表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
259/417

259.暗黒の会合

 闇の中に十八の椅子が何かを囲むように並べられていた。


 その白い椅子の他には何も見えない。

 闇、だ。


 俺はその椅子の一つに腰かけていた。

 その椅子の名前は見なくてもわかった。


 “魔人の座”だ。


「新たなる魔王の誕生を祝おう」


 俺のとなりの“獣人の座”に座っていた虎頭の獣人、ジレオンが声を発した。


 ずらりと並ぶ十八の椅子は、いつの間にかその主が腰かけていた。

 今回の魔王継承戦に選ばれた者たちだ。

 “海魔の座”にはガルグイユが本来の魚人の姿で座っている。

 “竜の座”にはメリジェーヌによく似た少女がいた。

 おそらくはバルカーやデルタリオスが戦ったという炎竜人ウードの精神的か姿だろう。

 その他にも、“森人の座”には白いエルフのマシロが、“吸血の座”には名も知らぬ吸血鬼がいた。


 そして、“人間の座”にはウラジュニシカが座っている。


「私たちはお前の記憶から再構成された存在で、本人ではない」


 と、ウラジュニシカが言った。


「そうか。で、これから何をすればいいんだ?」


「本来なら、お前に流れる魔界の血がその身に宿った力を触媒に魔界そのものが契約に来る」


 だが、その魔界そのものが来る様子は無かった。

 十八の座についた俺たちは、暗闇の中で座っているだけだ。


「来ないな」


「それはな、お前のせいであり、私のせいでもある」


「あん?」


「古来、魔王というのは生粋の魔界の生物だけが成れるものだ。だが」


「だが、俺は魔人と人間の混血であり、お前は人間そのものだから、か?」


「そう。故に、魔界の王になるには今回は血が薄すぎるということになった」


魔界そっちの方で勝手に選んでおいて気ままなことだな」


「まったくだ」


「それで、俺が魔王になれないとして、これからどうなる?」


「この空間は魔界の干渉により、崩壊する。つまり」


 ウラジュニシカは笑いながら言った。

 笑い事ではない。


「魔界が来ない以上、崩壊することはない、と?」


「正解だ」


「正解したくないな」


 出る方法のない夢ということか。

 心の中からの出方など知るはずもなし、さてどうするか。


「そもそも、そなたが魔王の力を継承しないのが悪いのだ」


 と、海魔のガルグイユが言った。

 こいつとはギリアで戦った。


「そもそもというのなら、魔王の力というのはなんだ?」


「それぞれの種族の継承者が持っていた力のことよ。そこの白いエルフは“封印”、他者を封じる力、私は“血海”、魔界の赤い海を呼び出す力。継承者はそれを組み合わせて、独自のコンビネーションを生み出していく」


「その組み合わせた力を、魔界は欲している」


 ガルグイユの後を継いで、静かにエルフのマシロが言った。


「俺は継承しなかったぞ」


「そうだ。しかし、すでに継承者は誰もいない」


 力を受け渡されることはない。

 と、ジレオンが言った。


 詰んでいる。


 ここから出られずに、魔王にもなれずに。

 朽ち果てるのみ、か?


「私は言ったな。考えろ、と」


 ウラジュニシカが口を開いた。


「ああ」


「ここはお前の心の中であり、そして最も魔界そのものに近い場所でもある」


「魔界に近い場所……?」


「見放された?違うな、貴様の行動原理はそんな受け身のものか?」


「いや、違う」


 俺は面倒に進んで首を突っ込んでいくタイプだ。

 なぜなら、放置したほうがもっと面倒になるから。


「ならば、どうする?ここで朽ち果てるか?それとも」


「無理矢理、こちらに顔を向けさせる。いや、首根っこを掴んで引きずり倒してやろう」


 その方が面白そうだ。


 ウラジュニシカは楽しげに笑ったようだった。


 俺は意を決して立ち上がった。

 すると十七の幻影は消え去り、漆黒の闇だけが残る。


「朧偃月」


 目には見えないが、愛刀が腰にあるのはわかっている。

 構えを取り、魔力を満たして、抜刀する。


 闇。

 それは光も届かない場所。

 それは虚無か、あるいは見えぬほど凝り固まった何かか。


 朧偃月の刃は、その闇をスパンと斬った。

 あまりにも軽い手応えだったが、しかし確実に斬れた実感があった。


 そして、俺の視界はその切れ目からあふれでた光によって、真っ白に染まった。



 コンコンと、誰かの乾いた咳の音が聞こえた。


「お父上を恨んではいけません」


 その言葉とともに、パッと白い光が消え去り、既視感のある光景が広がった。


 ボロボロの建物。

 薄汚れた寝台は、藁に布をかぶせたものだ。

 そこに女性が一人横たわっている。

 真っ白な顔色。

 痩せてはいるが、美人だった面影の残る人間の女性だ。


 俺の母親。


 恨んではいけません、という言葉に俺はなんと答えただろうか。

 いつの間にか、俺の体は子供のころのものに戻っていた。


「あなたの苦境は、私が望んだものです。この魔界せかいは人間が生きるには過酷すぎる。そのために私はお父上から離れたのです」


 その時の俺は何を言われているのかわからなかったのだろう。


「あなたを巻き込んでしまったのは、とても申し訳ないと思っています。この決意は私だけのものですのに」


 すまなそうな顔。

 けど、それは自分の意志をけして曲げないという決意の顔でもあった。


「でも、大丈夫。あなたは強く生きられます」


 私とアグネリート様の子供ですから。


 めちゃくちゃいい笑顔で言っているが、子供にとってはそれは呪いだな。

 と、今の俺は思う。


 強く生きられます、それは強く生きなければならない、という強制となって俺を縛った。

 両親のかける期待にも似た呪縛は、本来なら父と母への反抗期となって葛藤となり、解決するのだろう。

 だが、俺はそもそも父の顔など覚えていないし、家を出た後に母も亡くなった。

 反抗期のないまま、大人になった俺は心の中にその呪縛を抱えたままだ。

 幸い、というか魔界の強さ至上主義のおかげで強くなることに違和感も反抗心も起きなかった。

 そのため、俺の中にあった“強くならねばならない”という呪いは強く表には出なかった。


 けれどやっぱり、俺の中でそれはわだかまっていたのだろう。


 魔王になるための、魔界そのものというよくわからない何かの興味をひくために、こちらからアクションを起こす。

 その結果、こうやって俺の心の底を露にする。


 魔界、というものは相当趣味が悪いようだ。


「趣味が悪い、とはなかなかにひどい言われようだな」


 その声が聞こえると、ゆるりと景色が歪んだ。


 ボロ小屋の壁も天井も、わら布団も、母も、幼い俺も、ゆっくりと色を失い、灰色に変わりながら、ゆがんでゆるんでゆらいでいく。


 そこに残っていたのは、真っ白な立派な椅子と、魔人の座だけだ。

 あとはまた再び、もとの闇。


 立派な椅子には、えらく存在感のある青年が腰かけていた。


「趣味が悪い」


 俺は再度、言った。

 相手は存在感はあるし、威圧感もあるし、普通の者なら口を開く前に頭を下げてしまうだろう。


 まあ、こういう強そうな奴を相手にするのは慣れているため、俺はまっすぐに言葉を放てる。


「くくく、この余を相手に弓神キースのようなことを言う」


 その神の名を口にした時の言霊が、俺を揺さぶる。

 キース。

 弓の名手にして、智謀の神。

 暁の主ラスヴェートの腹心といわれる神だ。


 俺がそれを考えた時、相手はニヤリと笑った。


「まさか、な」


「何がまさか、だというのだ?アグネリートの息子ギアよ」


 その笑みが、さらに深くなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ