285.関門平野の戦い・真魔王軍動く
遠くに巨人の帝の巨体が動くのを確認し、俺は別動隊への対処が問題なく済んだことを確信した。
「あんな……隠し手があったなんて」
コールが驚いている。
さっきまで不安そうな顔をしていたのに、不安の原因である妖鬼の別動隊が壊滅するのを見て、これである。
四千の別動隊が四部隊、計一万六千。
それぞれに、ヴォルカンの業火軍団、竜族の援軍である聖竜騎士ヴェイン、海魔の援軍アペシュ、そして、巨人の帝イアペトスがあたり、これを倒した。
西の山“天魔山”に陣を敷く妖鬼の本陣も、火を吹くような魔王軍の前衛の攻撃によって陥落寸前だ。
もう、勝ちが確定しているようなもの、と誰もが思っていた。
「真魔王軍全軍出撃。魔王ギアのみを狙え」
“剣魔”シフォス・ガルダイアは、魔王軍の本陣の油断を感じ取って、そう命じた。
抜刀した真魔王軍七万は、みな“剣魔”の(本人は認めていないが)弟子である。
つまり、みな剣の達人だということだ。
言うなれば、本営を襲った四十万の真魔王軍までもが陽動だったのだ。
真魔王軍はしょせん寄せ集め、有象無象、烏合の衆、雑魚。
そんな評価が下される程度の集団だった。
だが、この関門平野に集った者たちは違う。
油断した魔王軍に、剣の達人の大軍が襲いかかる。
それは地響きだった。
関門平野入り口で戦う別動隊と魔王軍の援軍、それらが平野の中に入るのを塞ぐように、真魔王軍が山を降る。
「魔王様!」
「師匠、今か!エクリプスを出せ」
エクリプスと七人の騎士による日蝕騎士団が真魔王軍を迎撃する。
が、いくら一騎当千の騎士たちであろうと万を超える大軍、それも達人の軍勢に勝てるはずもない。
エクリプスだけがなんとか侵攻を食い止めているが、しょせんは一人だ。
そこへ、真魔王軍の抑えとして配置されていた巨人軍が動きだした。
ガ・デオゴリアノが鎮護軍団を動かし、敵の侵攻を押さえ込む。
しかし、有効的な動きが出来たのはこの二隊だけだった。
エルフ隊は、ある程度射撃をし、距離が詰まると退却していった。
まあ、もともとエルフに白兵戦をさせるつもりはなかったので、それは問題ない。
鳥人たちには予想外の侵攻が起こったことを、平野の各軍団に知らせてもらった。
コールたち“影道”は本陣での迎撃に参加してもらう。
「ツェルゲート。吸血鬼たちはどうだ?」
「夜襲に使う気だったのだろう?だがまだ時刻が早い。この場から去るのに精一杯だ」
「よし、退け。もし、夜まで俺が生きていたら助けに来い」
「もちろんだ。新たな都を造るのに施主は必要だからな」
ツェルゲートは寝ていた吸血鬼たちを起こし、陽に当たらないように退却していった。
「もしかして、さっきよりまずい状況ですか?」
コールが残してあった“影道”をまとめながら、俺に聞く。
さっきまで人でいっぱいだった本陣には、俺とコールたちしかいない。
それを見ればどんな状況か、わかるだろう。
師匠の目的が俺なら、今が一番襲いやすい状態だろう。
妖鬼と手を組んだ真魔王軍の目的を、俺は見誤っていたのだ。
魔王軍に勝つというのなら、妖鬼と共に動いて包囲をするのが定石だ。
もし、その状態になったら俺はエクリプスたちを突っ込ませて、包囲に穴を開けるつもりだった。
しかし、真魔王軍の、師匠の目的が俺を倒すことにあるのなら、妖鬼たちを捨て石にして、俺の周囲に空白を造り、その隙を突くというのは必殺だろう。
「まあな。エクリプスとガ・デオゴリアノが半分くらい防いでくれると信じて当たるしかないな」
「私たち、百人もいませんよ?」
「お前たちは十字砲火でなるだけ、敵を倒せ。敵が攻め寄せて来たら遠慮なく逃げろ」
「魔王様を置いて、ですか?」
「そうだ。ツェルゲートも、エルフたちも逃げたろ?」
「ですが」
「俺は死なん」
「なるべく残りますね」
そういう話をしていると、本陣の丘にも敵が攻め寄せて来た。
“影道”は本陣の周囲に展開し、そこに襲いかかってくる敵を射撃する。
抜けてくる敵は、俺が朧偃月を振るい斬っていく。
徐々に射撃の間隔がひろがっていく。
おそらく、矢が尽きかけているのだ。
もうそろそろ頃合いだろう。
「コール、行け!」
視界の端で緑色が揺れる。
迷っているようだが、やがて離れていった。
これで一人だ。
本気を出せる。
「暗黒鱗鎧、暗黒刀」
『一人ではないぞ、我もいる』
鎧から声が囁く。
「ナンダ、か?」
『しかり』
ギリアでの一件で訪れた多頭蛇の島、そこにあった迷宮の主だったのがナンダだ。
俺はとある事情で単独突破するはめになり、その主のナンダと激戦を繰り広げた。
撃破したナンダの遺品がオリハルコンの鱗だった。
その直後、壊れてしまった暗黒鎧の修復に、鱗を使ったら鎧が進化して暗黒鱗鎧になったのだ。
その鱗にどうやら、ナンダの分霊のようなものが取り憑いているようなのだ。
それがどうやら今話しかけてきたらしい。
「なんだ?手助けしてくれるのか?」
『諦めなければ助けは必ず来る。それまで我が手助けしてやろう』
「話しかけてくれるだけでも孤独は紛れるが」
『我の魔法を忘れたか?一対多の戦いで最も役に立つぞ』
ナンダは、己の名前に言霊が込められると魔法になる“忌名魔法”の使い手だった。
その魔法は確か。
『我は無限の竜王の末なり、落つる雨の恵み手なり、我が誓願により来たれ“難陀”』
俺の魔力をごっそり吸いとって放たれたその魔法は、降り注ぐ雨となって現れた。
その雨は、鋭い刃状の薄い黒曜石のような鉱石でできていた。
俺の立つ本陣“黙針丘”の麓に攻めてきた真魔王軍の剣の達人たちは降り注ぐ黒い刃に切り裂かれていく。
それは黒い剣でできた嵐だった。
“影道”の射撃が止んでできた空隙を狙ってきたはずの敵兵は、もっと酷い攻撃にさらされていた。
黒い嵐に巻き込まれた者は瞬時に絶命し、バタバタと倒れていく。
「しかし、相変わらずエグい魔法だな。しかも威力上がってないか?」
『お前の魔力をたっぷり使わせてもらったからな。しかし、それでも底が見えぬのは空恐ろしいぞ』
「恐ろしくなるほど吸うな」
『それはともかく、目の前の光景が普通なのだぞ?』
「何がだ?」
『我が“ナンダ”はああやって、大勢を巻き込んで倒す魔法だ。それを鎧の防御力でゴリ押しして耐えるなんてのは想定外の突破法だ』
「なるほどなあ」
『さあ、これで一万ほどは削れたぞ』
「後、六万か。楽しいな」
再度、大太刀を構える。
屍だろうと踏み越えてくる真魔王軍たちの覚悟を感じ取りながら、俺も一歩踏み出した。
『王たる者、一番上でドンと構えておくゴブ』
俺の目の前に突然現れた小鬼が人語で話しかけてきた。
ん?
というか、この小鬼見たことあるぞ?
「お前、まさかゴブさんか?」
『お久しぶりゴブ。ゴブの主は一人だけゴブが、魔界の生き物として魔王様には敬意を払うゴブ』
「お前の主人は……来ているのか?」
『あったりまえゴブ』
ゴブさんは目の前を指した。
そこは怪獣大決戦の会場となっていた。
そして、笑顔のポーザが手を振っていた。




