29.痛みを感じる前に殴れ
魔法禁止、目潰し金的への攻撃禁止、どちらかの戦闘不能ギブアップで決着、殺害はユグドーラスが止める。
というルールで、俺とティオリールの決闘がはじまった。
審問官という職業は、系統的には神官系の上位職だ。
高位のものを含む神聖系魔法を記憶し、また武道家、騎士などの近接攻撃を得意とする職業の経験も必要となる。
つまり、生まれながらにそうなるべく育てられた超エリートが審問官なのだ。
審問官という立場は、実のところかなり高いところにある。
宗教的地位は、教会の最高位である教皇、教皇候補でありその補佐役である枢機卿、各国に一人だけおかれる大司祭、以下司祭、助祭と続くが、審問官は枢機卿直属であり、権能的には大司祭に準ずるとも言われる。
その中でも、このティオリールは勇者と共に魔王軍の侵攻を食い止め、その反撃の一翼となった英雄である。
その二つ名の由来となった黄金の鎧をまとい、白いサーコートを上から着用している。
ギラギラとした黄金色なのだが、不思議といやらしさは感じず、神々しさの方がイメージされる。
本人のまとう雰囲気がそれを助長しているようだ。
右手にはメイスを持っている。
長さ六十センチほどで先端には四枚の羽のような突起がある。
あれで殴られると相当痛いだろうな。
痛い、ですめばいいがおそらく鉄の鎧でもへこむだろう。
左手には聖矢印の紋章の入ったヒーターシールドを持っている。
先端に金属で補強がされていることから、単なる防御のみならずあれで殴ったりもできる攻防一体の装備なのだろう。
おそらくは神聖魔法で自分を強化しつつ、盾で相手の間合いをかいくぐり、メイスで殴打するような感じだろう。
己の間合いを取らせてもらえない、というのは長い間合いの武器を持つ者ほど嫌がるに違いない。
「いいかね、ギア君」
予想通り、ティオリールは盾を前に突進してきた。
俺も剣で迎撃しようとするが、盾の勢いに弾かれる。
すかさず、ティオリールは盾で俺の剣を払った。
右手が外へ開き、胴体が無防備になる。
滑らかな動きでメイスが振られ、俺の胴へ一撃。
狙っていたのはみぞおちのようだが、腹筋を締めることでそこへのダメージを防ぐ。
しかし、四枚羽状の突起が革鎧に深く傷をつける。
痛みを感じるが、その痛みに怯むわけにはいかない。
まだ、一撃目なのだから。
弾かれた剣を振り戻す。
右手のみの力だが当たれば黄金の鎧とて斬れる。
だが、俺の剣の刃はティオリールの盾に阻まれ、受け流される。
その一瞬後には、ティオリールは距離を取り、盾を構えている。
最初の攻防は、一撃入れたティオリールが有利というところだろう。
「痛いし重い、そして強い」
俺のティオリールの攻撃についての評価だ。
「堅いし、重い、そして強い。当たったよね、さっき」
と、ティオリールも俺のことをそう評す。
「当たったな」
「痛くない?」
「痛いな」
「なんで動けるの?」
「動こうと思って、体を動かしているからだ」
「ふむ。なら、どこまで耐えられるか。やってみるか」
再度、ティオリールの突進。
盾を前に掲げての突進は、単純で強い。
近づき、こじ開け、殴る。
それだけなのだが、その動きが完成されている。
そして、次の瞬間。
ティオリールは横へ吹っ飛んだ。
頭から地面に激突し、ゴロゴロと転がる。
その表情は、信じられない、という顔だった。
「甲冑剣法“体躯合わせ”」
これがこの技の名前だ。
近接攻撃を過信する相手によく効く。
全身甲冑を着用していればさらに効果が高まり、兜や盾で視線が遮られていればなおよし。
突っ込んできた相手を受け止め、左手で進行方向をずらし、相手の頭部を殴りやすい位置へ誘導する。
後は頭をぶん殴って昏倒させるか、ずらした進行方向へぶっ飛ばせば完了だ。
まさか、剣をもって待ち構えていた相手が殴ってくるなど予想できないだろうから、奇襲の効果も期待できる。
さらに言えばティオリールの初撃も避けようと思えば避けられたが、この技を成功させるための伏線として食らっておいた。
受け身もとれずに地面に激突したティオリールは、しかしたいした隙も見せずに姿勢を保つ。
「やりますね」
ティオリールは楽しげに目を輝かせる。
「小癪な弾き攻撃なんぞしてきたからな。お返しだ」
「なるほど。ならつまらん小技はやめて、殴りあうか」
「おう。その方がいいな」
武器を手にしての命を賭けた殺し合いも風情があるが、全力での殴り合いもまたいいものだ、と師匠が言っていた。
お互いに武器を手放して、拳が届く距離へ歩み寄る。
そして。
拳を突きだすと同時に顔が吹っ飛ぶ。
拳にも何かに当たった感触。
殴って殴られた。
殴られた顔に、お互いに不敵な笑みを浮かべて。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る。
拳を突き出すたびに、顔面に腹に肩に腕に打撃。
痛みは感じるが、興奮し過ぎて気にならない。
さらに、お互いが殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!
俺の突き出した拳を、ティオリールが掴み、肩に背負って投げる。
「どおりゃあああ!」
この投げの勢いに逆らうと骨が折られてしまう。
俺はあえて、投げられる。
このまま投げられると、背中から地面に叩きつけられるだろう。
だが、俺の攻撃にあわせて投げに移行したティオリールの極めが甘い。
掴む奴の手が、しっかりと俺の腕を掴みきれてない。
ほんのわずかなその隙間を確保し、投げられつつティオリールの顔面を殴る。
それは打撃というほどでもないが、注意を向けるには充分な威力はあった。
投げの途中で、奴は手を放す。
本当の武道家なら、顔に打撃を受けようが技の途中で手を放すようなことはないが、ティオリールは違う。
武道家の経験はあるが、そのものではない。
手を放された俺は投げの勢いのまま、前方に飛ぶ。
空中で姿勢を整え、着地の衝撃を勢いに元来た方へ跳ぶ。
そう、それはティオリールの方だ。
「とった!」
「しまっ!」
ティオリールの目の前で急制動。
右拳を奴の腹に当て、溜めた力を一気に込める。
そして、撃ち抜く。
「甲冑拳法“鎧通し”」
鎧に身を包まれた相手への攻撃として編み出されたこの技は、鎧そのものに打撃を与えることで、鎧をまとっている相手への攻撃手段にしてしまう。
鎧そのものが打撃攻撃になるのだ。
一体成形部分が多いほど全身へダメージが与えられる。
逆に革鎧や鎧無しの相手には単なる打撃と変わらない。
鎧通しを食らったティオリールは1メートルほど吹き飛んだ。
全身甲冑などは、この技が一番得意とする相手だ。
上半身にまんべんなくダメージを受けたティオリールは、それでも倒れるのを拒んだ。
「まだ、だ」
「まだ、やれるか?」
「無論!」
ティオリールのやる気を受け取り、俺はもう一度奴と向き合う。
そして。
殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る!
ティオリールも黙って殴られてはいない。
俺の攻撃の合間合間に、殴り返してくる。
俺たちの顔面がぼこぼこになり、黄金の鎧がベコベコにへこみ、二人ともうっすらとしか笑みを浮かべられなくなった。
そして、俺の右拳がティオリールの防御をすり抜けて、奴の顎を撃ち抜いた。
きれいに通った打撃に、ティオリールは笑みを浮かべ、そのままぶっ倒れた。
戦った時間は一時間にも満たないだろう。
だが、俺たちにはもっともっと濃密な時間だった。
その余韻を噛み締めながら“黄金”に声をかける。
「よお、俺の勝ちだな」
「うむ。身動きできぬ。お前の勝ちだ」
仰向けになったティオリールの宣言で、この手合わせの決着がついた。




