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292.剣魔の夢・最高の見せ場について

 巨人の軍師エンケラドスは、目論見どおりヤルンサクサ砦に陣取った魔王軍を見てほくそえんだ。

 弱い砦をあえて取らせて、そこに入り込んだ敵軍を打ち倒す。

 いわば“脆城きじょうの計”。

 ここで、魔王軍の後続を倒し、後詰めを足止めすれば巨人領の奥深くまで入り込んだ魔王軍は補給も受けられずに倒されるだろう。


 エンケラドスの上司に当たる大軍師テミスは、巨人の都であるウートガルズ前に難攻不落の要塞であるメングラッド城、そしてその要塞からヨトゥン山脈を結ぶ巨大な城壁を造り上げた。

 さらに、ウートガルズへ続く街道沿いの集落を全て別の場所に移動させた。

 この強引とも言える策により、ヤルンサクサ砦からウートガルズに至る巨人領の主要街道には何も無くなってしまった。

 たとえ、魔王軍の精鋭が攻めてこようがここには攻める場所も、守る場所もない。

 補給を受けるどころか、兵糧や物資を手に入れる場所もないし、ましてや略奪もできない。

 そして、ウートガルズ都の前には難攻不落の要塞と城壁がそびえ立つ。


 エンケラドスの任されたヤルンサクサ砦攻撃は、この巨人の大作戦の火付け役とも言える大役であった。


 夜闇に紛れ、巨人の奇襲隊はヤルンサクサ砦へ襲いかかった。


 彼の行軍、潜伏は完璧だった。

 巨体の巨人軍が奇襲をする、という意外性、初見殺しを達成するために、彼の払った注意は精密かつ精細だった。


 彼の誤算は、ここにアグネリードとシフォスがいたこと、そして規格外の炎使いがいたこと、それだけだった。



 奇襲の直前。

 襲いかかろうとする巨人軍が、突如その姿を照らし出された。


 夜なのに昼間のような明るさに、順応できない視界。

 まばたきを繰り返しながら、エンケラドスが見たのは炎上するヤルンサクサ砦だった。


 襲撃しようとした砦が燃えていることに、エンケラドスは混乱した。


「な、何が?」


「いやあ、炎というのは素晴らしいものだよね」


 炎上する砦の城壁に立つ人影がエンケラドスに語りかけてきた。

 巨人と城壁の上に立つ魔人の視線はちょうど重なっていた。


「何者だ」


「何者?それはこちらのセリフだよ」


「わ、我らは」


「あ、言わなくていいよ。覚えても仕方ないから」


「我らを愚弄するか!?」


「そうだよ。すぐにわかるような奇襲を仕掛けてくる低能なんざ、愚かで弄ばれても仕方ないんだよ」


「な、なん、なんなんだ」


「さて、そろそろこの砦も燃え尽きそうだ。ここは君に名前を覚えてもらって、冥土の土産にしたまえ」


 その人影は笑ったようだった。

 炎を背にした黒い影が、その口が三日月のように開いたのをエンケラドスは見た。


「小生は、魔王軍四天王オルディ・ベヘスト」


 脳がかき回されるような衝撃をエンケラドスは、その名前を聞いた時に思った。

 だってそれは。


豪華業火アシャワヒシュタ……」


「小生のその異称は本来なら“最善の天則”を意味する言葉なんだよ。そして、それはやがて聖なる炎と一体化した。そのために小生はその異称で呼ばれている」


 もう、エンケラドスは何も言えなかった。

 魔王軍の四天王が来ているのなら、この策ははじめから成功するはずが無かったのだ。

 魔王その人と共にドラゴン族の支配を撃ち破った伝説の英雄たる彼らにかなうのは“巨人の帝”くらいのものではないか。


「さあ、この炎をかがり火として、魔界そのものに畏敬を捧げよう」


「話が長い」


 エンケラドスの背後から、声が聞こえて、次の瞬間彼は絶命した。

 声の主、“剣魔”に一刀で両断されたのだ。


 見れば、砦を燃やす炎に注視させられ巨人の奇襲部隊はサラマンディア軍とシフォスによって全滅させられていた。


「えー、この異称の由来を語るのが小生の炎の最高の見せ場なのだよ?」


「剣と剣の交錯こそが最高の見せ場だろうが」


「そんな野蛮なことしないよ」


「オルディ様、作戦は終了しました。次はどう動きますか?」


 アグネリードの問いに興味なさげにオルディは答えた。


「お前に任せる」


「はい。では夜明けとともに進軍しましょう」


「いいけど、小生は何すればいいの?」


「巨人領の奥地には、都を隠すように要塞と城壁があるそうです」


「ふーん、で?」


「どうせ、軍団の奴らは攻めあぐねるので」


「ので?」


「派手に燃やしましょう」


「いいね」


 すっかり機嫌をよくしたオルディは「朝まで寝るね」と言って炎の中で横になった。

 すぐに寝息が聞こえてきた。


「慣れたもんだな」


 オルディの性格は、シフォスとはまったく違うものだ。

 奴を機嫌よく動かせたのはトールズだけだったとシフォスは過去を思い起こす。


「要は燃やせればいいんですから。後はこっちでうまくやればいい」


「昔馴染みだが、俺はいまだに慣れん」


「付き合える性格には得手不得手があるからな。直接の上司とうまく付き合えれば良いのでは?」


「この世に俺と敵と剣だけがあればよいのに」


「貴殿も難儀な性格をしてると思うぞ」


「よくよく考えれば、俺とオルディの両方とうまくやってる貴様はなかなかの傑物ではないか、と思い始めてきた」


「ふふん。ようやく私の才覚に気づいたようですな」


「口が上手ければモテような」


「ちょ、っと待て。まるで俺が軽薄みたいではないか!」


「十四人も妻がいる男が軽薄ではないとでも?」


「半分は政略結婚だ」


「だからどうした」


 結局、二人は朝まで話し合い徹夜で行軍することになった。



 ウートガルズ都、そしてメングラッド城へと攻め寄せた魔王軍は餓えと疲労に苛まれていた。

 期待していた兵糧はその道中にまったくなく、ここにたどり着く前に手持ちの糧食は食いつくしていた。

 そして、疲弊した兵では難攻不落のメングラッド城を落とすのは困難だった。


 四天王軍が来るまでは。


 “豪華業火アシャワヒシュタ”オルディは、一人メングラッド城の前に立った。

 降り注ぐ矢の雨は、彼に届く前に燃え上がり、一瞬で灰になって風に吹かれていく。

 真っ白な灰が、やけに不吉に舞い上がる。


 そして、メングラッド城と城壁は炎上した。


 超天才炎使い。

 彼は無から炎を起こす。

 不燃性の物質であろうと問答無用に変化させ、燃やすことのできるその力は、他の誰にもできないことだ。


 今回もその力は如何なく発揮された。

 爆発的な炎上は、城に詰めていた守備兵もろとも城を焼き尽くした。

 天を衝くような城壁はドロリと融解し、蒸発し、消えてしまった。


 己のたてた策が想定外の魔法で破られたことに、大軍師テミスは観念し、巨人族の魔王軍への降服、臣従を具申した。


 巨人の帝はそれを認め、ここに巨人軍は敗北した。



「つまらん」


「まあ、貴殿は剣と剣の交錯ができなかったでしょうからね」


 巨人との交渉は、宰相ルシフェゴの送り込んできた外交官が担当することになる。

 そのため、魔王軍の各軍団、四天王たちは帰還することになる。


「それどころか、まともな戦いすらしておらん」


「私も、もっとアグネリード様と楽しみたかったです」


 同じように不満そうなエファスである。

 このままサラマンディア家に戻ったら、十四番目の妻である。

 アグネリードと触れあえる機会も減ってしまうだろう。


「既成事実を作るしかあるまい」


「“剣魔”様もそう思いますよね!?」


「それを夫の前で言うのか?」


「男など単純なものよ。遠くの美女より、近くにいる者の方にひかれるものよ」


「そうっすよね。私だって若いし」


「いや、そう単純ではないと思うんだが」


「今夜あたり行ってやれ」


「押忍、行きます」


「だから夫の前で言うな」


 なんやかんや、エファスとシフォスは仲良くなっていた。

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