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252.夏の終わり、親しんだ街へお別れを

 勇者の帰還と共に俺は魔界へと帰ることにした。


 あれだけ暑かったリオニアスの夏も、最近はめっきり涼しくなった。

 知り合いへの挨拶もだいたい済んでいるし、いつでも旅立てる。

 勇者たちが帰ってくると連絡があった日の昼。

 俺はニコズキッチンに足を運んでいた。


 顔パスで入れるのは確かだが、並んでいる人々も少ないのでたまにはと並んで見ることにした。

 じっと待っていると、いつものリオニアスの街並みもわずかに違って見える。

 一年と半年、ここで俺は過ごしていた。


 一言でまとめると楽しかった。


 魔界むこうに戻れば、こういう無駄な時間の使い方はできないだろう。

 そう思うと贅沢をしている気分になる。


「お待たせしました!一名様ですね……ってギアさんじゃないですか!?」


 顔見知りの店員が俺を呼びに来て驚く。

 まあ、普段は並ばずにすぐに案内されるからな。


「飯を食いに来た」


「他の用途で来る人はあまりいませんけどね。とにかく、ギアさんに並ばれたらオーナーに怒られますから」


「それは悪かったな」


 案内されるまま、二名がけのテーブルにつく。

 メニューを見ていると、ずいぶんと内容が増えていることに気づく。


「何がうまいんだろうな?」


「なんでも美味しいですよ」


 不機嫌そうな顔でニコが俺の向かいの席に腰かけた。

 今まで調理をしていたようで白いコック服を着ている。


「いいのか、仕事?」


「ギアさん。いつも言っているでしょ?ドアーズのメンバーは、ことにギアさんとリヴィエールちゃんは顔パスだって」


 不機嫌そうな顔のわけはこれか。

 俺が並んで入ったことに、機嫌を悪くした、と。


「いや、たまには並ぶのも悪くないと思ってな」


「変な人ですね」


「まあな」


「まあ、いいです。もう、すぐなんですよね?」


 具体的な旅立ちの日は言ってなかった。

 だが、お隣さんで色々世話になったニコには出発前に話はしておこう、とは思っていた。


「ユグたちが帰ってきたら、だな」


「……わかりました。……今日のおすすめは魚介のアラビアータです」


「どういう料理だ?」


「唐辛子の効いたトマーソースの麺料理です。そのソースに魚や貝や海老を入れてます」


「うまそうだな」


「ちなみに、アラビアータというのは“怒りんぼ”という意味です」


 そこまで言ってニコは立ち上がり、厨房へ向かった。

 ランチセット1つ、大辛で!というオーダーの声が聞こえる。


「怒りんぼ、か」


 どういう意味だろうな。

 並ばれて怒っているのか、一人にされて怒っているのか。


 出てきた料理は、ほどよい唐辛子の匂いがするたいへん美味しいものだった。

 汗をかきながら完食すると、またニコがやってきた。


「どうでしたか?」


「うまかった」


「辛くなかったですか?」


「ン?ちょうどいいくらいだったぞ」


 なるほど辛いのがいけるくちか、とニコが呟いている。

 北極くらいまでなら耐えられるか、とも。

 どういう意味だ。


「ギアさん。また来てくださいね」


「ん、ああ」


「必ずですよ?」


 いやに念を押されるのは、これが最後だと思っているからだろう。

 まあ、魔界むこうの局面的にそうなるかもしれない。

 だが、そうならないために約束は必要なのかもしれない。


「わかった。必ず、また来る」


「はい、お待ちしております」


 そのニコが浮かべた笑顔は、今日一番だった。



 ニコズキッチンからの帰り道、勇者と遭遇した。


「待たせたかな?」


「いや、挨拶がすんだところだ」


「そうか。僕の準備は万端だ。いつでも行ける」


「墓参りはどうだった?」


「表情からはあまりショックは伝わらなかったね」


 七人の英雄たちは、それぞれの旧友たちの最期の地で何を思ったのだろうか。

 人の心の機微に疎い勇者こいつには読み取れなかったとは思うが。


「よし、なら今から行くか」


「了解」


 二人で、リオニアスの城門へ向かう。

 この街の景色も見納めだろう。


「向こうではお前をなんと呼べばいいかな?」


「ああ、確かにね。魔界で勇者なんて名乗ったらボコボコにされそう」


 と勇者は笑う。

 冗談じゃなくボコボコにされるとは思うが。


「天使だったころはなんと呼ばれていたんだ?」


「人間には発音できない呼ばれ方だね」


「上位種あるあるだな」


 ドラゴンや神々といった人間より上位にあるものは、本来人間には読み取れず発音もできない名前を持つことが多い。

 それをなんとか読み取ろうとして発狂するような神学者も多いと聞く。

 似たような意味の言葉や、近い発音の呼び方が知られているのもよくあることだ。

 例えば、夢魔の“深淵の夢の使者”は前者の似たような意味の言葉だ。


「そうだなあ、ラーフとかラファとかが近いかな」


「ラーフとラファか」


「ラーフは日食を起こす星の神のことだし、ラファは癒しって意味だね」


「日食の騎士エクリプス」


 日食という言葉の古い呼び方だ。

 単純な連想だ。


「安直だなあ。でもまあ、そういうのが逆に箔がつくこともあるよね」


 なぜか勇者は気に入ったようだ。


「ならばお前はこれからエクリプスだ」


「かしこまりました、我が魔王よ」


「……お前にそう言われるのはこそばゆいな」


「まったく同感だよ」


 そんなくだらない話をしていると、城門に到着した。


「お疲れ様です、ギアさん。これから冒険ですか?」


 衛兵の青年が声をかけてきた。

 彼もこの街での顔見知りの一人だ。


「まあ、そんなところだ」


「わかりました。お気をつけて」


 おう、と手を振って、門を出る。

 城門の外には商店街が広がる。

 そこを抜けると農場があり、森が点在する平野になる。


「キレイなところだ」


「そうだな。俺もそう思う」


「僕らは言うなれば異邦人だ」


「それが?」


「異邦の民なればこそ、これを美しいと、守りたいと思うのかもしれない」


「ここに生まれ暮らすものは、これを当たり前と思ってしまうということか?」


「ああ、そうだね。いや、否定するわけじゃなくて、こんな美しいものを普通と思える人々を、僕は守りたいと思ったって話だよ」


「なるほどなあ」


 勇者は、偶然が重なり勇者となった。

 それでも彼は人類の守護者として、まさに勇者なのだ。


 街道を北に向かうと、旅人が往来している。

 旅人が通れるほど治安がよくなったとも言う。

 魔王軍の撤退から一年半、ようやくここまで大陸は復興した。


 治安維持に一役買っているのは冒険者たちだ。

 モンスターや野盗などがはびこらないように、街道の警備やモンスター駆除を行っている冒険者たち。

 そんな彼らとも、俺達はすれ違う。


「ギアさん、今日は新メンバーですか?」


 と声をかけてきたのはオクスフォーザだ。

 三級冒険者パーティ“ブロークス”のリーダーだ。

 もう少し経験を積めば昇級は間違いない。

 バルカーがうかうかしている間に、リオニアス最強の冒険者の座は彼に取られても不思議ではない。


「まあな」


「ニブラスのあたりまで平和そのものですよ」


「あそこまで出向くのか?」


「なんでもニブラスの王子が生き残っていて、国を再興するまでの間、リオニアに管理を委託しているとか」


「そうか……ニブラスの王子か」


 おそらく、ニブラスの騎士であったウラジュニシカが守ったという王子のことだろう。

 暗黒騎士は恨まれているだろうな、と俺は思う。

 だが、同時に国を再興する意志があることを嬉しくも思う。


 壊した本人が言うのもなんだが、ニブラスが再び国として立つことを願ってやまない。


 こうして、俺はリオニアスに別れを告げた。

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