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280.魔界最後の戦い、始動

「ええと、海魔に、巨人、夢魔と鳥人、と」


 ボルルームが資料をまとめている。


「あとどれくらいいるんだ?」


「少なくとも六組です。蜥蜴人リザードマン樹人トレント鉄小人ドワーフ石人ゴーレム、妖鬼、獣人の使者たちが待っています」


「まだ半分いってねえの?」


「トールズ様はずっと笑顔で応対してらっしゃいましたよ」


 ボソリとボルルームが呟く。

 それが聞こえた。


「わかったよ。ちゃんとやるって」


「ならばよいのです」


 その後、蜥蜴人、樹人、鉄小人、石人と問題なく謁見は済んだ。

 問題はそのあとだ。


「ガラルディンの子にして、アクラの孫、アトロイと申します」


「ガラルディン殿の、か」


 アトロイは頭を下げずに、俺をじっと見た。

 場合によっては不敬となり、誅殺されても文句は言えない態度だ。


「……」


 場が徐々にざわついていく。

 妖鬼の使者が、頭を下げないのだ。

 下手すれば妖鬼族全体が処罰を受けてもおかしくない態度だ。


「訳を聞こうか」


「新たな魔王は、妖鬼にとって鬼門である」


「俺が不吉をもたらす、か?面白いことを言う」


 そういえば、ニューリオニアで俺はリオニア王グルマカフラに会ったさいに頭を下げなかった。

 俺なりに理由はあったが、それがこのアトロイという鬼の使者にかぶる。

 問答無用に切り捨ててもよいが、何を考え、何を言うのか知ってからもでも遅くはない。


「まず一つ、魔王様が魔王軍の兵卒であらせられた時、戦ったのは妖鬼でございました」


 百年以上前の話だが、確かに妖鬼族の反乱軍と交戦した記憶はある。


「そうだな」


「その時に死んだアクラは、我が祖父です。魔王様に殺されました」


「……そうだな」


 反乱軍を率いていた妖鬼の将アクラ。

 その反乱軍は、魔王トールズによってほとんど倒され、残ったアクラも俺に殺された。

 そのことを、俺は忘れたことはない。


「そして二つ目、我が父ガラルディンは人間界に行き、帰ってこなかった。魔王様は帰って来たのに」


「不敬なる妖鬼の使者アトロイよ。態度を改め、魔王様に謁見するにふさわしい振る舞いをせよ!」


 無礼なアトロイに、さすがにボルルームも怒った。

 儀礼を重視するボルルームにとって、このアトロイの態度はどうにも我慢できなかったようだ。


「ボルルーム、少し静かに」


「しかし、魔王様。こんな無礼な相手をですね」


「面白そうじゃないか」


「そうやってあなたはいつも!」


「アトロイ。俺が鬼門というのにはまだ理由があるのだろ?」


「妖鬼の継承者は魔王様が殺したのですか?」


「違う」


「しかし、魔王様こそが全ての継承者を倒したはず」


「妖鬼の継承者を殺した者を俺は殺した」


「ならば、私は誰に復讐すればよいのですか」


「そうか。俺への復讐をかてに生きてきた、か。いや、そう言われ続けてきた、か」


 アトロイは立ち上がった。

 完全に不敬。

 というよりは反乱と捉えられても不思議ではない。

 ボルルームはすぐにでもアトロイを暗黒騎士に殺させようと命令する準備をしている。

 俺が止めなければ、そうなるだろう。


「私は復讐の鬼です。祖父の、父の、魔王軍に殺された鬼たちの、無念を晴らすために生まれたのです」


 アトロイは蛮刀を抜いた。

 妖鬼のよく使う反りが入った幅広の剣だ。


「復讐の鬼、か。いいだろう」


 俺も立ち上がり、朧偃月を抜いた。

 その黒い刀身を見て、アトロイはわずかに怯んだ。


「魔王様を殺せば、一族の名誉を取り戻せる」


「そう、鬼の古老に言われたか?家名とは誰かに磨かれるものではなく、己の力量で輝くものだ、と俺は思うがな」


 アトロイは使者ではなく、暗殺者だ。

 おおかた俺を殺すことで、魔界に再び争乱が起きるように。

 乱の中でこそ、鬼は最も輝くと思っているのだろう。

 巻き込まれる方はたまったものではないが。


「魔王様、覚悟めされよ!」


 と、アトロイが蛮刀を構え、駆け出した時には俺はすでに彼の隣にいた。


「遅い」


 振り抜かれた朧偃月は、アトロイの蛮刀を切り裂いた。

 切っ先がくるくると、舞い上がって、そして、カランという音をたてて地面に落ちた。


「え?」


「大言壮語を吐いてもいいが、それにふさわしい力を身に付けろよ」


「え?え?え?」


 俺の拳がアトロイの腹にめり込んだ。

 激痛にアトロイはぶっ倒れる。


「ボルルーム、アトロイをエルフの武官と同じように鍛えろ」


「御意」


「それと、妖鬼族へ制裁だ。何か楽しい方法を考えろ」


「了解でございます」


「わ、私を殺さないのか?」


 青ざめた顔のアトロイを横目に俺は朧偃月を納刀した。


「なんだ?死にたいのか?」


「私は魔王に剣を向けたのだぞ?」


「そうだな」


「そうだなって……」


「魔界の掟は、強いものに従う、だ。だからお前の命はもう俺のものだ」


「え……」


「だから、誰かに殺せと命じられたとしても、もうそれは無効だ。俺の方が強いからな」


「魔王……様」


「それにな。俺に頭を下げなかったお前の胆力が気に入った」


「それは……」


「だから、死んだ方がマシと思えるほど鍛えてやる」


「……それは」


 アトロイの顔がひきつった。


 しかし、魔王への挨拶を利用して暗殺を企むとは、妖鬼族も思いきったものだ。

 魔王軍からの制裁が怖くないのか。


 いや、違うな。

 もっと強いものが後ろにいる。


 それは誰だ。


 師匠か。

 そうか、今は妖鬼の里にいるのだな?


 エルフの森でプツリと切れた剣魔の痕跡。

 俺は、ここまでの動きから師匠が妖鬼族についていることを確信した。


「魔王様、あとは獣人の使者殿がいらしてます。さっさと謁見を再開しますよ」


「お前もブレないな」


 こうして、波乱がありつつも魔王軍本営にやってきた各種族の使者との謁見はなんとか終了した。


 この時点で、魔王軍には魔人、吸血鬼、エルフなど十三の種族が参加あるいは支配下にあることになる。


 参加していないのは竜族、虫族、霊族、そして妖鬼の四種族だ。


 しかし、竜族は以前、聖竜騎士ヴェインと白竜フェイルと話をしており、協力してやる、いらん、という結論に達しているから問題ない。

 少なくとも敵対はしないだろう。


 虫族はおそらく全体をまとめていた女王が喪失したことで、統一された行動を取れなくなっていた。

 新たな女王が覇権をとるまで、虫族からちゃんとしたリアクションが来ることはないだろう。


 霊族はその通り、霊体が意思を持った種だ。

 だから実はまともなコミュニケーションができない。

 それでも二代目魔王が“霊帝”と呼ばれた霊族だったのだから、なんらかの意志疎通する方法はあったのだろう。

 とりあえず、今は話せないのでスルーだ。


 というわけで、妖鬼さえ恭順すれば魔界統一は成る。


「ずいぶん平和的ですね」


 とボルルームが言った。

 全ての謁見を終えて、執務室でくつろいでいる。


「平和的?いろいろあっただろ?」


 エルフと巨人たちが喧嘩したし、妖鬼には襲われた。

 とても平和でない。


「血が流れてないなら、それは平和です」


「なるほど、そうか……そうだな」


「魔王様!」


 駆けてきたのは“影道シャドウズ”のコールだ。


「どうした」


 俺は既に朧偃月を装備している。


「妖鬼族が真魔王軍に合流。ついさきほど蜂起し宣戦布告してきました」


 師匠。

 もう、そろそろ決着をつけましょう。


「わかった。では命令を下す魔王軍、全軍出撃。それと各種族より少数でいいから兵を出させろと伝令せよ」


「了解であります!」


 そういってコールが走っていく。


「残念だな、ボルルーム。せっかく妖鬼への制裁を考えてもらったのに」


「本当ですよ。生かさず殺さずじわじわとやるつもりでしたのに」


「お前が味方で良かった」

 

「私もそう思います」


 魔王ギアの魔界統一への総仕上げがここに始まる。

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