であるパイロンが部屋にいた。

 コンロンの王族のさらに上にいるのがドラゴンであり、このパイロンはドラゴンの中でも高位にいる、という。

 無表情の白ひげの老人の姿をしている。

 それを怒らせるとどうなるか。


 ぎゃあっと、部屋の外で声がした。

 悲鳴。

 断末魔の、声だ。


「あなたは大事な教え子です」


「今のは」


「あなたを見つけ出せない無能には生きている価値がない」


 疲れはてて座り込んでいた侍女が、パイロンの遠隔魔法で殺害された。

 それは勉強をさぼったメリジェーヌへの処罰の代わりだ。


 しかし、メリジェーヌの顔に変化はない。

 それくらいでショックを受けたり、考えを改めるようならこの国で王女などできない。


「わかりました。次は受けます」


「次はありません」


「わらわが十八になるまで教えてくれるはずでは?」


「あなたは竜の試験を受けることに決まりました」


 この国は王族であろうと、軍部であろうと、平民であろうと、ドラゴンの前では全て平等なのだ。

 ドラゴンたちは国を作ったのはいいものの、統治するのは面倒くさがり、王族に任せているだけ。

 たとえ、王でもドラゴンの不興を買えば侍女と同じように処罰されることもありえる。


 ただし、例外がある。


 竜の因子だ。

 人は、様々な要因で上位種へと進化するといわれる。

 大量の魔力を浴びることで魔人になったり、神の力を受けて神になったりと、簡単ではないが例がないわけではない。


 そして、先祖にドラゴンの関係者がいたり、ドラゴンに埋め込まれたり、ドラゴンの肉を食べたりすることで竜の因子を取り込んだ人間は、竜へと進化することが稀にある。


 ドラゴンが選んだ国民の集うコンロンでは、他所より竜の因子を持つ者が多い。

 そして、見込みがあるものはメリジェーヌのように指導し、進化を促すのだ。


 竜の試験とは、そんな進化促進の最終段階。

 実際にドラゴンの教導を経て、竜と人の中間形態、竜人へと成れれば合格である。


「でもそれは、人間を止めるということ」


 まあ、こんな篭の中の鳥のような暮らしはまっぴらなので、人間という形にはこだわらないが。

 自分が変わってしまうことは、嫌じゃな。


 竜へ進化できた一握りの者も、その強靭な肉体に引っ張られて、精神が変容してしまうものが多いと聞く。

 そういった本能で生きる粗暴なドラゴンは下級として扱われてしまうとも聞いた。


「わらわにできるじゃろうか。わらわのままでドラゴンになることに」


 メリジェーヌはドラゴンに進化できることは疑っていない。


 爆炎姫。

 そう呼ばれ出したのは、十歳のころだ。

 圧倒的威力と範囲、詠唱速度、連射性能を持つ爆発魔法を操る彼女の魔法使いとしての才能はとっくに人を超えているのだ。

 ドラゴンは魔法の契約という概念は人間には教えていない。

 しかし、メリジェーヌは独自で近いところまで実現できていた。


 彼女より強い魔法使いなど後の世の“豪華業火アシャワヒシュタ”、約定の烈王トールズくらいのものだ。


 パイロンはそんな彼女に魔法の基礎を教えているのだが、メリジェーヌにはいまさら、としか思えなかった。


 自分が自分であることへの若干の不安はあるものの、ようやく竜に成れるという期待の方が大きかった。


 その日の夕食、家族で食事をとる。

 家族。

 王である父、王妃である母、王子である兄、そして自分だ。

 その食卓は豪華な食事が出ているものの、暗くわびしい。

 元々、兄はもう一人いて、弟、妹も二人ずついた。

 だが、その兄弟たちは才能がないから、不手際があったからと処罰・・された。

 ドラゴンたちは誰が人間の統治者だろうとかまわない。

 たまたま今の王家が長く、問題なく、統治していたから任せているだけだ。


「メリジェーヌ。竜の試験を認められたようだね?」


 父である王が暗い声で言った。

 元々、暗い食事なのだから家族の会話くらい明るくすればいいのに、とメリジェーヌは思った。

 不用意な発言をしてドラゴンの機嫌を損ね、処罰・・される可能性があるから、口を閉ざしている、という家族の考えをメリジェーヌはわからない。

 メリジェーヌは、他の家族と違って“選ばれている”からだ。


「ええ。ようやく、ですわ」


「……そんなに、人間が嫌なのか!」


 と語気を荒くして言ってきたのは兄だ。

 名前は……わからない。

 兄は兄でしてかない。

 将来即位すれば王だ。

 その時は王と認識すればよいだろう。


「嫌ですわ。それがなにか?」


「お前はという奴は!もう中身は蜥蜴なみなのだな!フェルゼナがどうなったのか、わかっているのか!?」


「レイモン!口を慎めッ!」


 王が兄に怒った。

 そうか、兄はレイモンという名前だったっけ。

 では、フェルゼナとは誰だ?


 しかし、兄も思いきったことを言う。

 竜に成るのが確定しているわらわの中身がトカゲなみだということは、ドラゴンたちがトカゲだと認識していることになる。

 もし、ドラゴンがそれを聞いていたら、とは考えないのだろうか。


 そこにぞわりとした感覚が降りてきた。

 何かが魔法を(メリジェーヌの知らない詠唱を使わない方法で)使ったのだ。


「ぐ、があ!」


 と兄の方から苦悶の声。

 見ると、兄の全身がねじくれている。

 骨とか折れてるんじゃないの?と思うほどぐにゃぐにゃである。


「今の発言は竜となるメリジェーヌへの不敬。しかし、彼女がまだ竜でないこと、肉親であること、王族がお前しかいないことを理由に命までは取らない」


 無表情でやって来たのは、パイロンだ。

 メリジェーヌの教育係。

 いや、違うのか?


「偉大なる翼の君。レイモンの口が過ぎたのは父である私の責でございます。どうか、どうかお許しを」


 と、王が土下座した。

 額を床にこすりつけている。


 そんなことをしても、ドラゴンの琴線には響かないのに、とメリジェーヌは思った。


 パイロンは土下座する王のことをチラリとだけ見た。

 そして、兄にかけた魔法を解いて去っていった。


 嗚咽する兄、泣いている母、呆然としている父。


 やはり、人間は嫌だな。

 とメリジェーヌは思った。

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