289.魔界の統治について
突然の即位に驚き、愕然としているアトロイ改めて阿弖流為王を怨京都に放置して、魔王軍は帰還した。
魔界の再統一に関して、軍事でやれることはほぼ終えた。
ここからは、戦いの後始末だ。
軍監からの報告をまとめ、功のあった者に相応しい恩賞を与え、敵前逃亡などの軍令違反があったものに罰を与える。
信賞必罰がキチンとしていないと軍の規律は乱れ、緩み、弱体化してしまう。
功に対して賞が多すぎても少なすぎても問題になる。
それらをちゃんとやるのが君主の大事な仕事なのだ。
その他にも、少からず戦死者はいる。
縁者を探し弔慰金を渡し、その者が跡取りだった時は家を残す手助けをしなくてはならない。
戦争に行った、戦死した、そのあとは放っておかれたとなると軍隊への信頼感は大きく削がれ、誰も兵として働きたくなくなってしまう。
生者にも死者にも配慮が必要だ。
さらに今回はそれほどでもなかったが、現地徴用に対する支払い、精算もしっかりと行わなければならない。
魔王軍にとって魔界の全土は守るべき版図であり、少なくともそういう建前でやっている。
自国の領土で食糧が無くなったから略奪するなんてしたら、これまた軍への信頼が失墜してしまう。
徴用したら、相場より高めの支払いを行うことを魔王軍では確約している。
「今回はもう完全に赤字ですね」
ボルルームが笑顔で言った。
「赤字か?」
「はい。なにせ、勝ったことによる利益がありませんからね」
「ないか」
「ええ。ありません。魔王軍のやったことは大軍で攻めて、阿弖流為たちに国を奪ってプレゼントした、だけですから」
「しかし、これは必要な戦だ」
魔王軍への反乱分子をなくす。
魔界を統一するためにこの戦は必要だった。
「それはわかりますが……魔王様って、魔王軍の収入源ってご存知ですか?」
「うん?そういえば、聞いたことなかったな」
「言ったことなかったですからね」
「人間ならば穀物や金銭を税として納めるな」
一年以上、二年近く人間界で暮らして得た知識だ。
「なるほど食糧や、経済活動に必要な金銭を納めてる、と」
「魔界はどうなんだ?」
「魔界の通貨は魔力貨です。これは魔王軍本営にある造幣局で造られます」
「魔力貨は魔力を物質化して造るのだろう?しかし、造れるのはここだけなのか?」
どうやってそれで収入を得るのだろう。
「突然ですが、魔王軍の領地の定義って知ってます?」
「あ?俺らが攻めて取った場所だろ?」
「それも含まれますが違います。魔王軍の旧宰相府の領土調停士と、その領土の持ち主が共に魔王軍の領地だと認識していることが魔王軍の領地である、と魔界では定義します」
「その領土調停士ってのは誰なんだ?」
「本来ならちゃんと別に資格を持つ文官を置くべきなんですけど、今は私が丞相と兼任してます」
「ホッとしたぜ」
「そうですか?」
「ああ、おかしな奴がそんな役職についていたら大変だと思ってな」
「重要性はわかっていただけたようですね」
「つまりは魔王軍と領主が、ここは魔王軍領と思っていたら、そこは魔王軍の領土というわけか」
「この方法は、魔王軍の任官した領主が治めていれば問題はありません。逆に魔王軍に反意を抱く者がいれば即座にわかるのも利点ですね」
「魔王軍の反乱への対処が異様に早い理由がわかったぜ」
魔王軍の領土について学べたが、それが収入について何か関係あるのか?
「関係ありますよ」
ボルルームが俺の思考を読んだように言った。
「俺の考えを!?」
「魔王様は顔に出やすいですからね」
「ええ?そうか?」
「表情のコントロールは支配者の要訓練事項ですからね」
「お、おう」
「で、話を戻しますと、例の定義でそこが魔王軍領土と認定されると自動の契約魔法が作動して、定期的にそこの住人から魔力を摂取します。それが魔王軍本営に集められて魔力貨に変換されるわけです」
「それは……取りっぱぐれが無くていいな」
「そう。取りっぱぐれが無いのに収入が少ない、つまり」
「魔王軍の領土が少ない。あるいは領土があっても住人が少ない、というわけか」
「そういうことです。ただこの数ヶ月で魔王軍に臣従した勢力、新たに得た領地はかなり大きいです。収支は徐々に改善していくでしょう」
「そして、その新たに得た領地を開発して、そこに住人を増やすのも重要だな?」
「ええ。なのでツェルゲート殿が進めている新しい都の建設計画は将来性がありますよ。それにあの土地は今まで住人がほとんどいなかった場所。都ができれば大きな収入増となるでしょう」
「そうだな。そうなればいいな」
そこへ、コールがやってきた。
関門平野の戦いで影道は伝令に、工作に、迎撃に大活躍した。
その功績によって、影道の司令官のコール以下全員が昇格していた。
そして、コールは俺の秘書みたいな仕事をしている。
「魔王様、謁見を望む者が参っております」
「謁見か。……ほとんどの種族とは話したはずだが、どこの者だ?」
「それが……人間界からです」
「そいつは……ただごとじゃないな」
一体、どこの国から誰が来たのか。
それよりもどうやって来たのか?
わからないことがいくつかあるが、とりあえず会ってみることにした。
「魔界の主たる魔王陛下におかれましてはご機嫌うるわしくまことに重畳、祝着至極、満員御礼」
「挨拶がずいぶん適当だな」
「それはまあ、リーダーと私の仲ということで」
「俺は公私混同はしない性質なのだがな?」
「じゃあ、ちゃんとやりますね。人間界における魔王軍の同盟国サンラスヴェーティアよりの使者として参りました」
「関門平野の戦いに参戦してくれていたな、助かった。感謝するぞ、ホイール」
「あれはまあ、いろいろあった結果ですし、一応ドアーズのメンバーですからね」
サンラスヴェーティアからの使者として謁見を望んできたのは、ホイールだった。
聖都サンラスヴェーティアで起こった事件の際に、俺と知り合い、俺とサンラスヴェーティアの首脳部で非公式に同盟を結んだ結果、その連絡係としてリオニアスにやってきた神官。
それがホイールだ。
「で、話があるのか?」
「いえ、特に」
「そうなのか?」
「いえね。サンラスヴェーティアの凄いおまつりに私が参加することになってリオニアスを離れたじゃないですか」
「そうだったな」
「そしたら、リーダーもリオニアスからいなくなったでしょう?」
「そうだな」
「そこでウチのエライさんが騒ぎだしたんですよ」
「同盟国の君主がいなくなったら普通は大事だものな」
「そうですそうです。なので、なんとか魔界に行こうという話になって、たまたま冬季休暇に入る妹に話したら、リヴィエールさんに聞いてみるって」
「フォルトナも来ていたな。そういえば」
「来てみたら、戦争になっていたのは驚きましたけど、これ幸いと参戦して。で今日、謁見する運びになった感じです」
「そうか。……サンラスヴェーティアは魔王軍との同盟を継続したいということだな?」
「厳密に言うとリーダーとの同盟なんですけどね」
「サンラスヴェーティアに転移門が造れるか、試してみるか」
直通の連絡手段があるのは心強いだろう。
その俺の提案に、ホイールは苦笑した。
なんだ?と聞くと。
「魔王軍侵攻の際についにサンラスヴェーティアは戦場とならなかったんですが、魔界との直通の転移門ができるとなると、いろいろなんか思うところがあるというか」
「あー、確かにな」
サンラスヴェーティアは魔王軍が攻めることができなかった街だ。
そこと同盟を結んでいるというのもなんだかおかしな感じになる。
俺とホイールは苦笑しあいながら、謁見を終えることになった。




