286.関門平野の戦い・世界を超える援軍
「お前……なにしてんの?」
近寄ってきたポーザに聞いた。
「いやあ、しばらく前から魔界に来てたんだよね。そしたら、強い魔物さんがザックザクで、ボク史上最強にパワーアップなんだよ」
「テンションたけぇな」
「ボクだけじゃないよ」
ポーザの操る大量の魔物に混じって、なんかヤバいのが暴れている。
「私の鉄拳を受けるがよい、ですわ!」
黒錆をまとい、電光で駆動するナギが剣の達人たちをばったばったと薙ぎ倒していく。
剣が通じない鉄の体になったナギを止めるのは物理的に不可能だろう。
そのうえ、電光のように高機動するからただの魔人程度では相手にならない。
「私たちは慎ましやかに行きましょうね、兄様」
「そうだね。なんかむちゃくちゃだ」
ホイールとフォルトナの兄妹も参戦している。
「おいおい、こっちにはこっちの段取りがあってだな」
「段取りなんかむちゃくちゃやって、ガチャガチャするのが“ドアーズ”でしょ?リーダー」
「いや……まあ、そうだな」
「隊長!作戦はもう無効ということですか?なら、私たちも無茶苦茶やりますよ!」
本陣に隠れていた暗黒騎士たちが姿を見せる。
アユーシも、スツィイルソンも、やる気である。
「あー。そうだな。もう無理だな……」
「よし!魔王様の勅命である。暗黒騎士出撃!」
うぉー、という歓声があがり、暗黒騎士たちがガッチャガッチャと飛び出していく。
ヒャッハー、とかいう声が聞こえそうなほどの喜びようである。
よーし、ボクも行くよ!とポーザが駆け出していく。
「で、どういう作戦だったんです?」
「俺をな、囮にして敵軍を引き込んで暗黒騎士で囲んでドカン、だ」
「危ないことは止めてください」
「とは言うもののな」
「ギアさんが辛いのはわたし、嫌ですよ?」
「俺だって嫌だよ」
でも、やるしかなかった。
事前の敵包囲を一点突破し寝返りを起こし、妖鬼と真魔王軍をまとめて倒す作戦は、真魔王軍が動かないことで瓦解した。
そこで、真魔王軍の狙いが俺だとしたら、という前提でこの策をたてたのだ。
真魔王軍に当たっても、すぐに倒れる軍は後方に下げ、日蝕騎士団と巨人軍で敵を適度に分散し、本陣に迫る真魔王軍を囲んでドカン、するつもりだったのだ。
「ギアさん。わたしがんばります。見ててください」
わざわざ、文字通り世界の裏側まで助けに来てくれたリヴィは、笑顔だった。
この笑顔を守りたいと思っているのに、この笑顔にいつも助けられる。
「ああ。いつも見ている」
「奈落の奈落の奈落の奈落、地の底の底にて繋がれし逆心の王。我が呼び掛けに応じて力を貸したまえ」
その詠唱に合わせて、リヴィの周囲に蒼く輝く火球が無数に現れる。
火球の最大威力である火球のさらに上、蒼き炎の火球。
その火球が煌めき、散らばり、やがて円環を形作る。
どこか幻想的なその光景に、リヴィの詠唱が響いていく。
その音に反応するように火球たちが揺れ動き、青い残像をその場に残す。
青い光と影の空間の中心、そこでリヴィの詠唱が最後の節をむかえる。
「そは混沌の血統、蒼き大地と青き天空の息子、来たれ巨神の主、クロノス!」
その絶唱と共に蒼き火球が一斉に弾けた。
世界を塗りつぶすかのようなまばゆい青が爆発し、真魔王軍を飲み込んでいった。
そして。
蒼の閃光が走り抜けたあと、そこにいたはずの数万の敵兵は姿を消していた。
「え……?」
戦場に、沈黙が満ちた。
「どうですか、ギアさん」
肩で息をしているが、疲れはてたという感じではない。
前は、こんな大魔法を使えばぶっ倒れていたのに、だ。
リヴィの成長が著しい。
「消えた奴らは……死んだのか?」
どうもそういう感じではない。
だいたい、数万の軍勢を殺すのならもっと簡単な魔法がある。
勇者の使う光の魔法や、トールズ様の使った広範囲魔法などだ。
どちらにしろ難易度は高いが、今のリヴィの使ったものほどではない。
「いいえ。因果率に干渉して、ここに来ないですむ未来に書き換えました」
はい?
「ここに来ないですむ未来?」
「たぶんここに来た人たちって、とある一点だけでこの現在になったんだと思うんですよね。なら、その一点の過去を書き換えれば違う現在になったと思うんです」
「そんなことして大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ!」
「しかし、そんな魔法使うと歴史とか時間にでかい影響でないか?」
「使った感じだと、ギアさんに関することしか干渉できないみたいんですよね」
「俺に?」
「春の空間転移の時もそうだったんです。ギアさんがピンチの時しか、こんなことできないです」
(
「つまり……俺がピンチなせいでリヴィに無茶をさせてる?」
「わたしはやりたくてやってるんですよ?」
「そうか……そうだな、俺もそうだ」
「……でも、原因となった一点だけは干渉できませんでした」
「わかってる。あれは俺のやることだ」
ポーザ、ナギ、リヴィが来てくれたおかげで、暗黒騎士と日蝕騎士団、巨人軍が全力を発揮できた。
さらに、リヴィの“因果干渉魔法”によって、敵軍はほぼ消えた。
残っているのは“剣魔”だけだ。
そう、彼こそが因果率が干渉しえない一点。
ゆっくりと“剣魔”はこちらへ歩いてきた。
「しかし物凄い魔法だな。俺の鍛えた精鋭が消えてしまったぞ」
「師匠」
「かえすがえすも惜しい。お前が魔王となっていれば俺の最高の戦いができたのにな」
「ギアさんのお師匠様ですね」
リヴィが前に出て頭を下げた。
「うむ。“剣魔”シフォス・ガルダイアだ」
「わたし、ギアさんとお付き合いさせていただいております。近い将来、奥さんになります。リヴィエールです」
その宣言に、ポーザとナギが眉をひそめる、が何も言わない。
「丁寧な挨拶いたみいる。不肖の弟子だが末永く頼む」
そして、その次の瞬間、シフォスはさっきまでのやり取りが嘘のような殺気を撒き散らした。
それは弱い魔物ならそれだけで倒れてしまうほどの死の気配だ。
だが、ここに集まった魔王軍とドアーズの面々は動じることはなかった。
「師匠、改めて言う。俺は魔王だ」
「否、お前からは魔王の気配を感じない」
俺は朧偃月を構えて、闘気を放つ。
「俺は、あんたが生きていてくれて本当に嬉しかったんだ」
「何をいまさら……?……」
師匠の、“剣魔”シフォスの顔に反応があった。
俺の力に。
「分かるか」
「馬鹿な。トールズの魔王の力は受け継がれずに消え失せたはずだ」
「そうだ。魔界を魔界たらしめていた魔王というシステムは消えた。俺は受け継がれることのない力を継いだ真の意味での“魔王”!魔王ギアだ」
ゆっくりとシフォスの顔に笑みが浮かぶ。
歓喜。
絶望の底から、意味がわからなくなるほどの喜びを得たら、そういう顔になるだろう。
「分かる、分かるぞギア。ああ、俺は思い違いをしていた。そうだ。俺はお前と戦いたい。魔王であるかないかなど関係ないことだ」
「俺の手であんたを倒すことに、実のところまだ納得いってない。今ならまだ引き返せる」
「何をいまさら」
それはさっきまでの、どうしようもないからやるだけだ、という口調では無かった。
戦いたくて戦いたくて仕方の無い、それ以外の道などないと確信している口調だった。
そして、“剣魔”は自身の腰の刀の鯉口をきった。
その刃をわずかに鞘から押し出す行為は、戦闘状態に入るという東方の剣士の作法だ。
俺はそれを目の前の男から教わった。
「“剣魔”の一刀、受けてみよ」
静かに“剣魔”が進み出た。




