253.魔王(予定)の帰還
ニブラスの元の王城であり、魔王城の跡地でもあるその場所に、俺と勇者エクリプスが到着したのは日も暮れようとしている時間帯だった。
「一年半ぶりか」
とエクリプスは言った。
しかし、俺が考案したとはいえ、勇者のことをエクリプスと呼ぶのは違和感があるな。
ともあれ、エクリプスにとってここは八魔将と魔王様と対決した激戦の記憶が残る地。
気持ちのいい場所ではないだろう。
それでも、俺は行くところがある。
「向こうに行く前に時間をくれ」
「いいけど?」
俺は、ニブラス領が一望できる高台にある墓へと向かった。
ひび割れた両手剣が墓標の代わりだ。
持ってきた酒をその剣にかける。
その墓の主がどんな酒を好んでいたかはわからないが、この酒精の強い氷の国のアイスウィタエなら気に入るだろう。
「まだ一年たっていないが……」
「ここは誰の?」
「ニブラスの騎士ウラジュニシカ。去年、お前たちに助力を頼んだ件の首謀者だ」
「……ああ。魔王の継承者の力を得た人間の……」
「俺がここで討ち果たした」
「敵、にしてはずいぶんと親しそうな感じだけど?」
「単なる敵……ではなかったな」
「それは、僕と同じような?」
「さあな」
好敵手というならそうだったのかもしれない。
しかし、なんとなく緊張感をはらみつつ仲良くしていたという訳のわからない関係だった。
一通り、手を合わせた後。
俺達は、転移門へ向かった。
この世界と魔界を繋ぐ魔法の門。
「これが……」
「魔王軍侵攻はここから始まった」
敷かれている魔法陣に魔力を注ぐ。
かつてウラジュニシカとリヴィと一緒に行ったように“帰還”の魔法で行けば手っ取り早いが、妙な座標に送られることもあるため、確実を期すなら転移門を使ったほうがいい。
実際、前回魔界に行った時は空中に投げ出されてしまった。
そういうのは避けたい。
魔法陣が青白く輝くと、込められた魔法が発動し、青白く輝く門が形成される。
「そして、新たな魔王が君臨するのもここから始まる、かな?」
「魔界の連中が素直に君臨させてくれれば、な」
俺は軽口をたたきながら、門に足を踏み入れた。
ぬるりとまとわりつく魔力の通路を抜けると、そこは。
戦場だった。
いつまでも先代の魔王の威光をかさにきて、魔界の支配者気取りの魔王軍本営を打ち倒さん、という思考の持ち主は数多くいた。
昨年のエルフの継承者軍や吸血鬼の継承者軍がそうだ。
だが野にいる者共で、そういう考え方を改めない者も多い。
そもそもが、力による統治を肯定し、力持つ者が全てを手にする魔界の風土としてはそちらの方が正しい。
だから、今の力無き魔王軍に期待する者は少ない。
そういった者をかき集めて、一旗あげる義勇軍もどきは多かった。
とはいえ、大きくて百や二百といった規模のそれらは個々に本営に挑んでも一蹴されるのは目に見えていた。
そのため、虎視眈々と蜂起の時を待っていたのだ。
しかし、最大勢力であった吸血鬼同盟軍が兵数で劣る魔王軍に敗北して以来、その動きは鳴りを潜めていた。
だが、年明けから徐々に状況は変わりつつあった。
複数の軍団が集まった大軍団が勃興し、魔王軍本営に迫っていた。
その大軍団は、真魔王軍を名乗った。
そして、夏の終わりとともに真魔王軍は本営へ侵攻を開始した。
「サラマンディア軍は北からの敵増援に当たってください」
魔王軍全軍の指揮を受け持つ(持たせられた)宰相代行ボルルームは、焦りながらも軍使を出して各軍団を動かしていく。
「サラマンディア軍が受け持っていた東の敵軍はどうするんですか!?」
部下の悲鳴のような質問に、ボルルームはハッとした顔になる。
「う、ぐぐ。では暗黒騎士隊を東へ向かわせてください」
「暗黒騎士隊は西の敵軍に当たってますが?」
「どこかに使える兵はないんですか!?」
「どこにも余裕はありません!」
ボルルームは元々内政担当である。
軍団の指揮などしたことはない。
この一年半、イラロッジら暗黒騎士隊の支援のもと、指揮のまねごとをした程度だ。
このように、四方を敵軍に囲まれた状態で圧倒的に兵数に差がある戦局ではボルルームはまともな手が打てない。
序盤、真魔王軍は五千で北から侵攻してきた。
歩兵中心の真魔王軍に、ボルルームは暗黒騎士隊をぶつけた。
たとえ、数では十分の一でも単なる兵卒では暗黒騎士にとって敵にはならない。
暗黒騎士がそれを蹴散らすまでそれほど時間はかからなかった。
だが、ボルルームと暗黒騎士の目が北へ向いている間に真魔王軍は次の手を打ってきた。
南から軽装騎兵団三千が侵攻してきたのだ。
残っている手駒は、練兵中の魔人の部隊千だけである。
ボルルームは暗黒騎士隊が北の敵軍を倒すまで、と魔人部隊を出撃させる。
北がなんとか落ち着いたと思った時、東と西から五千ずつ敵軍が攻めてきた。
西の敵軍には、北の敵軍を倒したばかりの暗黒騎士隊が急行し、東の敵軍にはギアから預かっているサラマンディア軍を出撃させる。
本来ならサラマンディア軍を出すのは契約違反だ。
彼らはギアの私兵であり、魔王軍ではない。
ボルルームに彼らの指揮権は無い。
だが、この状況にサラマンディア軍の方から支援要請が来たので戦ってもらっている。
南は練度不足の魔人部隊が押されつつあり、東はサラマンディア軍が敵を押し返している。
西の暗黒騎士隊は疲労はありつつも、十倍の敵を倒していく。
そして、この状況で北にさらなる増援が来た、というのが現状だった。
魔王軍に使える手勢はもはや無い。
ボルルームはなんとかならないか、と知恵を振り絞るが無いものは無かった。
そこに軍使が一人戻ってきて報告する。
「報告します。北からの敵軍おおよそ二千」
「今すぐに兵を急行させる!」
ボルルームが焦りを露にして答えた。
どこからも兵は出せない。
しかし、出さなければ本営は落ちる。
「いえ、その敵軍は壊滅しました」
軍使の報告をボルルームは理解できなかった。
「え?」
「お味方の攻撃により、敵軍二千は壊滅です」
「味方って、どこに?誰が?」
混乱するボルルームのもとにさらに報告が入る。
「東の敵軍敗走しました」
「サラマンディア軍がやってくれたか!しかし、それにしては早いが」
「西の敵軍も敗走」
「暗黒騎士隊!」
「南の敵軍も」
「それって……」
「真魔王軍は本営の包囲を解いて撤退しているようです」
絶望的な状況が一気に勝利にまでひっくり返った。
しかし、それはボルルームの指揮の結果でもなければ、魔王軍の奮闘によるものでもない。
北の敵増援を瞬殺した謎の味方。
それが引き起こしたのだ。
混乱し続けるボルルームのもとへ、その二人がやってきたのはすぐ後だった。
「包囲された時はまずは籠城だろうが、守り手は攻め手の三倍有利と言うだろう?士官学校で習わんかったか?」
制式の暗黒騎士の鎧に、独自の強化を施した“暗黒鱗鎧”。
手にした得物は、大太刀。
ボルルームの友人であり、魔王軍の指揮官唯一の生き残りにして、次の魔王(予定)。
それが、ギア・サラマンディアの帰還だった。




