263.剣魔、その記憶の断片
とはいえ、シフォス・ガルダイアは途方に暮れていた。
魔法、体術、そして剣術と素晴らしい才覚を持つトールズ少年は成長するに従って、魔人の地位向上を目指すようになったのだ。
当時の魔界は、メリジェーヌ体制が終わりつつあったとはいえ、竜族の勢威はいまだ強く、魔人は最下層の存在として扱われていた。
このままでは、トールズとシフォスが戦うどころではない。
そのため、トールズ少年から“じい”と呼ばれていたシフォスは、彼に協力して魔人族から魔王を出すための旅に出ることになった。
その旅は成功し、トールズは魔王となった。
シフォスは魔王の最側近である四天王に任命された。
狩人のヨンギャ、神官レトレス、炎使いオルディとともにだ。
魔法使いのルシフェゴが宰相を務めることになった。
そんなことはどうでもよかった。
幸い得た地位は高いものだったので、シフォスは魔王軍に集まった者から見繕って剣を教えることにした。
百年も続けていると、才能というものがなんとなく見えてくる。
動き、視線、思考、それらを総合した武の才だ。
そういうものを拾い、剣術を教えると驚くほどの成長を見せる。
だが、いくら才能のある者でも限界があることがわかった。
才能にも早熟なものと大器晩成なものがある。
次の百年はそれを見極めることにした。
やがて、才の器というものもわかるようになっていく。
それを考えるといかにトールズが恐るべき才能を持っていたかがわかる。
伸び幅こそ縮まっているが、まだまだ成長している。
魔王になった、からかもしれないが。
そして、シフォスはついに彼に出会った。
奴隷出身の少年兵。
一見してわかる武の才は皆無。
だがよく見れば、その才が大器晩成型であり、その器が果てしなく巨大だということがわかる。
ギア。
その少年を、シフォスは弟子とした。
数十年をかけて育成した結果、ギアは単独で妖鬼の部隊を壊滅できるほどに成長した。
その時につけた評価“78点”。
かなりの高評価だった。
あれがますます成長し、魔法の武具を装備し、全力で戦えば“剣魔”に匹敵しうるかもしれない。
それを踏まえて、ギアにはさらに修行をつけた。
剣術と喧嘩術を組み合わせたシフォス独自のものだ。
それを叩き込む。
さらに、強力な剣術や武術に対抗するためにその対応策や剣術自体を教え込んでいく。
“早氷咲一刀流”、“示現流”などだ。
ギアはそれも習得した。
暗黒騎士になり、二番隊隊長にまでなった。
奴隷出身の、混血の少年がそこまで登り詰めると誰が予測したか。
だが、魔王トールズは死に、魔王軍は崩壊した。
シフォスは勇者を見た。
八魔将を倒した戦いを研究もした。
その結果、勇者は人間の勇者ではあるが人間ではない、と判断した。
魔力の質が違う。
人間ではない、魔人でもない。
そして、超攻撃型魔法を操り、反射魔法で身を守るトールズは敗れた。
あれは理の外から来た存在だ。
筋力、魔力、技量というルールで戦っていた魔界と人間界。
その戦いのルール違反の存在である勇者に、シフォスはどうも興味をひかれなかった。
魔王が死んだ魔王軍は、魔界へ撤退した。
その中に、ギアがいないことにシフォスは気付いた。
おそらくはルール違反の勇者によって倒されてしまったのだ。
そう考えたシフォスは、魔界にある隠し拠点に引きこもった。
百年近く鍛え上げたギアは、生涯最高の弟子、だった。
もう二十年ほどで、シフォスに匹敵する程度には強くなったはず。
だが、彼は失われた。
人生の目標が無くなってしまったのだ。
もう一度、同じ弟子を取り、修行をつけることはできるだろう。
だが、それが実るまでにさらに百年。
寿命には問題はない。
だが、どうにもやる気にならなかった。
百年をさらに費やすことはできる。
しかし、できるまでの時間が長すぎる
なんのかんの言っても、弟子であるギアのことをそれなりに大事に思っていたことは確かだった。
その喪失で“剣魔”とて気落ちしたのだ。
“剣魔”も魔王とともに命を落とした。
という話になったのは助かった。
隠遁世活とはいえ、見知った顔に会うのは厄介事を招く。
死んだ、と思われているというならそれで良かった。
晴耕雨読、と言ってしまえばいいが、実際のところ隠居した老人そのものの生活をしていた。
魔王軍の再編、各種族の離反、そして継承者たちが軍を興し、魔界各地で戦いが起こっていることは聞いている。
が、シフォスはなにも介入することはないと思った。
トールズもギアもいない。
なれば剣を振るう意味もない。
だが、魔王軍本営が吸血鬼連合軍に囲まれたと聞いた時。
そこにギアの魔力を感じた。
生きていた。
それは萎びかけていた体と精神に喝をいれるのに充分だった。
情報を集めるために、四天王仲間に探りを入れる。
水魔の神官レトレスから、魔王継承戦が魔人、吸血鬼、エルフ、そして人間の四者が優位に進めていることを聞いた。
病死した“豪華業火”オルディの配下から、アグネリード・サラマンディアの子息が魔人の継承者になったらしい、という話を聞いた。
昔、トールズに聞かれたことがあった。
じいはなぜ彼を弟子にした、アグネリードの子供だからか?
それにシフォスは知らなかった、と答えたはずだ。
そう。
ギアはアグネリードの息子。
他にも何人か子供がいたと思ったが、家長を継いだ青年は到底継承者になれるはずもない器だったとも思う。
確定だ。
魔人の継承者はギアだ。
もし、奴が魔王になれば残り二十年で仕上がるものが、大幅に短縮できる。
一度失われた目標が、すぐそこに帰って来た。
そう考えた時、シフォスは動いた。
はじめに行ったのが、“死天血界”ゼルマンの殺害だった。
何があったのかは知らないが、ゼルマンは人間界侵攻以前に魔王軍を離脱した。
当時は余計な混乱を防ぐために、任務に出掛けて壊滅した、と言われていたがれっきとした謀反だ。
人間界侵攻という愚を嫌った、のだろうとゼルマンという人物を考えた時にシフォスは思う。
そして、その軍団は魔王亡きあとの魔王軍に反乱を起こすための中核となる兵力らしい、と調べたシフォスは感じた。
ならばそれを、その目的のために使ってやろうとシフォスはゼルマンを襲った。
向こうもシフォスが生きていたことを知らなかったようで、驚き硬直してしまった。
そこを一刀のもと、斬り伏せる。
暗黒騎士団の団長であったゼルマンは、やはり衰えていた。
本来の彼なら、不意打ちは食らわないだろうし、一撃で倒れなかったに違いない。
真魔王軍として、ゼルマン軍団を接収したシフォスは各地の残党や軍隊を吸収して一大勢力を築き上げた。
本営を包囲し、攻撃を加えたのはそこに魔王ギアがいるかどうかを確かめるためだ。
魔王ギアがいるならば、大兵力はほとんど無駄になる。
単騎で大軍を圧倒できるのが魔王だからだ。
結果的に、真魔王軍は包囲を解いて敗走した。
ギアはまだ魔王ではない。
しかし、その実力は史上類を見ないほど強力だ。
それに喜びを抱きつつ、シフォスはギアがとる次の一手を予測する。
おそらく、魔王になるための儀式をすることになるだろう。
シフォスは真魔王軍を放置して、一人その儀式が執り行われるであろう場所を目指した。
かつてラスヴェートが居城とし、彼が神になったあとは放棄された闇魔城跡地を。




