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276.巨人と盗賊と、何者でもない二人

 ダメ元で上司に頭を下げたら、なぜか兵を出すのを認められた。

 裏に何もなさそうで、その実何か含んでいる笑顔のルシフェゴは、ボルルームとギアの策を楽しんでいたのかもしれない。


 臨時編成された五十人隊を、ギアが率い、補佐にボルルームが横につく。

 公的な目的は、領主がいない土地にたむろしている盗賊たちの討伐だ。


「俺の調べでは、盗賊は百人くらいいるようだ」


「それは……多いのでしょうか?」


 ギアの言葉に、ボルルームは問う。

 実際、どれほどの数がどれほどの脅威になるのか、ボルルームには実感が無かった。


「一つの盗賊団としては多いな」


「多いのですか」


「普通は、十人くらいの小規模の盗賊団がいくつか乱立して、それぞれの縄張りを持っている」


「その縄張りの中で旅人を襲ったり、村を襲撃するわけですか」


「だが今回は別ケースだ」


「別ケース?」


「はっきり言って、魔王軍の領内の治安は悪くない」


「そうですね」


 ボルルームはあたりを見回した。

 ここは魔王軍本営に近い、魔王軍の領土の中でも中心に近い。

 つまり、ギアの話で言う治安がいい場所ということだ。

 治安がいい、とは旅人が安全に旅することができ、庶民が安心して生活できる、ということだ。

 くだんの盗賊団のいる場所は、そういう場所ではない。


「今回の盗賊団は、例の無主の土地から出られない。他の土地の警備が厳重だからだ」


「流入したはいいけど出られなくなった?」


「その通りだ。そのため狭い土地で活動するために盗賊団はより集まったのだろう」


「より集まる……話し合いで、でしょうか?」


「そこまで理知的な奴は盗賊に身をやつしたりしない」


「ですよね」


 ということは、だ。

 暴力によって統治されて、煮詰まったような盗賊団が相手だということになる。


「まあ、盗賊団討伐はついで、だ。本命は巨人の砦だ。そうだろ?」


「ええ、そうです」


「あまり気負うことはないさ」


 盗賊討伐部隊は、それから数日間かけて巨人領との境界にある魔王軍の領地に到着した。

 領土の都は、盗賊の襲撃によってほとんどの機能を失陥しており、廃墟といっても差し支えない有り様だ。

 前の領主が家財や武具をかき集めて持っていってしまったため、この地の防衛戦力は低下した。

 そこへ盗賊たちが襲いかかったのだ。


「策はいつから実行するのです?」


 廃墟といえ、一つの都だったそこは野営地としては優秀だった。

 ギアたちはそこに陣を敷き、天幕を広げ、焚き火を焚いた。


 糧食の乾かしたパンをつまみながらボルルームはギアに聞いた。


「まずは兵を休ませる。全ては明日だ。明日は全力疾走せねばならん。あんたも休んでおけ」


 寝台の無いところに寝るという違和感をボルルームは感じていたが、ギアの言うとおり明日は酷いことになるだろう、今はゆっくり休んでおこう。


 硬い地面に当たっている場所が痛かったが、なんとかボルルームは寝た。

 夢は見なかった。


 翌朝、盗賊討伐部隊は目標の盗賊団と接触。

 短時間戦闘した後、敗走に見えるように後退し始めた。


 自分たちが優勢だと勘違いした盗賊団は統率も取れぬまま、逃げていく討伐部隊を追撃した。


 敗走に見える後退を続けるギアは、やがて一つの砦の前を通過した。

 かさにかかって、攻めかける盗賊団もまたその砦の前を抜けた。


 ドン。


 と重い太鼓を叩く音がした。


 それは合図だ。


 何の?


 出陣の、だ。


 盗賊団の背後へ、砦から巨人の一軍が出現した。


 巨人は、身長三メートルほどの“人間”に酷似した形状を持つ魔界の住人である。

 その体格を活かした膂力を持って、力任せに全てをなぎ倒すという戦い方を得意としている。

 その反面、魔法に疎く、とある例外を除いて巨人族には魔法使いはいない。


 ちなみにその例外というのは、巨人の帝と呼ばれる全巨人の王のことだ。

 その力はそのままに、類いまれな魔法の才をも持ち合わせていた。

 その圧倒的な戦力をもって彼は巨人の上に君臨しているそうだ。


 巨人の部隊の出現を見た盗賊たちは、はじめ「へ?」と呟いた。

 それはまったく現実の景色とは思えなかった。

 棍棒なり大剣なりを持って迫り来る巨人たちに、盗賊たちは逃げようとした。


 だが、後ろを向いて駆け出そうとするとそこにはギアたち討伐部隊がいる。


「挟み撃ち!?」


 盗賊団の運命はそこで決定した。


 あまりに鮮やかな勝利だった。

 両面に対応などできるわけなく、盗賊団は削り取られるように倒され、そして壊滅した。


「これで良かったのか?」


 巨人の部隊を率いていた巨人の男性、砦主ガ・デオゴリアノがこちらへやってきた。

 巨人の中でもひときわ目立つ身長四メートル、その高さに見合った筋肉を持つ巨人の戦士だ。


「ああ、貴殿らの協力のおかげで厄介な盗賊団を打ち倒すことができた。感謝する」


 そして、ギアはニヤリと笑ってこう言った。


「この武功を持って、命令違反を相殺したらいいのではないか?」


 ギアの言葉に、ガ・デオゴリアノは眉をひそめた。


「どういう、ことだ?」


「貴殿らが本来の領地へ入らずに、魔王軍の領土であるこの砦に引きこもっているのは、交換の際の不手際で入領を拒否され、メンツを潰され、そしてそれを回復する機会を与えられなかったため、そうだな?」


「うむ」


 とガ・デオゴリアノは頷いた。


「本国も、魔王軍も、我々の名誉を無視して約束を履行しろ、としか言わなかった。だがまずは我々への謝罪があるべきではないか?」


「もちろんだ。ボルルーム」


 と、ギアはボルルームを呼んだ。


 こちらを見下ろすような巨人に見据えられ、ボルルームは生きた心地がしなかった。


「わ、私はボルルームと申します」


「魔人のボルルーム、覚えたぞ」


 ガ・デオゴリアノは、なぜこいつが出てきたのか、と訝しげな表情をしていた。


「今回の不手際のきっかけとなった書状を書いたのは私です。私のミスでご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでしたッ!」


 地面に頭が届くほどの勢いで、ボルルームは頭を下げた。


「魔人のボルルームよ、巨人たるガ・デオゴリアノはお主の謝罪を受け取ろう」


「それじゃあ」


「我々はこの砦を出る。そして、死ぬだろう」


「え?」


 ガ・デオゴリアノは哀しげに笑った。


「己のメンツと意地のために、我々は命令違反を続けた。危うく魔人と巨人の間に大きな溝をつくり、大戦を起こすきっかけとなりうることもわかっていた」


「しかし、それはしかし……」


「この罪は死をもってしか償えぬ」


「そんな……」


「そこで、俺たちの策が生きる」


 ギアが口を開く。


「策、とは?」


「この砦を守った意味だ」


「守った?我々はここに引きこもっていただけだ」


「適切な交換が成されない状態で砦をあければ、野盗悪党に砦を悪用されてしまう。新たに魔王軍の領土となるこの地にそのような者を引き入れてしまうと、対応が困難になってしまう。それについて考慮することなく、巨人側も魔王軍も明け渡せとしか命じなかった」


 何を言ってるのだろう、こいつは。

 ボルルームと同じようにガ・デオゴリアノも静かに聞いている。

 だが、その目にはギアに対する興味のようなものが湧いていた。


「巨人も魔王軍も考えが足りない、と言うのか」


「ああ、そうだ。そして、今回交換先の盗賊団とまとめて討伐したことで問題は一時的に解決した。すぐさま領地を守護するため任地へ向かう、と報告すればよい」


「あくまで巨人族と魔王軍が悪いと主張するわけですか?しかし、それを聞きますかね」


「魔王軍と協力して問題解決に尽力した、と言えばいい」


「面白い。このガ・デオゴリアノ。ギアの策に乗ろう。無為に処刑されるよりよほど面白い」


 メンツのために命令違反を承知で砦に籠り続けた巨人である。

 おそらくギアと似たような思考をしているのだろう。


 さて、どうなるか。


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