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297.ニコズキッチンの人事について

 もちろん、ニコのもとにも招待状は届いていた。


「結婚式ってなにげに初めてなんだよねえ」


 新しい友達にごちそうさまと言われて嬉しくなって、ウキウキした気分で家に帰る。

 すると、現実は一人なわけで。


 こうやって独り言を言うことも多くなってきた。


 それはともかく、結婚式である。

 今生も、そして前世の記憶でも結婚式に出たことはない。

 親戚のお姉ちゃんのに出たことはあるらしいが、幼いころなので記憶はない。


「平服でお越しください……で普通の服を着ていくほど物知らずではないんだけど……どういう服で行けばいいのかな」


 悲しいかな、いくらニコズキッチンが繁盛していても身分的にはニコ・カルザックは平民の娘なのである。

 簡単にお貴族様に相談するわけにはいかないのだ。


 キャロル、キャロライン・マークフラガ・リオンの正体を知っていれば絶好の相談相手になったのかもしれないが、リヴィエールが連れてきた学校の友達レベルの認識である。

 友達の友達は友達理論で友達になったが、その実家のことまでは知らなかったのだ。


「いくら包めばいいの、とか。冠婚葬祭の本とか無いのかなあ」


 別にどんな服装で行っても、なんなら手ぶらで行ってもリヴィエールは気にもしないだろう。

 けど、嫁ぎ先の面倒そうな親戚とかに新婦の友達は非常識な娘だとか思われたら、責められるのはリヴィエールちゃんなのである。

 そんなことになったら心苦しいどころではない。


 なにかいい方法はないものか。


『料理人として行けば?』


 転生の時に世話になった神様からお告げがくだる。

 なんという奇跡の無駄遣いか。


 料理は大好きだ。

 しかし、同じくらい食べるのも大好きなのだ。

 魔界の結婚式の食べ物なんて珍奇レアなものを見過ごすわけにはいかないのだ。

 なので、料理人として行くわけにはいかない。


「うーん」


 悩んでいると、家の入口からコンコンとノックの音がした。


「オーナー、おりますか?」


 ニコズキッチンの料理長のミルドラルが訪ねてきた。

 ニコは、ニコズキッチンのオーナーであるが、忙しい時に厨房に入るくらいで、料理部門の責任者は別にいる。

 その責任者である料理長に就いているのが、今訪ねてきたミルドラルであった。


 彼はもともとニューリオニアのハインヒート家の料理人をしていたが、ニコの味を知ってる客に“普通”と評価され、かなりショックを受けた。

 そして、リオニアスへ向かい、ニコズキッチンで料理勝負を挑んだ。


 リオニア料理三番勝負を行ったミルドラルとニコは、ニコの二勝一引き分けという結果に終わった。

 そう、一流の料理人を自負していたミルドラルは一勝もできなかったのだ。


 そのため、彼は心を入れ替えニコズキッチンに就職した。


 まあ、もともと貴族お抱えの料理人であった彼の腕は確かだった。

 そして、この一年弱でニコの信頼厚い本店の料理長になっていたのだ。


「んー、どうかしました?」


「早馬が届きまして、マルツフェル支部の人員について問い合わせが」


 メルキドーレ商会の支援で、商業都市マルツフェルに支店が出せることになった。

 店舗は間もなく出来上がるが、人員がまだ決まっていない。


 ニコはミルドラルを家に入れる。


「一番厨房長のケンウェッジ君はどうかな?」


 ニコズキッチンには元々の宿屋時代の物を使った一番厨房と新設した二番厨房がある。

 ケンウェッジはその一番厨房でトップだ。

 支店長を任せることはできるだけの実力はある。


「いえ、彼はヨーロキア君の後任で先月厨房長になったばかりです。もう少し様子を見たいところではありますね」


 ヨーロキアはケンウェッジの前任の一番厨房長だった。

 先月、新たにラゴニアに作った支店の支店長になった。


 支店を次々に造り、ニコズキッチンの味を大陸中に広めているのだが、その味を伝える料理人の育成が間に合ってないのが実情である。


「それなら、私が行きますか」


「ダメです」


「ダメですか、そうですか」


「ここリオニアスはニコズキッチングループの中心です。そこにオーナーがいることで新たな戦略、方針が定められるのです。あなたがいなくてどうするんですか」


「でも、ミルドラルさんがいるじゃないですか」


「私はあくまで代理ができるだけ、です」


「二番厨房長のモーリウェン君はどうです?」


「んー、彼ならまあ務まるでしょう。ただ」


「ただ?」


「二番厨房がちょっと戦力的に薄くなりますね」


「ですよね」


 二番厨房は、ニコが使いやすいように設計した厨房だ。

 広さは一番厨房より狭いが効率的に作業ができるため、遜色ない調理ができる。

 そのため、ここで技術を習得した料理人はニコズキッチンの料理人として活躍できるはずだ。

 逆に言えば、新しすぎる二番厨房を活用できる料理人は少ない。

 厨房長のモーリウェンが抜けてしまうと、ただでさえ少ない人員がさらに減るのだ。

 そこをニコとミルドラルは悩んでいるのだ。


「ニューリオニアの料理人仲間に声をかけてみます」


「あー、そういえばミルドラルさんは貴族のお抱え料理人でしたもんね。ヘッドハンティングかー…………!…………」


「オーナー?」


 急に黙ったニコに、ミルドラルは声をかけてみる。

 料理への集中時に彼女がそうなるのは知っている。

 ただ、人事に関してこうなったことはない。


「ミルドラルさん、貴族のしきたりに詳しいですよね?」


「え、ええ、まあ、ある程度は」


「教えてください!」


 ということで、結婚式の招待状とそれにまつわるしきたりを、あれこれ質問することになった。


「王族の結婚式ですか。さすがはオーナーですね」


「なにがさすがなんです?」


「普通、料理人は貴族のお抱えになるのが最終目標です。しかし、オーナーは王族にまでコネクションを持ち、ニコズキッチンを大陸中に拡げています。そういうのがさすが、なのです」


「そういうものですか」


「ええ」


「となると、ミルドラルさんは料理人として夢を叶えていた、と?」


「まあ、あのころはそう思っていたのです。けど今はオーナーと共にニコズキッチンをもっと大きくしたいと、それが夢になっております」


 熱意が伝わってきた。


「ミルドラルさん……」


「まあ、それはそれとして、貴族のしきたりについてお教えしますね」


「え、あ、はい」


 この後、ミルドラルにニコはかなりの指導を受けることになった。


 ちなみに、ミルドラルは既婚者で愛妻家で二人の娘を溺愛している。


 翌朝。

 眠気をこらえながら、ニコは店へ向かった。


 店の中は営業中と違って、とても静かだ。

 昼営業の仕込みにはまだ早い。

 だからスタッフも来ていない。


 転生して十数年。

 店を立ち上げ、貴族や王様たちにも名を知られ、十店舗を超える支店を作った。


 やりたいことをやりたいようにやってきた。

 成功者だ。

 もちろん、料理人は朝早く夜遅い仕事だ。

 忙しい時はゴハン抜きもありえる。

 十代の女子がのめり込むにはキツイ仕事だ。


 でも、やっちゃうんだよなあ。

 と、クスクスとニコは笑った。

 やりたいから。

 死んで生まれ変わっても、ずっと料理をし続ける。

 それでいいのだ。


 今回の結婚式も、同じようにずっと同じ男を愛し続けたリヴィエールちゃんをちゃんと見に行く。

 それでいいじゃないか。


「オーナー、早いですね」


 やってきたのは二番厨房長のモーリウェンだ。


「あ、ちょうどよかった」


「なんですか?」


「君、マルツフェル支店の支店長ね」


「は?」


 驚いた部下の顔を見て、ニコは楽しげに笑った。

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