279.継承戦争の傷痕
その後も、続々と謁見を求める使者たちがやってきた。
「魔王様の新たな御代に栄えあれ。夢に住まいし者すべてが万歳し奉る」
と無表情の女性の使者が頭を下げた。
彼女は夢魔族だ。
夢に住まいし者、と言っていたように彼女らは夢の中に自由に出入りできると言われる。
それがどういうことなのか、いまだに魔界の他種族にはわからない。
「翼持つ者、みな魔王様の止まり木によりて来光を拝みたいと思います」
という謎の言い回しをしたのは、鳥人の使者だ。
分類としては獣人にあたるのだろうが、この鳥と人の混じりあった種族は、地に住む獣人とはまったく違う文化を持っている、とされている。
旧魔王軍には参加していない。
それは同じく空の覇権を争う竜族が参加していたためだと言われる。
竜がまだ挨拶に来る前に目通りしておきたい、とのことだ。
そして、この二つの種族と巨人族の若者が、丞相府にいたエルフの若者と出会った時。
トラブルが発生した。
謁見の列が途切れたため、休憩をしていた俺のところに“影道”の一人が慌ててやってきた。
元々、“狩人”ヨンギャの作った戦闘集団だったが、俺がそれを引き継ぎ、忍者の修行をさせている。
成績が優秀な者は、こうやって実際に本営で情報収集させている。
「魔王様、大変です」
「何がだ?」
「エルフと巨人と夢魔と鳥人がしっちゃかめっちゃかなんです」
「お前、難しい言葉を知っているな」
拝謁の一時停止を伝えて、俺はトラブルの起こっている“明けの”丞相府へ向かった。
拝謁の調整のために、ボルルームが留守にしていた間の出来事のようだ。
走って向かうとガ・デオゴリアノと合流する。
「魔王様!」
「トラブルらしいな。詳細を知っているか?」
「知っている、というか。我々巨人族と夢魔、鳥人はエルフに対し少しばかり遺恨がありまして」
「遺恨……?」
エルフ、巨人、夢魔、鳥人。
その四つの種族に接点がある、と?
そう考えて、俺はその組み合わせに既視感があることを思い出した。
まず浮かんだのは、サンラスヴェーティア。
そして、マシロだ。
エルフの継承者であったマシロは、他の種族の継承者を倒さずに四つの種族を治めていた。
その四つこそが、エルフ、巨人、夢魔、鳥人だ。
さらに連想されたのは、巨人の継承者は騙し討ちのような形でエルフに倒されて、という噂だ。
マシロの継承は特殊だったことは、俺も覚えている。
他の継承者の精神はまだ生き続けていて、マシロの体を乗っ取っていたらしい。
彼女の能力は“封印”だった。
それはけして相手を倒すことを意味しない。
封じるのだ。
封じた結果、力を全部手放して、マシロは死んだ。
明けの丞相府の部屋はピリピリとした緊張感に満ちていた。
困惑するエルフの若者たち、憎々しげに睨んでいる巨人の若者。
巨人のとなりには無表情に見える夢魔の使者、ともう一人鳥人の使者がいた。
予想通りの展開ということか。
「アウムドラ!何をやっている!!」
と最初に怒号を発したのはガ・デオゴリアノである。
「だ、大将軍閣下!?」
びっと瞬時に敬礼できるのは、上下関係がしっかりしているんだろうな。
それに比べてうちの軍は……みんな自由だ。
「魔王様の御前だ。みな頭が高い、控えろッ!」
ガ・デオゴリアノの怒号に、争っていた両者が、ピタリと動きを止める。
さすがは鎮護大将軍だ。
声一つで、このピリピリを止めるとはさすがだ。
巨人、夢魔、鳥人、そしてエルフの若者が頭を下げた。
「さ、魔王様。ご詰問なされませ」
と、ガ・デオゴリアノは豪快に、俺に振った。
まあいい。
聞きたいことはあるしな。
「で、何があった?」
「この巨人が私たちにいきなり難癖をつけてきたんです!」
と、仕事の途中で巻き込まれて困っていたのだろう。
エルフの若者がすっかり怒って言った。
「そこの巨人、アウムドラとかいったな?」
「は、はい!」
「なぜ、俺の配下である丞相府の者に因縁をつけた?」
「そ、それは確かに魔王様の配下だということは分かっておりました。しかし」
「ほう?魔界を統べる王たる俺の手下とわかってのことか。それはつまり、俺と敵対するということだな?」
ぞわり、と殺気を放つ。
じわじわと相手をなぶるようなそれは、あんまり使わないやり方だ。
今回のように思慮の足りない者にはよく効くが。
「め、滅相も、ございません!」
アウムドラは膝をつき、額を床にこすりつけんばかりに謝っている。
「では、どういう理由なのだ?」
「我らの英雄アウルゲルミルは、卑怯なエルフの罠にかかり命を落としました。そのために私たちはエルフをけして許さないと誓いをたてました」
「エルフをけして許さない、か」
「は」
「それは、お前たちの英雄アウルゲルミルを殺した者でなくても、か?」
「全てのエルフです。魔王様!」
「それだけの覚悟がお前にはあるのか?」
「必ずやります」
「お前のところの若者は想像力が足りないな」
「は、お恥ずかしい限りです」
ガ・デオゴリアノは頭を下げた。
「アウムドラ。このエルフらは俺のものだと言ったな?」
「はい、魔王様、しかし」
「お前がエルフを殺す。その時、どうなるかわかるか?」
「え?」
「全ての生き残ったエルフが、お前を、お前たちを殺しに来る。その中にはもしかしたら俺もいるかもしれんな」
「魔王様はともかく、エルフごとき、みな倒して見せます」
「狙われているのはお前だけではないぞ。お前の同僚、あるいは両親、お前は妻帯しているのか?もししていたならお前の妻や子供も狙われるだろうな」
「戦場に立たぬ者には手を出すのは卑怯かと」
「だが、お前は全てのエルフを許さないのだろう?」
「……!……」
「アウルゲルミルがお前にとってどのような存在であるか、俺にはわからん。だが、お前がエルフ全てに復讐したくなる程度には親しいのだろう。だが、同様にお前が殺すエルフには同じように復讐したくなる程度に親しい誰かがいることは想像しておけ」
俺の言葉をゆっくりと咀嚼するようにアウムドラは考え込み、そして沈黙した。
とりあえず、問答無用に殺す、とかいう展開は避けられただろう。
そして俺はアウムドラと同じように考え込んだ二人にも聞く。
「夢魔と鳥人の使者たちも同じ気持ちか?」
「同じ気持ち、でした。しかし」
「我々も少し考えが足りなかったのかもしれません」
夢魔と鳥人はそう言った。
確かに魔王の力の継承者たちは、それぞれの種族にとって英雄なのだ。
それを名誉ある戦いならともかく、騙し討ちにした、というのは到底許されることではない。
魔界は強さ至上主義だ。
だが、不名誉なことをおこなって勝つのはあまり支持されない。
その結果が、今のエルフとアウムドラたちということだ。
「力を否定はしない。復讐の思いもな。だがその結果については考えておくべきだ、と俺は思う」
三人は考えながらも、頷いた。
「魔王様。アウムドラのことは私が責任をとって指導します」
と、ガ・デオゴリアノが申し出る。
エルフは現魔王軍にとって、初期に臣従した勢力である。
その機嫌を損ねることは巨人族にとってマイナスでしかない。
それをガ・デオゴリアノはわかっていた。
巨人族内にあったエルフへの復讐心がどれ程のものか、これから調べなくてはいけない。
やることが増えてガ・デオゴリアノはため息をついた。
気持ちはわかる。
やらなければならないことはどんどんと増えていくからな。
「しかし、継承戦争も厄介なものだな」
勝てばいいと思い込んで誉められることのない手段に手を染めれば、こうやって後から問題が起こる。
戦いや行為の正統性は必要なのだなあ、と今さら思った。
とりあえず、今回のトラブルは治まったが魔界にはどうやらまだまだ潜在的なトラブルの種があるらしい、と俺は感じ始めていた。




