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287.関門平野の戦い・魔王対剣魔

 “剣魔”。


 その剣の多彩さは、今は影を潜めていた。

 今、彼が使っているのは初撃に全てをかける示現流でもなく、精緻にして神速たる早氷咲一刀流でもなく、二天一流でも、巌流でも、新陰流でもない。

 我流。

 言うなれば剣魔流とも言うべき、剣と格闘を組み合わせた武術だ。


 そして、それは俺も使うことができる。


 教わったからな。


「ありとあらゆる剣術の弱点、それは武器が無くなれば何もできなくなることだ」


 剣道三倍段という言葉がある。

 剣などの武器を持つ者は、無手の者に対して三倍の力量となる。


「それが」


「逆に言えば剣を失った剣士の力は三分の一になる、ということだ。俺はそれが嫌でな」


「なるほど、だから格闘術も組み合わせた、と」


「対戦相手として、いくつもの流派の技術をさまざまな者に教え込み、そやつらと戦うことで我が流派をブラッシュアップし、強化してきた」


「自分の流派を極めるために、幾人もの弟子を取ったんだな」


「否、俺の弟子は貴様だけだ、ギア」


「あん?」


「剣魔の弟子はお前だけだ。他に剣を教えた者はおるが、言い方は悪いが実験台だった」


「実験台?」


「そうだ。俺の流派、俺の剣を強くするためのな。だが、俺は気付いた。どれだけ剣魔の流派を強化しても、俺は俺と戦うことはできないことに」


「だから、俺を育て、鍛え、そして倒す、と?」


 自分の造り上げた剣術がどれほどのものか、見極めるために。

 そのために、剣魔は俺を弟子にした。


「百年待ったぞ。この瞬間を」


「流派の完成のために、全てを犠牲にするのか」


「俺はそれで生きてきた。今さら変えられるものか」


 師匠の、剣魔の考えはもう頑なになってしまっていた。

 執念ともいうべき念に凝り固まっている。


 もう、戦うしかなかった。


 しかし。


 その戦いは、俺の一方的な攻撃で終始することになる。

 師匠の剣が防がれるたび、俺の攻撃が当たるたびに、師匠の顔には苦悶の表情が浮かぶ。

 俺の攻撃と防御は間違いなく、師匠に教わった剣術と格闘術のミックスだ。

 それは師匠もわかっているようではある。


「なぜだ。なぜ俺の剣が、俺の剣に防がれる!?」


 しぼりだした声は、ひどく辛く苦しそうだった。



「リーダーが強いのはわかっておりますけど、こんなに一方的になるものですの?」


 決闘を見守る一団の中で、ナギは呟く。

 彼女も、幾度もリーダーのギアの戦いを見てきた。

 ガルグイユに乗っ取られたダヴィド王子から始まって、勇者との決闘まで何度も。

 そのたくさんの相手たちと比べても、“剣魔”シフォス・ガルダイアはけして劣らない。

 むしろ、最強格と言ってもいい。


 その最強格相手に、ギアはまるで全力を出さずに戦っていた。


「魔王様は、剣魔の攻撃を全て見切っています。見切った上であしらいやすいように攻撃を誘導しているみたいですね」


「あなた……ドラゴンの騎士?」


 夏に海水浴をしていたら襲ってきた白竜の一翼だったはずだ。

 ドアーズのメンバーを一人連れていってしまった彼らは、強烈な感傷をナギたちに残していた。

 だから一目見てわかったのだ。


「聖竜騎士ヴェイン、です」


 称号を訂正してくるあたり、聖竜騎士というのは彼にとって、そしてドラゴンにとって重要なものなのだろう。

 ナギは面倒な方、と思ったが。


「聖竜騎士様はこの戦い、どう見ます?」


「どうもこうも……魔王様が圧倒的に決まっているじゃないですか」


「それは見れば分かりますわ」


「魔王様と剣魔は同門。剣術と格闘術を混合した独特な技術体系を持ちます」


「リーダーは、彼のことを師匠と呼んでいましたわ」


「その技の全てをお互いが知るならば、優劣はどこでつくのか」


「あなた、人の言うことをちゃんと聞けって言われません?」


 自分から話しかけてきたくせに、勝手に話を進めるヴェインはナギがあまり好きではないタイプだ。


「なんのことかな?……話を戻すと、同じ技術を持つならその優劣は体格、それも同格なら“目”でつく」


「目、ですか?」


「ええ。相手の次の手が見える“目”です。あなたにも解るように言っておきますが、これは視力的な意味ではありませんよ」


「いちいち突っかかるような言い方が気に障りますわね」


「さてなんのことやら。目の話に戻すとですね。これは経験値とか判断力、洞察力を総合した能力を“目”と呼ぶわけです。その“目”が魔王様は優れている、と言うのです」


 その説明を聞いた上で見ると確かにギアは剣魔の攻撃を余裕をもって見ているのがわかる。

 どれほどのことがあれば、あんな“目”を持てるというのか。



 焦り、が剣魔に満ちていた。


「なぜだ!なぜ俺の剣が通じない!?」


「師匠。もう止めましょう」


 俺は構えを解かずに師匠に語りかける。


「何を!」


「師匠はもう俺に勝てない」


「……何を」


「俺の持つ魔王の目によって、師匠の攻撃は全部見えてます」


「魔王の“目”……だと」


「魔界全てを見渡せるこの“目”は、俺の経験、技術、洞察、視力と相乗し、師匠の攻撃を見極め、応じることができます」


「俺の攻撃を見極め……?」


「それは、師匠が俺に授けてくれた技の全てが俺の血肉となっているからだ。言うなれば師匠は、俺と“剣魔”と戦っている」


「俺が戦うのは、俺とお前、か。ならば勝てぬわけだ…………そんな簡単な話に…………納得できるものかッ!」


 師匠の剣に揺らぎが生じた。


 今までの攻撃が自信に満ち溢れたものだったとしたら、これは不安そのもの。

 示現の剣、抜刀術、暗器、突き技、古今東西のありとあらゆる剣術の技が次々に繰り出される。

 “剣魔”の剣で勝てぬなら、その元となった幾千の剣術の技を浴びせればよい。

 そう、シフォスは思った。

 確かな技術に裏打ちされたそれらは、確かにその流派の達人の技に勝るものだった。


 だが、“剣魔”の技ではない。


 示現の剛剣はやられる前にやる、抜刀術はその神速をさらに超えた居合いにて防ぐ、どんな技にも弱点があり、それを防ぐ技が必ずある。

 魔王軍の剣士なら必ず習得する、それぞれの危険な流派の技への対処方法は、剣魔自身が考案したものも多い。


 自らの考えた技で、全ての攻撃が防がれるというのは剣士にとって考えたくないほど酷い事態だ。


「師匠!」


「俺はありとあらゆる流派を学び、それを取り込んだ。俺の剣術こそ最高の剣だ」


「確かに、師匠の、剣魔の剣術こそが最高の剣です」


 その時はじめて、シフォス・ガルダイアは俺のことを恐怖の目で見た。


「お前は……なんなのだ」


 がらん、と持っていた刀を落とす。

 戦意を失ったことを、師匠は示したのだ。


「俺は魔王です」


「俺の、負けだ」


 傷こそない。

 だが、己の剣がまったく通じないことに、シフォス・ガルダイアの心は折れてしまった。


 しかも折ったのは“剣魔”自身が磨き上げた剣術であったがゆえに。

 それはもう修復不可能なほどに、折れた。


 まったく抵抗しないで縄で縛られ、剣魔は連れていかれた。


 俺はなんだか力が抜けて、本陣にあった椅子にどかりと座り込む。


「ギアさん?」


「こうなりたくなかったな」


「辛かった、んですか?」


「師匠は、剣の師匠でもあったが、まともな身寄りのいなかった俺にとって父親であり兄のような存在だった」


「戦いに消極的だったのは、それが関係していたんですね?」


 優しいリヴィの声に、ついつい本音がでてしまう。


「ああ、まあな。慕う相手と嬉々として戦えるほど人格が破綻しているとは思っちゃいないしな」


 遠くを見ると、そろそろ日も沈む時間帯だとわかる。

 後始末をしよう。



 ホーソ率いる妖鬼軍から寝返った兵たちの投降を認め、また前線で戦った獣人や蜥蜴人などの四部隊の活躍を賞し、褒め称えた。

 関門平野入口付近で敵の別動隊を抑えたヴォルカンや援軍の者らに礼を言う。

 そして、真魔王軍の猛攻を防ぎきった日蝕騎士団、巨人軍、また途中で脱出したがその前に活躍した“影道シャドウズ”の面々も賞した。


 関門平野の戦いは、こうして終結した。


 軍勢をまとめた魔王軍は、平野にて一泊したのち、妖鬼族の都である“怨京都おんぎょうと”へと出発することになる。

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