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273.ヨンギャ軍、移籍

「野営地に案内します」


 と司令官は俺たちの前に立って歩きだした。

 まあ、襲われる心配はもうないだろう。


「ヨンギャ殿はここで何を?」


「さあ、私たちはわかりません。私たちはここを守るだけです」


「君は、エルフか?」


「いえ……私は魔人とエルフの混血ハーフ、この姿は先祖がえりとヨンギャ様はおっしゃっておいででした」


 先祖がえり、か。

 他の種族と違って、魔人はラスヴェート以前の魔人とほとんど同じらしいので、その魔人と他種族の混血は先祖がえりとか突然変異が起こる可能性が高くなるようだ。

 アユーシやカレザノフといった暗黒騎士に採用された魔人との混血は、そういった強力な突然変異であることが多い。


 彼女もそうなのだろう。

 よく見ると、このヨンギャ軍のメンバーはみなそういう生まれのようだ。


 純血の魔人の、混血を嫌う文化は、もしかしたらそれが原因なのかもしれない。

 と、ふと思い立った。

 純血の魔人は、豊富な魔力を用いることで強さを示す。

 混血の突然変異たちは、魔力を用いることなく強さを得る。

 それが、純血の魔人の支配を揺らがせるのではないか、と恐れたのではないか。


 まあ、それは憶測だし、混血の俺が魔王をやってる時点で純血の魔人の優位は崩れかけている。


 ヨンギャは、その混血児たちを集めてなにをしようとしていたのだろうか。



 ヨンギャ軍の野営地は、平野の中にいくつかある丘の中腹にあった。

 いや、丘に擬装された、と言うべきか。

 村の廃墟に土や木、草などで擬装された丘。


「この野営地を囲むように、斥候が配備されています。巡回し、ここに近付く者は狙撃します」


 全てはこの野営地が見つかるのを防ぐため、か。

 そして、それがヨンギャの亡霊という話になった。


 野営地に足を踏み入れると、そこに居たヨンギャ軍のメンバーの顔に不安が生まれていた。

 そこにいたのは大体百人くらいか。

 そして、斥候が五人組で、八隊が巡回に行っている。

 幹部を入れると百五十人。

 軍隊として考えると少ないが、今まで認知されてない戦闘集団が百五十人で存在していると考えると恐ろしい。


 野営地の奥に、立派な建物が残っていた。


「司令部です」


 と、紹介されたそこは元々あった村の村長の家だったのだろう。

 内装もしっかりしていた。

 応接間に案内され、座るよう促される。


「で、何の用だ?」


「改めて、部下の非礼をお詫びいたします」


「侵入者は俺たちのはずだぜ?」


「魔界は全て魔王様の版図であり、貴族や領主はそれを預かっているだけだ、というのがヨンギャ様の教えです」


「ほう」


「なので魔王様はどこを歩かれても問題はないと、私は判断しました」


「まあ、お前たちがそれでいいなら構わん。こっちも無傷だし、そちらも死んだ者はいないはずだ。遺恨は無い、そうだな?」


「はい。ありがとうございます。そのうえで、私たちの願いを聞いていただきたいのです」


 司令官の顔の真剣具合が増す。


「願い、とは?」


「我々はこの地を明け渡すに相応しい方の出現まで、この地を防備するのを目的としていました」

 

「ました、か」


 過去形だ。

 その目的は叶えられたということだ。


「はい。我々はこの平野を魔王様に返還いたします」


「受け取ろう」


「魔王様、お願いがございます。我々を魔王軍で雇っていただけはしないでしょうか?我々は混血児の集まりです。魔人の血を引かない者も多いです。そんな我々を雇ってくれる伝手を私は持っておりません」


 確かに混血児の戦闘集団なんて雇うところなんて無いだろう。

 混血児の地位は低い。

 そして、戸籍も無いような集団を雇うリスクを負うような奴はほとんどいない。


「全員を、か?」


「ええ。我々の力は集団戦闘でこそ発揮される類いのものです。それに、個人の混血児の末路は良くて奴隷です」


「魔王軍でも引き上げることはできない、かもしれないが?」


「それでも、魔王軍ならまだ魔界のために働く実感は得られると私たちは思います」


「そうか。……そういえば、名を聞いていなかったな?」


 ハーフエルフの司令官、という情報しか知らない。


「私はコールです」


「コール。お前を魔王軍情報収集部隊“影道シャドウズ”の部隊長に任命する。ヨンギャ軍全員を魔王軍に雇用し、お前の部下とする。ツェルゲート、今のは正式な辞令だ。帰ったら布告しておけ」


「かしこまりました、魔王様」


「ちょ、ちょっとお待ち下さい」


 コールの冷静そうな顔に焦りが浮かんでいる。


「ん、なんだ?」


「今のお話は、その、我々を魔王軍の一部隊として雇用する、ということですか?」


「そうだ」


「我々は、その混血児です。そんな卑しいものに部隊など……」


「生まれで自分を卑下するな。貴族に生まれようが、奴隷に生まれようが、お前の貴賤はお前の行いでのみ決まる」


「しかし」


「俺は人間との混血ハーフだ。暗黒騎士隊長は獣人との混血ハーフだ。今の魔王軍は純血であることに価値を持たない。その意志と強さに重きを置く」


「え?……魔王様も混血、なのですか?」


 意外、だったようでコールは今まで見せなかった驚きの表情を見せた。


「ああ、そうだ。混血だから、と差別されたことはあったが、俺自身はそれを弱みとは思わなかった。そして、俺は魔王になった」


「私たちは胸をはって魔王軍に入れる、と?」


「もちろんだ。ただ、入るからにはこき使う。お前たちの能力の限り使い倒す」


「本望であります」


 コールの目にはうっすらと涙がたまっていた。

 エルフの血が混じっている、ということは彼女も見た目以上に年齢を重ねているのだろう。

 そして、その人生は混血だったことで辛いことも多かったに違いない。


「おそらく諜報を担当してもらうが、技術的に問題はあるか?」


「いえ、斥候などは得意です。しかし、本職の間者には劣るかと」


 自分たちの分析がちゃんとできるのは高評価だ。

 何を教えればいいか、わかりやすい。


「わかった。腕のいいのを一人知っている。指導に当たらせよう」


 俺が思い浮かべたのは、勇者の仲間の一人、“百日”のモモチである。

 忍者、という謎の職業(暗殺者兼間者ではないかと俺は予想している)についている彼女は、まさにうってつけの人材だ。

 エクリプスからのルートか、ユグのルートか、もしくはなぜかニコが親しいらしいからその伝手を辿ってみよう。

 というか呼べば来るような気がする。

 それがモモチという忍者に対する俺のイメージだ。


 今ごろくしゃみしているかもしれない。


「あの、魔王様。もう一つだけ、よろしいでしょうか?」


 感極まったあと、落ち着いたコールが言った。


「なんだ?」


「もし、ここに魔王様が訪れたならば、それはここに新たな都を造るためであろうから、我が遺産を見せよ、とヨンギャ様がおっしゃったのです」


「それを誰かから聞いたのか?」


 ここに都を造ろうと考えたのは俺の案だ。

 ツェルゲートくらいにしか言ってない。


「いえ、ヨンギャ様が亡くなる前に言い残されたことです」


「さすがは四天王、というべきか。それとも」


 四天王はどれもこれも一癖ある連中だが、先に亡くなったヨンギャは得体が知れない。

 謎の戦術、混血の戦闘集団、新たな都の構想。

 俺の思考を先回りするような“狩人”。


 そして、俺はその遺産とやらを見ることになった。


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