261.魔王対魔王、魔王、魔王、そして魔王
魔王トールズは、確かに強い。
超攻撃型魔法を連続で放てる魔力と魔法制御、“剣魔”の攻撃をも弾く反射魔法。
それらが組み合わされば、どれほどの大軍とて単騎で撃滅しうる。
百年以上前に、妖鬼の反乱軍を単独で全滅させたように。
しかし、彼は勇者に破れた。
それはなぜか。
勇者は激烈な魔法無効能力を持っていた。
それが原因だ。
勇者より下位の天使である主天使でも本気で守りを固めればリヴィの魔法を軽減できる。
それより、威力の低いトールズ様の魔法を主天使より強い勇者が全て無効化してしまったのだ。
勇者とて無傷ではいられなかったが、魔王は敗れた。
そして、今も同じように。
「そうだな、ギアよ。確かにお前の方が強い」
「では」
「だが、まだ勝負は決していない」
「!?」
強烈な閃光を伴った電撃を帯びた業火の嵐が俺に襲いかかった。
これは気合いで、どうにかなる威力ではない!?
反射的に、トールズ様から離れ距離を取る。
「やはり、この程度ではきかぬのか」
俺はさっきの魔力の波長に見覚えがあった。
そして、今聞こえた声にも。
「どういうつもりだ、メリジェーヌ!」
トールズ様の後ろから現れたのは、俺のよく知る女性だ。
深紅のドレスの竜王、メリジェーヌ。
「わらわもまた、暁の主の被造物ということじゃ。もちろん、人間界におるわらわのコピーに過ぎぬがな」
メリジェーヌ(のコピー)は妖艶に笑う。
「なるほど、確かにお前も“魔王”だったな」
「悪く思うなよ、ギア」
「さよう、リーダー殿が真なる魔王になるための試練ゆえな」
「魔王一人対魔王二人か」
面白い、と俺は刀を握る手に力を込めた。
そのまま突撃する。
「ふ、は!あれだけの魔法を見せられて、なおも突っ込んでくるか、さすがはリーダー殿じゃ」
と言いながらメリジェーヌは黒い炎と緑の氷を両の手に浮かべ、こちらへ放つ。
「暗黒系火炎魔法と、毒属性氷結魔法か、暗黒鱗鎧なら耐えられる!」
「では、こちらはどうかな“乾坤圏”」
トールズ様の放った回転する刃が、俺の動く範囲を狭める。
真っ黒な炎と毒々しい氷が俺を穿とうと迫ってくるが、避けるスペースが無い。
無いなら。
斬る。
質量の無い炎が先に着弾するのを見切って、それを斬る。
燃え上がる刀身をそのまま、緑の氷の塊にぶつける。
氷が溶けたことで発生した毒ガスが、炎で引火。
その爆発でトールズ様の回転する刃を爆破する。
無傷で立つ俺を見たトールズ様とメリジェーヌの顔が驚きと呆れに変わる。
「あれを無効化するのか」
「さすがは規格外の男よのう」
戦いの最中に気を抜いた二人に、俺は近付く。
違和感を抱かれぬ自然な歩法で。
「止水」
そして、素早く朧偃月を二度振る。
隠密性を意識し過ぎたか、傷は浅かった。
そして、攻撃をされてようやく二人は俺の接近に気付いた。
「な!」
「いつ!?」
そして乱戦になる。
ドラゴンの膂力を活かしたメリジェーヌに、“剣魔”譲りの剣術のトールズ様。
だが、メリジェーヌは威力は高いが打撃技術が劣る。
トールズ様は技術は高いが威力に欠ける。
そして、俺は頭が澄み渡るのを感じた。
ウラジュニシカとの戦いのように、エクリプス、勇者との決闘のように。
メリジェーヌの不用意な攻撃を引き込み、腕をとり勢いを利用して投げ飛ばす。
バルカーのやっていた“六車返し”という技の再現だ。
投げ飛ばした先はトールズ様の目の前、そうメリジェーヌ自体を殴打武器として利用したのだ。
「むう!?」
「わらわに構わず攻撃せよ!」
と、メリジェーヌが自己犠牲も構わずにトールズ様を、促すがそれがかえって迷いを生む。
それは仲間を思う気持ちだ。
けして、悪いものではない。
だが、極限の戦闘での迷いは大きな隙になる。
俺は投げ飛ばされているメリジェーヌを蹴っ飛ばした。
「うげ」
その蹴りの威力そのままにメリジェーヌはトールズ様に激突した。
そして、二人でごろごろと地面に転がった。
メリジェーヌもトールズ様も魔法を得意とするタイプだ。
こういう肉弾戦には慣れていない。
魔人にしろ、竜にしろ、その生は長い。
その今までの生で、俺ほどの肉弾戦の経験がないのなら、俺に勝つのは不可能だ。
「く、我らでは」
「わらわたちでは勝てぬのか」
「ならば、次は吾が輩が参戦しよう」
トールズ様と、メリジェーヌの後ろから第三の敵が現れた。
知らない顔だ。
「よもや貴様が来るとは思わなんだ。魔王“闘神”ガオーディン」
出てきたのは妖鬼だ。
みっしりと筋肉に覆われた体、そして内に秘められた魔力が感じ取れる。
こいつも、魔王、か?
メリジェーヌは知っているようだが、トールズ様には見覚えがないように感じる。
メリジェーヌの治世以前の、か?
「竜の小娘と魔人の小僧、二人がかりでと倒せぬとは」
「誰だ、貴様は?」
「吾が輩は、メリジェーヌの前の魔王。妖鬼の魔王だ。喜ぶがいい、吾が輩はそこの二人と違って武闘派だ」
俺は、その口上の途中で駆ける。
「“暗黒”」でしっかり相手の視界を奪い、跳躍、ガオーディンの額から生えた立派な角を掴み、ぐっと引く。
「目が!?」
と慌てる妖鬼の体勢を崩して、ぶん投げた。
首投げならぬ角投げである。
受け身もとれずに地面、というか立つことができる暗黒の上にガオーディンは叩きつけられた。
俺はその顔面を蹴飛ばす。
その勢いでゴロゴロとガオーディンは転がり、ううう、と呻いている。
「うわ、痛いよ、あれは」
とメリジェーヌが呟いている。
「おい、あと何人いるんだ」
こうも次から次へと歴代の魔王が出てくるのは厳しいものがある。
肉弾戦の苦手なメリジェーヌとトールズ様、油断していたガオーディンのように倒せるのならいいが、疲れたところに本気の魔王が現れたりでもしたら、ちょっとヤバい。
「ほう、本気の魔王なら苦戦をするか?」
闇の中から、もう一人現れた。
ラスヴェートだ。
彼の登場と同時に、トールズ様、メリジェーヌ、ガオーディンが後ろに下がる。
「人の心を読むな」
「魔界を創造してから、魔王は五名しか現れなかった」
もちろん、余とお前は除くぞ、とラスヴェートは笑う。
「そうなのか?」
少し意外だった。
魔王は魔界に連綿と続いて、何十人もいた、と思い込んでいたからだ。
「最初の魔王も魔人の王であったが、老齢すぎたためにすぐに亡くなった。号を“将烈帝”と言った。強かったが、魔界統一に時間を掛けすぎたのだな」
遠くを見るラスヴェートの目には懐かしさのようなものが浮かんでいた。
「そいつは出てこないんだな?」
「コピーを造るのを余が忌避しているのだ。思い出を大事にするタイプなのだよ、余は」
「そうは見えんがな」
「次に魔王になったのは、精霊の王だ。号を“霊帝”。余にも正体の掴めぬ者でな。コピーするほど情報が無かった」
「その次が“闘神”で“緋雨の竜王”、“約定の烈王”と続くわけか」
「その通りだ。そして、この三名でお前に勝てない、というのなら余が出るよりあるまい」
楽しげに、ラスヴェートは歩を進める。
「話が違うぜ」
「余を楽しませてみよ、新たなる魔王よ。くくく、これほどの昂りは勇者と戦って以来だぞ」
ラスヴェートは背から生えた黒い翼で飛翔した。
右手には、立派な剣。
左手には青白い発光。
おそらくは次に放つ魔法を既に待機してあるのだ。
俺はさきほどの戦いのまま、暗黒鱗鎧をまとい、暗黒刀をかけた朧偃月を構えている。
「まったく、こっちも勇者以来の苦戦になりそうだぜ」




