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296.変わろうと思うのは、変わりたい理由があるから

 ユグドーラスのもとに、キャロラインが訪れたのは招待状が届いて、すぐあとのタイミングだった。


「これは王女様」


 リオニアスの民の、ニューリオニアひいてはリオン王家への恨みはまだまだ根強い。

 だが、こうして話ができるくらいには冷静だ。

 少なくとも、ユグドーラスは。


 普段は冒険者でごった返している、リオニアス冒険者ギルドは静かだった。


「単刀直入に伺います。暗黒騎士あるいは魔人と呼ばれる魔界の種族の平均寿命はどれくらいなのでしょう?」


「ああ、なるほど。詳しいことはわかりませんが、あなたにも届いたのですね?」


 と、ユグドーラスも開封した招待状を見せた。


「はい。リヴィエールさんの夫となる方は暗黒騎士と言うではないですか。彼女の幸せを祝う気持ちはあるのですが、気になることが」


「暗黒騎士、であることは知っております。そして、人間界侵攻に対し、ニブラス王国をはじめとした兵に危害を加えたことは間違いありません。しかし、彼は少なくとも、リオニアスにとっては救世主です」


「人格的に問題はない、と」


「ええ。ですが、王女様の聞きたいのはそういうことではないのでしょう?」


「そうです。私の高祖父の娘にエファスという方がいるのですが」


「祖父の祖父の娘、となると縁戚ではありましょうが遠いですね」


「その遠い縁戚の方が、新郎の母君だ、と」


「……なるほど、それで魔人の年齢を聞きたい、ということですか」


「そうなのです。魔界の方と姻戚関係があったことも驚きですし、それが本当なのかも不安なのです」


「まあ、あの男に限っておかしなことを企んでいるはずもないでしょうが。ふむ。魔人というのは不死である、とされていますな」


「不死?」


「まあ、歳は取るようです。老いても死なない、というだけなようで、怪我や病気で呆気なく死ぬこともあると聞きます」


「ということは、百年以上前の人物が関わっていても不思議ではない、と?」


「むしろ、彼の気遣いとでも言うべきでしょう。まだ魔界、魔王軍に対しては恐怖や反感しかありませんから」


 そこで、キャロラインは気付いた。

 後から、魔王軍の幹部がリオニアの王家の近親者だと知られるよりは早い段階で知っておいて、対策を考えられる方がずっとよい。


「将来をきちんと考えられているのですね」


「彼は、面倒ごとを放っておくとさらに面倒になる、という考えですから」


「それは……まあ、同意いたしますわ」


「しかし、驚きました」


「何が、でしょう?」


「一国の王女たるあなたが、こうしてリオニアスの我がもとに来ていただいたことが、です」


「それは、ユグドーラス様にお聞きしたいことがあったからで」


「リオニアスは、まだリオン王家を許してはいませんぞ?」


「承知しています」


「それでもここにいらした。家臣の誰かに来させてもよいし、私めを呼びつけてもよかったのでは?」


「それは……できませんわ。英雄たる“白月”を呼びつけるなど出来ませんし、この話はいわば王家の秘密、他の者に任せることはとても」


「では、あなたはここに来たことで何を得るのか?」


「私は、近いうちに父を退位させます」


 ユグドーラスは眉をひそめた。


「それはグルマフカラ王を害す、と?」


「そうは言っておりません。父も同意のことですから」


「陛下は、リオニアスからの支持は低いがまあ英明の部類。それを退位させていかがするつもりで?」


「リオニアスの支持が低いのが問題なのです。強引な遷都と貴族の引き締めで王家の支持はおそらくリオニア史上最も低いはずです。グルマフカラ王が退くくらいで、リオニアスからの支持を取り戻せるなら、私は成しますわ」


「王を退位させていかがするつもりですかな?」


「まずは兄、レーニエを即位させます。そして代替わりの政策でリオニアスを懐柔します」


「具体的には?」


「水運ギルド、通商ギルドなどの海運業認可を強化、リオニアスへ防衛軍の駐屯、税制特区の適用などですわ」


「海運業認可を出されずともリオニアスの商人たちは独自に交易をしておりますぞ?」


「国の保護があるのと無いのでは、交渉の通りやすさが違うのでは?」


「それはそうだのう。防衛軍の駐屯については文句は無い。どこから集めるかはともかく」


「リオニアスの無職者対策の一環ですわ。給料は国庫から出し、それがリオニアスに回ることで経済的な支援もできましょう」


「税制特区とは?」


「リオニアスは無税となってます。しかし、いつまでもそれはできない」


「見捨てた国に払う金はないゆえにな」


「そのための防衛軍設立ですわ。リオニアスの無税状態は期限付きで延長します。その後は、商人の方々と徴税について、ある程度の試案を試そうと思っております」


「リオニアスに害のないのなら、自治政府に根回しはしよう」


「お願いします」


「しかし、君はもっと居丈高なお嬢さんと思っていたのだがね」


 キャロラインは頬を赤らめた。


「リヴィエールさんのせいですわ。あの方が王の横に並び立つに相応しくなる、と申せられるのです。なら王の娘たる私は何をしなければならないのか、何ができるのか、常に考えさせられるのです」


「そうか。そうだな。あの娘はそうやって人の心を動かす娘だ。闇に染まった暗黒騎士の魂を変えたように、な」


「ユグドーラス様……」


「ならばわしも変わるべきなのかもしれん」


「ユグドーラス様?」


「キャロライン様。婚礼に出向くおり、私めも同行させていただいてよろしいか?」


「それは……かまいませんが……その、父上も参りますよ?」


「あれ以来、一度も話をしていない、と思ったゆえにな」


「わかりました。お迎えにあがります」


 リオニアスが受けた苦難を思えば、けしてグルマフカラ王と仲良く話などできない、とユグドーラスは思っていた。

 しかし、絶望的な状況を変えた暗黒騎士とリヴィエールのことを思えば、ユグドーラスも変わろうと思える。


 変わろうと思ったのだ。



 冒険者ギルドを辞したキャロラインはあらためて、リオニアスの街を歩いた。


「あ、キャロルさん!?」


 声をかけられた。

 リオニアスに知り合いはいないはずなのだが。


 それも、愛称のキャロルで呼ぶ者など。


 振り向いたそこは、ニコズキッチンの前だった。


 夏季休暇の初日に、リヴィエールたちに連れられて入った店だ。

 超人気で予約一年待ち、のはずなのだがリヴィエールたちは顔パスで入れるという謎の店だ。


「あなた、店主のニコさん?」


「そうです。お久しぶりですね」


「久しぶり……っていうか。夏に一度来たきり」


「リヴィエールちゃんたちとですよね。お客さんの顔覚えるの得意なんですよ。もし、お昼まだでしたらどうですか?」


 そういえば、とキャロラインは思い出した。ニューリオニアを出発して、ここについてすぐに冒険者ギルドへ行って、だから食事などとっていなかったのだ。


 空腹を自覚すると、反射的にお腹がクゥーっと可愛らしく鳴った。


「あ、え、と、あの」

 

「どうぞ、こちらへ」


 進められるまま、案内され、座らされる。

 見ると護衛の騎士たちも別席に座っている。

 いつのまに?


「ここって、予約がなければダメなのでは?」


「リヴィエールちゃんの友達なら顔パスですよ」


「あ、ありがとう」


「料理は……あえての和で行こうかな」


「わ?」


「リヴィエールちゃんの友達なら私とも友達、でいいですか?」


「い、いいでふ」


 噛んだ。


「じゃあ、友達にとびきりのご飯を作りますから、待っててください」


 なんか急に友達ができたことにキャロルは驚き、困惑し、そして嬉しくなった。

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