281.決戦へ向かう
「魔王軍本営に向けて進撃する妖鬼軍及び真魔王軍を迎撃する」
ついに始まった魔界統一への最後の戦い、師匠“剣魔”の悪あがきとも言うべきそれ。
「私の手の者の調べによると、敵軍は総数十万」
「今までの滅茶苦茶な数よりは妥当な戦力ですね」
真魔王軍は総数が五十万とも六十万とも言われていた。
そのうち、四十万以上が本営での戦いで倒された。
幾度か残党の決起もあったが、それも倒されて敵の戦力は大きく減じていたはずだ。
そう考えると、残っていた戦力を再集結させ、妖鬼軍と合流すればそのくらいになるだろう。
「兵を伏せている可能性は?」
俺の問いに、コールは迷いながら答える。
「妖鬼の領土は“鬼の谷”と呼ばれる場所、そこらに洞窟や谷があってそこに兵を隠されるとどうにも」
「あると見てたほうがいい、か」
「魔王様。意見を述べてよろしいでしょうか」
声をあげたのは妖鬼の使者、いや暗殺者の役目を負わされたアトロイだ。
ただのアトロイの実力では、不意をつかれようと俺が傷を負う可能性すらないため、罪は不問としていた。
だいたい部下にすら、いつでも襲っていい権利を与えているので、問題はない。
ボルルームは呆れていたし、ツェルゲートは面白がっていた。
「どうした?」
「千以上の鬼が隠れられる場所は四つです」
アトロイは地図を見てその場所を指差す。
スズカの森、オーエの山、ヤセ洞窟、キビの谷。
それぞれ二、三千の鬼が駐屯できる軍事拠点だそうだ。
そして、そのどれもが妖鬼族の都“怨京都”と魔王軍の本営との中継地点に当たる場所だ。
思えば、妖鬼族はトールズ様の時代でも最後まで抵抗していた種族。
妖鬼将ガラルディン、その副官ギランキールあたりは早くから魔王軍に臣従していたが、彼ら以外の鬼たちは心から魔王に仕えていたわけではない気もしていた。
彼らは魔王軍に支配されるのをよしとしない、そういう気概なのはわかった。
だが。
と、俺はアトロイを見た。
若者、というよりはまだ少年である。
鬼の成長は角を見れば判別できる。
体格が大人なみでも、その額の角が短ければまだ子供なのだ。
目の前のアトロイのように。
子供だとて、普通は暗殺者を生かして帰すなんてことはない。
自分を殺そうとしたものを生かしておくような為政者はいない。
俺は別だが。
かつての魔将の一人だったガラルディンも偉ぶっていたが、勇壮な武人であったのは確かだ。
そういう武人や子供を、使い捨てにするようなのは気に入らない。
「その四つの拠点を知らずに通過すると、奇襲される恐れがある、というわけか」
攻めるには厄介な仕掛けだ。
「先代の魔王殿はどう攻めたのだ?妖鬼族とも戦っているはずだ」
と、“宵の丞相”であるツェルゲートが聞いてきた。
そういう全面戦争をやっていたのは、俺も少年兵だったころの話だ。
百五十年は前の話、長命種でも現役の者は少ないだろう。
俺はもちろん、ボルルームも知らないようだ。
だいたい、そういうベテランは人間界侵攻で命を落としていたりする。
だが、意外なところから説明が入った。
「魔王トールズは少数精鋭で敵の本拠地“怨京都”へ潜入、大鬼王とその側近を討ち取った、とされる」
「よく知ってんなあ、エクリプス」
日蝕の騎士(を名乗らされている)、俺の側近であるエクリプスである。
「昔、僕も似たようなことをしたことがあるからね。知っていた」
「似たようなこと、ね」
勇者であった彼は少数で魔王城ネガパレスに潜入し、魔王トールズ様を倒した過去がある。
確かに似たような手口だ。
「ということは、妖鬼族はその隠し拠点が知られていることを知っていない、ということですね」
ボルルームがそう言った。
敵の切り札をこちらが知っているということは、大きなアドバンテージになる。
「良いのか、アトロイ。こいつは妖鬼の重要機密だと思うが」
「魔王様はおっしゃいました。一番強いのは俺だ。だから俺の命令だけを聞け、と」
「いや、まあ確かに言ったが」
しかし、妖鬼族も迂闊すぎないか?
こんな重要機密を知っていて、なおかつ妖鬼将の親類を暗殺者として使うのは、どう考えてももったいない。
アトロイの口のかたさを信用しているのか?
暗殺者として処分されてしまうから良いと考えたのか?
「あるいは妖鬼の中でも割れているのかもしれん。魔王トールズの御代で百年近く反乱は起きていなかったのだろう?」
なるほど、トールズ様の治世が長すぎて妖鬼の中で親魔王軍と反魔王軍に別れて対立しているのか。
そして、トールズ様の死によって、反魔王軍派が勢力を伸ばしたが、俺が魔王となって親魔王軍派は様子を見ていたりするのか?
アトロイが反魔王軍派から送り込まれたのは間違いないが、そいつらはアトロイが何を知っているのか知らなかったのかもしれないな。
「十万の中に、俺たちと仲良くしたい奴らがどれくらいいるか、かな」
俺はコールに命じて、妖鬼族の分断を命じた。
親魔王軍派をこちら側として動かせれば、敵軍内部を引っ掻き回せる。
「では魔王様、妖鬼の勢力下へと進軍いたしますか?」
「ああ。決戦の地は関門平野だ」
俺が指した地点、関門平野。
それは魔人領から怨京都へ続く街道と、妖鬼の領土を縦断するヤムラス街道の交差点となっている平野だ。
いくつかの山によって囲まれた平野は十万単位の軍隊が二つ睨みあい、そして戦うのにちょうどよい広さだ。
「悪くない場所ですが、しかし」
しかし、とボルルームの言う気持ちもわかる。
そこは、四つの隠し拠点に近すぎるのだ。
決戦の最中に、背後から襲われるのは危険すぎる。
「相手もそう思うだろうな」
「そう思わせて何か仕掛けておくのか?」
ツェルゲートが口もとを緩ませて言った。
「まあ、そのつもりだ」
目標が決まった。
そして、そのころには準備を終えた魔王軍の出陣が始まる。
業火軍団、魔人部隊、日蝕騎士団、暗黒騎士団の四軍が妖鬼の領土へ進む。
影道はすでに妖鬼領に潜入しているもの、工作活動をしているもの、そして俺の側につき連絡係をするものに別れて動いている。
本営の守りはボルルームとロイヤルスケルトン、ついでにエリザベーシア。
もう一人の丞相のツェルゲートと吸血鬼の部隊は隠れて進軍中だ。
行軍するうちに各種族からの援軍が到着し参陣していく。
夢魔の魔法使い部隊が百。
鉄小人工兵部隊が二百。
蜥蜴人の軽装兵が二百。
石人の重装兵が百。
エルフ射手が百。
鳥人の航空部隊が百。
樹人の歩兵部隊が百。
獣人の強襲兵団が二百。
そして。
「巨人帝鎮護軍五千、着陣いたしました」
俺はその報告を挙げてきたガ・デオゴリアノを捕まえて話す。
「たくさん来てくれてありがたい、が。なんだあれは」
と、俺は遠くをゆっくりと歩く巨大な人影を指した。
身長四メートルはあるガ・デオゴリアノが小さく見えるほどの巨大さだ。
「実戦は二千年以上していないのでお手柔らかに、とのことです」
「なんで巨人の帝が来ている!?」
「実戦したいのと、魔王様に会いたいとのことで」
ので、ついてきたそうな。
「どこの世界に一番偉い奴が最前線にでばる軍があるんだ!」
という俺の言葉に、魔王軍の幹部たちが一斉にお前が言うな、と突っ込んだ。




