251.旅立っていけるのは帰る場所があるから
勇者は、仲間たちと墓参りをした後、俺に合流すると言って旅立った。
人間界で、俺が勇者の仲間だったと広める代わりに、魔界で俺の配下になる、というリヴィの詐術にも似た取引の結果だ。
まあ、どう考えても大変な魔王軍のことを考えると使える手駒は一つでも多いほうがいい。
そして、そいつが信用できて強いならなおさらだ。
夏が終わると、夏期休暇の終わったリヴィとナギ、フォルトナ、そしてメリジェーヌが学園に戻っていった。
「いいですか?何か困ったことがあったらすぐ呼んでください。約束は守りますから」
「ああ、おおいに頼らせてもらう」
と、リヴィと約束の確認をして見送った。
学園組が出ていくと、今度はポーザが旅支度をして俺に挨拶に来た。
「しばらく、旅にでます」
「そうか」
「止めないんですか?」
「覚悟を決めた奴を止めるほど、俺も小さい男ではないと思いたい、というところだな」
「バルのことは別にして、ボクはリーダーに助けてもらって、その恩も返してないのに勝手にすみません」
「だが、行くと決めたのだろ?」
「うん」
「あのバカにも言ったが、ドアーズのメンバーからポーザを外したりはしない。いつでも帰って来ていい」
「うん!」
「まあ、俺もしばらく留守にするが、たまには連絡を寄越せよ?」
「了解です!」
彼女の旅は終わることはないのだと思う。
魔物操士である彼女の強さは、強い魔物を使役することで発揮される。
その条件に合致する強い魔物は、そんじょそこらにはいない。
人の通わぬ秘境、人外魔境に生息するのだ。
それらを探し、意思を通じあわせる旅を彼女は独り行く。
竜の世界へ行ってしまったあのバカと並び立つために。
俺は、彼女の帰る場所を維持しながら、快く送ることしかできないのだ。
別離というのは重なるもので、次に別れを告げにきたのはホイールだった。
「神剣供養祭の祭司に選ばれました」
「神剣供養祭?」
「ええ。サンラスヴェーティアは暁の主ラスヴェート神の剣であるドーンブリンガーを奉る国家です。五年に一度、その剣を清める祭祀が執り行われるのですが」
「それにお前が選ばれた、と?」
「はい。それで、こちらとあちらの連絡役を一度、解除して国に戻ることになりました」
「そうか。寂しくなるがちょうど良かった」
「ちょうど良かった?」
「一度、俺も魔界に戻ろうかと思ってな。ポーザも旅立ったから、お前一人残しても大変だろうと思ってたんだ」
「そういえば、ドアーズのメンバー誰もいなくなってしまいますね」
「だろう?」
「私を心置きなく送れるように謀りましたか?」
「いや、たまたまだ。それにお前の感じだと、その祭祀を成功させれば出世するのだろ?」
「ええ、まあ。若手の中では目立つことができますね」
「なら行くしかないだろうな。神の剣か、俺も見てみたかったが」
「まあ、奉ってあるのは複製品ですから」
「あー、そうだったな。本物はあの湖の下か」
「そうですそうです」
魔王よりも、強いとされた強大な魔物をその剣は封じている。
その魔物とは、俺もホイールも遭遇している。
神の剣を動かすわけにはいかないので、使われるのは複製品ということらしい。
ということで、ホイールも旅立った。
さて、誰もいなくなったし、何をしようか。
冒険者ギルドに行ってみようか?
しかし、友人でありギルド長のユグは、勇者と墓参りに行ってしまった。
ならばどうしようか、と思ったところで、最近会ってなかった友人のことを思い出した。
外の熱気は、夏の終わりとともに収まってきていたが、ここは暑い。
火をごうごうと燃やす炉からの熱気がこもって、夏以上に暑いのだ。
デンター鍛冶工房。
それがこの店の名だ。
「暇つぶしですか?」
「なかなかの繁盛ぶりじゃないか」
店主のデンターは昨年出会ってからの友人だ。
新参者なのに店もはやっているようでなによりだ。
「ま、腕はいいですからね」
と笑いながら汗をふくデンター。
鍛冶や工業の本場である工業都市グランドレン出身の彼は、昨年リオニアスに移住した。
それから順調のようだ。
本人の言うとおり、そこらの鍜治屋などとは比べ物にならないほど腕はいい。
普通はやっかまれそうだが、大都市でもまれただけあって度胸もあった彼はリオニアスの工業ギルドにすぐに参入した。
仕事も独占せずに他の鍜治屋にも回したし、技術も教えた。
「独占した方が儲かるのでは?」
と聞いたことがあるが、彼は困ったように笑っていった。
「みんなに広めて全体がレベルアップすれば、もっと高度な技術を見つけることができるかもしれません。作業効率が良くなるかもしれません」
デメリットよりもメリットの方が大きいですからね、とデンターは言った。
「ちょっと長く空けると思う。その前にこいつを見てほしくてな」
と俺は朧偃月をデンターの前に置いた。
「聞いてますよ。勇者と戦ったって」
「それよ。勇者の持つ聖剣アザレアとまともにやりあってな」
デンターは朧偃月を抜いて、刀身を見る。
「刃こぼれもありませんし、刀身の歪みもないですね。目釘の緩みくらいですかね」
「さすがリオニアス一の鍜治屋のうった刀だ」
「よしてくださいよ。元々の剣が良かったのと使い手がいいからですって」
喋りながら、デンターは大太刀のパーツの点検を終えた。
そして、鞘に戻し、こちらへ返した。
「助かる」
「しばらく空けると言いましたね?」
「俺が暗黒騎士だとは前に言ったな?」
「ええ」
「ということは故郷は魔界になる」
「そう、でしょうね」
「どうも、魔界がキナ臭い」
「魔界で天下取りでもしますか?」
「近い形になるかもしれないな」
「こっちは冗談で言ったんですけどね」
「世話になった」
「それはこっちのセリフですから」
刀を腰に帯びる。
「では、またな」
「また来て下さい。特に折れたらすぐに」
「ああ、その時はまた頼むぞ」
見送られながら外に出ると、ずいぶんと涼しくなっていることに気付いた。
家に帰ると、幼女(の姿をした亀)が待っていた。
「お待ちしておりました」
「魔界はどうだ?」
あの旅行のあと、俺はアペシュに頼んで魔界の海の様子を調べてもらっていた。
「その前に、勇者を倒したとのこと、まことにおめでとうございます」
「それほどたいしたことじゃ」
「たいしたことですよ。前魔王様を倒した勇者を倒したということは、ギア様は魔王になる資格を有していると同然ですから」
「まあ、魔王にはなるからいいか……それよりも」
「はい、魔界の海の様子ですね?」
「そうだ」
魔王軍の様子は宰相代行のボルルームから少しずつだが情報が入ってくる。
大きな混乱は見られない、ということだが、少数になってしまった魔王軍の諜報能力をそのまま信用はできなかった。
そのため、知り合いで魔界に行っても問題のないアペシュに別方面からの情報を調べてもらっていたのだった。
「海魔族はほぼ統一されています。族長のナギ様、そしてナギ様を従えるギア様にお仕えすることに不満はない状態です」
「知らぬ間に族長に任じられているとはナギも思ってないだろうな」
海魔の勇将であった高位魚人のガルギアノを倒し、そして従えているナギは本人の知らないうちに海魔族の族長になっていた。
まあ、彼女のリーダーである俺に海魔族が従ってくれるのはありがたいが。
「ただ妙な噂がありました」
「妙な噂?」
「ギア様でない魔王が現れて魔界統一を企んでいる、というものです」
「面倒なことになりそうだな」
と、俺は思った。
そういう予想はたいてい当たることも俺は知っていた。




