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26.ひざまくら

 空は青く晴れ渡り、雲は白く、太陽は燦々と輝いていた。


 地上に目をやると、燃え残った冒険者ギルドの建物と路上に寝かされた怪我人たち。

 そして、大量の小鬼ゴブリンの死体。


 その片付けをしているのは、五級や四級の下位の冒険者たちだ。

 一体につき銀貨一枚の報酬とあって、戦闘を苦手にしている冒険者たちが集まった。

 その冒険者たちが起こす喧騒を聞きながら、俺は中庭だった空間に寝転がって空を見ていた。

 何ができるわけでもない。

 それに連戦し続けた俺の体は休息を欲していた。


 雲が流れていく。


 無心でそれを眺めていると、急に視界が暗くなった。


「ギアさん。お腹すきませんか?」


 俺の顔を上からリヴィがのぞきこんでいた。

 お腹、と言われて腹がへっていることに気付く。


「ああ、へったな」


「だと、思いました!炊き出しもらってきましたから、食べましょう」


 ゆっくりと体を起こし、リヴィから肉がゴロリと入ったスープのような、粥のような何かを渡される。

 リヴィは俺の隣に座り、ふうふうとスープのような何かを冷ましながら口にする。

 それを見ていたら、照れたようにリヴィがこちらを見た。


「ギアさん……食べないんですか?」


「ん?」


 リヴィの視線の先には、粥のような何かを入った器がある。


「ニコちゃんが作った肉粥ですよ。おいしいです」


「ニコが作ったのなら間違いないな」


「はい、間違いないです」


 俺も、その肉粥を口にする。

 肉と米麦を適当に煮ただけのような見た目に反して、肉にも米麦にもちょうどいい味付けがしてある。

 疲れた体に染み渡るような優しい味わいだ。


 二人で静かにもぐもぐする。


「俺は、魔王軍の暗黒騎士……だった」


「はい」


 ポロリと口から出た言葉は、重いものだ。

 下手すれば、そのまま投獄されても、最悪殺されても文句は言えない。

 それほどまでに、魔王軍というのは人間にとっての災厄だった。


「だから、このまま衛兵に通報してもいいし、“火球ファイアボール”で焼いてもいい。俺は抵抗せんよ」


「そんなこと、しませんよ」


 困ったようにリヴィは笑う。

 困らせるようなことは言っていないのだが。


「なぜだ?」


「ギアさんには、最初から助けられてばかりです。バルカー君も、ユグドーラスさんもみんなそう言ってます。そんな人を官権に突きだすなんてできるわけないじゃないですか」


「実は俺は魔王軍再興を狙う悪漢で、ここへは戦力の拡充に来たのだ」


 と信じてもいない言葉を口にしてみる。


「たとえ、そうだとしてもわたしはギアさんについていきますから」


「……そうか」


 口にする言葉を全肯定されるのも、妙なものだ。

 リヴィの俺へのそこまでの信頼はどこから来るのだろう。


「だから、勝手にどこかに行かないでくださいね」


「ああ、家主がいいというのなら、俺の帰る場所はあの家だからな」


「はい」


 腹が満ちたら、眠気がやってきた。

 そういえば、昨夜から一睡もしていない。


「悪りィ、寝る」


 重くなったまぶたを閉じ、横になる。

 意識が無くなる瞬間、頭が何か柔らかいものに包まれた。

 そんな気がした。



「あ、あいつ!俺たちのリヴィエールちゃんになんてことを!」

「ひ、膝枕!?」

「男子あこがれの、あの!?」

「ハァハァ、リヴィエールちゃん!」


 重労働をしている冒険者たちからの呪詛にも似た言葉は、俺には届かなかった。


「ユグドーラス様」


 駆け寄ってきた女性の影にユグは頭を下げた。


「これはレインディア卿」


「止めてくれ、この騒動を止められなかった無能な騎士団長など呼び捨てでかまわない」


「団長である卿が無能なら、わしなんぞ無能中の無能ですわい。なにせ、子飼いにまんまと懐に入られ、ギルドを焼かれてしまいました」


「ならば、無能な団長と無能なギルド長。無能者同士、余計な気遣いはなしにしましょう」


「それもそうですな」


 レインディアとユグドーラスはしばし笑いあう。


「私は一度、ニューリオニアに戻り、軍務卿を問い詰めたいと思います」


「直球勝負ですな。やる気は尊重しますが、無策ではいけ

 ませんぞ」


「と言って、このままにもしておけませんでしょう?」


 と、レインディアはあたりを見回した。

 負傷者だらけの冒険者ギルドは、もうギルドの存続すら危ぶまれるレベルまで戦力はダウンした。

 英雄ユグドーラスと最強ギアがいるからこそ、悲観はせずにいられるものの、だ。


 早急に、リオニア王国内の争いを収めねばならない。


「そうですな。せっかく魔王軍から生き延びたのです。子供達のためにも、無用な争いは終わらせねばなりますまい」


「同感です」


「……それで、レインディア殿はこれからどうなさるおつもりで?」


「まずは、リギルードはじめ“メルティリア”の面々から話を聞きます。軍務卿に突きつける手札は多い方がいいでしょうし」


「もし、どうにもならぬ時はリオニアスをお使いください」


「リオニアスには魔王の手下がいるぞー、とでも報告しますか」


「それは止めておいた方がよいでしょうな。なにせ、奴の逆鱗に触れると騎士団でも潰されかねません」


「確かに……。それはともかく、なんであそこだけまるで別空間なんでしょうかね?」


 レインディアとユグドーラスの視線の先には、ポカポカと暖かな中庭でリヴィに膝枕をされているギアの姿があった。



 同じころ、ニューリオニアにある軍務卿の執務室に客が一人訪れていた。

 本来なら約束の無い客は追い返すのだが、この客はそれができない相手だった。

 笑みを浮かべて、軍務卿を見ているその客は静かに口を開いた。


「反乱罪、国家転覆罪、凶器準備集合罪……他二十四の罪状で、貴公を逮捕します。よろしいですか?リオニア王国軍務卿ラッセルバーグ伯爵」


 ラッセルバーグ伯爵と呼ばれた小太りの中年の男。

 黄色と緑の、目に痛い原色の服が特徴的だ。

 彼こそがリオニア王国の軍政を司る軍務卿その人だった。

 その肉のついた顔には焦燥と不安、そして不満が浮かぶ。


「異議がございます。この私が反乱や、ましてや国家転覆を企むことなどありはいたしませんぞ!」


 軍務卿ラッセルバーグ伯爵を逮捕しにきた長身の若者。

 まぶしいほどの金色の髪。

 白地に銀の刺繍が入った制服は、まず間違いなく教会の司法院の審問官だろう。

 超国家的に動く法の番人。

 その地位は世俗的な大貴族にも匹敵すると言われている。


「異議がある、と。反乱罪に関しては旧パリオダ鉱床跡を拠点にした盗賊団の結成にあなたが深く関わっていた、という証言がありますが?」


「……パリオダ鉱床跡、だと?」


「お認めになります?また、そこにリオニア王国騎士団から一人抽出し、退役させて派遣しましたね?なんのためです?」


 騎士団から一人、戦力としてか。

 それとも、戦技指導役か。

 どちらにしろ、それが露見しているとなればまずい。

 それに関わっているなどと知られては政治生命、いや本当に命に関わる。


「なんでも、その盗賊団は人身売買をしていたとか」


 そこまで露見しているのなら、全て知られているとみて間違いない。

 ラッセルバーグ伯爵がとったのは手をもみながらの命乞いだった。


「いやはや、まったく審問官殿には驚かせられることばかりですな。……ものは相談なのですが、どうです北限地方の氷の国産のアイスワインの十五年ものはお好みでしょうか?それともリオニア王国内の領地は?私などは現金なども好みますが」


 へりくだった笑顔を見せるラッセルバーグに、審問官ははじめて笑顔を見せた。


「まあ、私もあなたばかりを糾弾しようと言うのではないのです。アイスワインはなかなか修道院生活の中では手に入りませんし、一定の収入も魅力的ですな。もちろん、現金はいずこの国であれ必要とするものです」


 ここぞとばかりにラッセルバーグは笑顔を深くする。


「では、私にできることならなんでもいたしましょう。どうぞお命じください」


「そうですか。では、ここで死ね」


 ラッセルバーグは息を止めた。

 あまりの恐怖に息をすることを忘れてしまったのだ。

 それほどまでにこの審問官は恐ろしかった。


「し、死ね、とは?」


 かろうじて質問を口にする。

 腐ってもリオニア王国の軍政を司る者である。

 そのくらいの胆力は持っていた。


「言葉通りです。ああ、さきほどの罪状に贈収賄もつけておきますか。いえ、止めておきましょう。残念ながら、あなたが私に施せるもので私が持っていないものはないのです」


「ば、バカにしおって……!!」


 剣を抜こうとしたラッセルバーグ伯爵は、そこから先の行動ができなかった。

 剣が万力で締められたかのようにびくともしない。


「審問官ティオリールの名において命じる。リオニア王国軍務卿ラッセルバーグ伯爵、貴殿に課せられた罪状により、貴殿は貴殿の持つすべての爵位と領地を剥奪され、その状態で我らの審問を受けることとする。これは審問官長及びリオニア国王の了解によるものである」


 名乗った審問官を見て、ラッセルバーグは目を見開いた。


「ま、まさか。“黄金”のティオリール!?」


 ティオリールはにこりと笑った。


「ええ。元勇者のパーティの一人“黄金”とは私のことです」


 ラッセルバーグは卒倒した。

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