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274.狩人の書、解読

 “狩人”と呼ばれたヨンギャはその通り、優れた弓の使い手だった。

 当時、魔界に君臨していたのは翼持つドラゴンであり、ヨンギャの弓矢はそれを射抜くことを得意としていた。

 先代魔王であるトールズ様の魔界制覇はまずはドラゴンを倒すことを目標としていた。

 超絶大魔法を使うトールズ、優れた癒し手であったレトレス、業火を扱うオルディ、そしてヨンギャがドラゴン狩りの主力であった。

 緋雨の竜王メリジェーヌが亡くなり、やがてドラゴンはトールズたちに頭をたれ、恭順した。


 そして、そこからが魔界制覇の本番だった。


 ドラゴン狩りを果たしたトールズたちのことを脅威に思った各種族が手を組んで反抗してきたのだ。

 もちろん、継承者戦は終わっており、トールズが正式な魔王と認められてはいたが、不満を持つ者は多い。

 俺のやった継承者戦や真魔王軍との戦いがかわいく見えるほどの激戦が続いた。


 ヨンギャはその長い戦いの中で、体を病んでしまったが、後世に残すべく己の経験、戦いの資料をまとめていたのだ。

 保存魔法がかけられた一冊の書。

 それが、ヨンギャ軍に残されたヨンギャの遺産だった。


 が、それを一目見て俺は悟った。


「読めねぇな、これは」


「拝見します」


 ツェルゲートにその書物を渡す。

 彼も長命の吸血鬼である、がその端正な顔に苦みが浮かぶ。


「な?」


「ええ、まさか見たことのない文字とは」


 ツェルゲートの言うとおり、その書物は見たことのない文字で記されていた。

 魔界の文字でないのはもちろん、人間のものとも違う。

 エルフの使う文字でもないし、ハヤト文字と呼ばれる異界のものでもない。


「お前たちはこれを読めるのか?」


「いいえ。私たちもさっぱり」


 と、コールが言う。

 ヨンギャの弟子ともいうべき彼女らが読めないというなら、これはどう考えればいいのか。


「何か伝えられたことは?」


「あ、はい。この書はヨンギャ軍全員を従えし時に読める、と」


「なるほど、俺が全員を雇用すると言ったから、この書のことを?」


「はい。この書を公開する条件でした。全員を確約していただいた時のみにこの書のことを知らせろ、と」


「用心深いのか、楽しんでいるのか」


 全員を雇用することが書を公開する条件、かつそれが読む方法である、か。

 条件式を満たした時に発動する魔法でも無さそうだ。


「ヨンギャ様は楽しんで書かれていらっしゃいました」


 後者か。

 なかなか愉快な性格だったようだ。


「お前たちは誰も読めないのか?」


「はい。一文字くらいなら読めるのですが、全部となると」


「そうか……?……一文字は読めるのか?」


「え、あ、はい」


 と言ってコールは書物の開かれたページの文字の一つを指差した。


「それは?」


「はい、これはエですね」


「エ?」


「エ、です」


「それはヨンギャから教わったのか?」


「はい。と言っても書物とは関係なく、仲間うちでの合言葉に使おう、みたいなことを話していました」


「仲間うちでの、合言葉……」


「おい、魔王様」


 ツェルゲートが何かに気付いたように言ってきた。

 反射的に話したのだろう、口調に素が混じっておかしなことになっているが気にしない。


「コール。お前たちの仲間一人一人を呼んで字の解読をするぞ」


「一人一人?誰も読めない、と申し上げましたが?」


「答えはお前たち全員を仲間にすること、だ。いいから呼んでこい」


 ヨンギャは本当に楽しんでいたらしい。

 孤児を拾い集めて、その一人一人に自分の考えた文字の読み方を一文字だけ教えたのだ。

 その結果が、これだ。


 全員を仲間にすると読める書物とは、全員が一つずつ覚えている文字をもって解読すれば読める、ということなのだ。


 夜に襲撃され、野営地に案内され、解読をしているとツェルゲートがげっそりしてきた。

 どうやら夜が明け、太陽が昇ってきたらしい。

 屋内でも影響を受けるのか。


「なまったのかもしれん。それか上司に対するストレスやもな」


「俺のせいか!?」


 解読が終わったのはその日の夕刻ぐらいだ。

 ツェルゲートを時計代わりにしたのは本人には内緒である。

 アユーシが疲れはてて寝てしまっているのを横目に、その書物を読み進める。


『これを読んでいる、ということは君は我が子らをまるごと抱えてくれた、ということだろう。感謝する』


 という文から始まったヨンギャの書は、彼の戦争への対処の仕方が多く記されていた。


 例えば、空を飛ぶドラゴンを簡単に射殺す方法として、あえてドラゴンが怒り狂うとされる逆鱗を狙撃、ヘイトを稼ぎ一直線に向かってくる相手の眉間を射抜く、とか言った“狩人”の命中力があるからできるのでは?

 という記述がある。


 昨夜使われた十字砲火の運用方法などもあった。

 これ、回避方法を持たない人間なら一網打尽じゃないか。


 そして、最後のページ。


『この地に都を築く者に幸いあれ』


 だけ書かれていた。

 彼にこれを書かせたのは圧倒的な洞察力というやつだろう。

 ほとんど未来予知ともいえるそれが、“狩人”の“狩人”たる由縁なのだろう。


 読み終わって、虚空を俺は見つめる。

 そして、ふと思い付いて口を開いた。


「ふう。お前はどう思う、モモチ?」


 空中からぐるぐると現れたのは、人間界にいるはずのモモチだった。


「え?え?私の気配、わかりました?」


 驚くほど本気で気配を消していたらしい。


「いや、呼べば来ると思ってな」


「え、じゃあ、いるとわかってなかったんですか?」


 うむ、と俺は答えた。


「よく、ここまで来れたなあ」


「ゆ……じゃなくてエクリプスさんの口利きでして」


 危うく勇者といいかけたモモチだが、勇者がエクリプスと名乗っているのを知っているところをみるとある程度魔界の事情に通じているようだ。


「グルマフカラ王にでも頼まれたか?」


「え!?なんでそれを」


「人間に協力していた暗黒騎士が突然姿を消したんだ。リオニアスの支配者であるリオニア王としてはなんとかして魔界を調べたいと思っても不思議ではないからな」


「はぁー、さすがの洞察」


「よし、ならば魔王軍をあげて調査に協力してやろう」


「む、無償で?」


「古来ただより高いものはない、と言ってな」


「あー、はい。それは私の故郷のことわざでして」


「ここに、百五十人の隠密が使えて、弓術に秀でた集団がいる。それをお前のような忍者に鍛えてほしい、と思ってな」


「またそういうことを……条件として人間に仇なすなら師匠である私自ら殺しますけど、それでもいいですか?」


「いいぞ」


「いいのかよ!」


 激しいツッコミだった。


「なんだよ」


「だって、魔王軍の忍者ですよ?人間に仇なすに決まってるじゃないですか?」


「俺の妻は人間だぞ?」


「あー、でも、あの方は人間とはいいがたいような……じゃなくて、人間ともう戦わないんですか?」


「魔界の再統一もままならんのに外征なんかできるか?」


「統一したら?」


「リヴィが悲しむようなことを、俺はしない。それが答えだ」


「うぅー、わかりましたよ。立派な忍者にします」


 思わぬ手間がはぶけて助かった。

 情報収集は大事だからな。


 こうして、俺は忍者(候補)百五十人と忍者一人を手に入れて、本営へと帰還した。


 二日間、無断外出していた俺がボルルームから叱られたのは、言うまでもない。

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