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277.残業社長

 ガ・デオゴリアノは結局許され、新たに巨人族の領地となった場所の領主となった。

 巨人族も、魔王軍もおとしどころを探ってたのだろう。

 どちらの陣営も、ようやく落ち着いたのに戦争をおこしてはならない、と考えてはいたのだ。


「今回は君のミスだったが、書状の内容を間違えたミス、ではない」


 と宰相ルシフェゴはボルルームに言った。

 盗賊討伐部隊と同行し、帰還して一週間ほどたった日のことだ。


「どういうことですか?」


「君のミスはね。近くに戦争推進派がいたのに気づかなかったことだよ」


「え?」


「君の直接の上司、マフォデイール主任がね自白したよ」


「じ、はく?」


「君の書いた書状に手を加え、巨人と魔王軍を争わせようとしたってさ」


「そんなこと……」


「宰相府はね、魔王軍という異質な政府のいわば頭脳だ。そして来るべき戦いで軍師の役目を担うだろう。だからこそ、君たちは研鑽を積まねばならない」


 来るべき戦い?

 どこか引っかかる物言いだったが、ルシフェゴの言うことはわかった。


「同僚であっても、疑うことを忘れるな、と?」


「そういうこと。そして、私のこの意見ですら疑うこと」


「疑えという命令を疑え?それはつまり……みんな仲良くしろ、ということでしょうか?」


 ルシフェゴは虚をつかれたような顔をした。


「そんなことを言ったつもりはないけど……でも、まあそれもいいかもね。信頼は大事だ」


「わかりました」


「というわけで、君は自身のミスを帳消しにした。巨人族との協議は再開され、戦争は終わった」


 そこでルシフェゴは空いたポストである主任に、ボルルームを推薦し、同期よりいくぶん早く出世することになった。



 という昔の話をボルルームは思い出していた。


「俺の顔を見てどうした?」


「いえ、昔から魔王様には迷惑をかけられたことを思い出しまして」


「ああ?ああ、まあ、そうだな」


 エルフの文官が耳をピクピクさせている。

 顔は向けていないが、関心があるのだろう。

 スケルトンの書記官はまったく動じずに作業を続行している。

 魔王と魔人とエルフとスケルトンが仲良く書類仕事をしている。

 ルシフェゴ様はこうなると予想していたのだろうか。

 いや、してないな。


 それでも、疑えという言葉を疑えと言われて、みんな仲良くと答えたボルルームである。

 この丞相府の状況は理想のはじまり、と言ったところだろう。

 内実は人手不足の極みと、いったところだが。


「巨人の砦に攻めこんで皆殺しだ、と言われた時の気持ちは忘れていませんよ」


「おまえ、それもう百年くらい前の話じゃねえか」


「そうですね。懐かしい話です」


「懐かしいなんて、レベルじゃねえぞ」


「リオニアスの魔導学園の冬季休暇はいつからですか?」


「なんだ、急に……ああと、一週間後だ」


「じゃあ、その日を魔王様の休暇にします。ああ君、公式文書にして布告しておいて」


 ボルルームはエルフの若者に指示して、文書を書かせる。


「休暇は嬉しいが……一日だけか?」


「魔王軍の内政はカツカツだとは、わかっていますね?」


「お、おう。一日でも厳しいな、そうだよな……休んでいいのか?」


「連れてきてはいかがですか?」


「あ?」


「魔界に奥方様を」


 ギアの頭が言われた言葉に追い付いていないようだった。

 そして、しばらくして理解する。


「リヴィを魔界に連れてくる!?」


「一度来ているんです。二度も三度も一緒でしょう?」


「そりゃ、そうだが」


「奥方様が隣にいらっしゃると魔王様のパフォーマンスが二百パーセント向上する、というデータがあります」


「どんなデータだよ」


 お互い相思相愛の魔王ギアと奥方である。

 どうせ、学園卒業後はこっちに来るのだろうから、顔見せをしておくのも悪くない。


「奥方様の都合さえ良ければ休暇の間、魔界で過ごされてはいかがでしょうか?」


「なんか、悪いな」


「何がです?」


「いや、みんな働いているのに」


「もちろん、仕事はしてもらいますよ?」


「は?」


 何を言っているのか。


「休暇は一日。その日に奥方様に魔界に来てもらい、その後は毎日仕事です。ああ、仕事が時間通りに終わればあとは楽しくやってもらって結構ですよ?」


「お前……一瞬、救世主かと思ったが鬼だな」


「私はただの魔人です」


「くそ、お前らがうらやましいと思うほど、その、いろいろやってやる」


「うらやましい?私が、ですか?」


「おうよ」


「独身ならそうかもしれませんね」


「あ?独身、なら?」


「なにかおかしなことでも?」


「お前、え?結婚してたの、か?」


「はい、してますよ?」


「俺、知らなかったぞ?言えよ!」


「結婚したのは先代のころですからね」


「マジか」


「マジです」


「どんな奥さんなんだ?」


「貴族のご令嬢、ではありましたね。今はそんな風には見えませんけど」


「どういう縁なんだ?」


「めちゃくちゃ食いつくじゃないですか!?」


「そりゃあそうだろ?魔王軍で一番信頼している友人のことだぞ?」


「そういうことを普通に言うから……妻とはいわゆる政略結婚ですよ」


「ん?お前んちって没落しかけの貴族だったんじゃなかったっけ?」


「実家は兄が継ぎましたよ。私は実家とは別の家をたててますから。魔王軍所属の新興貴族、という扱いですね」


「はぁ、魔王軍のホープに近づいておこう、というあれか」


「実際、義父の目は確かなようですからね」


「そうなのか?」


「ええ、婿が魔王軍の丞相ですから」


「なるほど」


 義父の見極める目のたしかさをボルルームが実証してしまったのだ。

 そのせいか、義父に気に入られたらしく、会いに行くといつも飲まされるのは秘密だ。


「ちなみに娘もいます」


「マジか」


「マジです。めちゃくちゃかわいいです」


 その時、卓上の魔法の時計がジリリリと音をたてた。

 終業のベルだ。


 ボルルームをはじめ、文官たちが書類を片付けはじめる。


「お、おい。お前たち、終わったのか?」


「ええ。定時に上がるのは規則ですから」


「俺、まだ仕事あるんだが?」


「それは、魔王様がおしゃべりに興じて、手を止めていらしたせいですね」


「お前も話していただろうに」


「私は話ながらも手を止めませんでしたから」


「マジか」


「マジです」


「うえええ、終わるかな」


「今日中の案件もいくつか入ってますね」


「一人でやれ、と?」


「ええ。魔王様の決裁は余人ではできませんから」


「残業代は出るのか?」


「出ませんよ」


「ブラック!」


「オーナーが何を寝ぼけたことを言ってるんですか?あなたの魔王軍ですよ?」


 なんか似たようなことをラスヴェートにも言われた気がした。


「俺がどんなに仕事しても給金は増えない、と?」


「ええ。ていうか、あなたは払う側の人間ですから」


「借金を?」


「いいえ。給金を」


「金は無限に生み出せると思っていた」

 

「無限に生み出せますよ」


 そうなったら魔王軍の財政は破綻でしょうけど。


「生み出せるのか」


「魔界共通マナ貨ですね。原料として魔王様の魔力をいただきますが」


「俺の魔力!?」


「世の中そう上手くはいかないってことです」


「くそう」


 そうして、魔王ギアは残業をした。

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