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25.黒き意思を止める手

「オメェのような才能の無い雑種ハーフのガキがよ。魔王軍でのしあがるには強さが必要だ」


 そういって、俺を鍛えてくれたのは選魔王、通称四天王の一人“剣魔”シフォス・ガルダイアだった。

 彼は貴族の子弟の弟子もとっていたが、気まぐれに魔王軍の少年兵も何年かに一人は無理矢理弟子にしていた。

 そのたまたまに選ばれたのが俺だった。

 弟子一人一人にあわせて、習得させる流派を変えたり、専用の技群を造り出したりと割と自由な男だったのを覚えている。

 選魔王、という魔王になる可能性もある家柄の当主であるにもかかわらず弟子の育成の方にせいをだすような有り様だった。


 まあ、彼の教えを受けた者から魔将にまで出世するものもいたし、力至上主義の魔人たちはむしろ歓迎し、賞賛する者すらいた。


 そんな彼が俺に教えたのは、格闘術も組み合わせた実践剣法だった。


甲冑プレートアーマー着ている奴を叩きのめせるやつだ。面白そうだろ?」


 と、笑う師匠はすでに俺を指導ボコボコにした後だったが。


 頑強な肉体造り、基礎的な剣術、格闘術、対甲冑剣法、を毎日毎日みっしりと教わった。

 まるで一日に三十時間かかる修行を一日で行うような。


 少年兵を卒業し、一般兵そして騎士になるころには俺の肉体にはそれらの“技”がみっちりと記憶されていた。



 こうやって戦っている間にも。


 突きだされた槍を寸前でかわし、柄の部分を右手でつかみ引き込む。

 手甲部分が槍の炎で熔けていくが気にしない。

 突きだした勢いのまま、引っ張られるフレアの顔面に頭突き。

 額と顔面の防御力には驚くほどの差がある。

 ましてや、暗黒鎧の兜と燃えるような光の激突は明らかにフレアに大きなダメージを与えている。

 メキョリ、と鼻かどこかが潰れる感触。

 思わず顔を押さえようとするフレア。

 左手で保持していた暗黒剣を手放し、そのまま手をフレアの顔面に当てる。

 顔を押さえているフレアの手はそのままだ。

 右足を軸に、左足を前に出し、フレアの足を後ろから刈る。


 するとどうなるか。

 顔面を押さえられたフレアは、踏ん張ることができずに地面に一回転して墜落した。

 後頭部が地面にめり込み、足が宙に浮く。

 師曰く「甲冑剣法“頭蓋落とし”」である。

 この形に持っていくにはいくつか手段があるが、相手の攻撃にあわせて体勢を崩していくのが一番楽、らしい。

 俺としては、攻撃を紙一重で避ける緊張感がとても嫌なのだが。


「うぐあああアアア!?」


 後頭部と背面の光輝く鎧が砕けることで、フレアのダメージが軽減されることは想定済み。

 なんたって一晩で七人もの“聖印”の鎧と戦ったのだ。

 嫌でも対処法を思い付くだろう。


 めり込んだままのフレアに馬乗りになり、無防備な顔面を殴り付ける。

 足でしっかりと腕を押さえつけているから防御も反撃もできない。

 注意点は口を狙わないこと。

 噛みつかれたり、砕けた歯で思わぬ怪我をするからだ。

 また、相手が腰を跳ねあげることで脱出を図ろうとすると抜けられる可能性があるため、それを踏まえた攻撃を心がけること。


 何度めかの打撃を加えた時、フレアのボコボコになった顔面、その目が覚悟を決めたように光った。


 その瞬間、まばゆく輝く爆発が俺を包む。


「自爆か!」


 フレアが行ったのは自爆。

 聖印の鎧はダメージを受けると輝く欠片となってダメージを軽減する。

 それを利用したのが、リギルードが使った爆発反応装甲だ。

 それの応用で、わざとダメージを与えることで鎧を強制解除し、閃光と衝撃で脱出を図ったのだ。


 その目論見どおり、奴は俺の馬乗りから抜け出し、立っている。


 とはいえ、ひどい有り様には変わりない。

 顔面は腫れ上がり、鎧は砕け、槍につかまってやっと立っている状態だ。


「……」


「まだ、やるか?」


 俺の手には再び暗黒剣。


 フレアの顔には諦めない意思が見える。


「このままやるとお前は死ぬぞ」


「……」


 諦めの色はない。


 俺の忠告どおりだ。

 相次ぐ激戦と無理な脱出、そして感情を魔力に変えた魔法の副作用が、彼の肉体と精神をボロボロにしていたのだ。


「いいんだな?」


「……負けるより死ぬ方がマシだ」


「その意見には反対だが……お前の意思は確認した」


 ヂャキリ、と剣を構える。

 右手のひらの装甲が溶けているが握る分には影響はない。

 あとは駆けて、斬るだけだ。


 足に力を込めて、駆け……。


 ……ようとした俺の動きは止められた。

 俺の首の飾帯マフラーを掴んだ小さな手によって。


「止めて……ギアさん」


 微かなその声は、求めていたものだ。


「リヴィ……」


「もう、いいでしょ?」


 泣きそうなリヴィの声に、しかし反論する。


「……あいつの、戦士としての矜持が死を求めている」


「なら、どうしてギアさんはそんなに辛そうなの?」


 辛そう?

 俺が?

 後ろを見て、しっかりとリヴィを見た。

 さらわれた時の格好で、髪留めを無くしたのか髪がほどけている。

 緑の瞳は、疲れているだろうに俺をとらえて離さないほど力強い。

 その瞳にうつる俺は、苦々しげな顔をしていた。

 魔人としての戦いへの歓喜?

 そんなものはとうに失われていたのだ。

 魔王様を守れなかった俺は、守れない自分を偽り、戦いに喜びを見いだすように思い込んでいた。

 その本心を、リヴィは見抜いたのだ。


「俺はお前を守りたいんだ」


 誰にも傷つけられぬように。

 今回のようにさらわれたりしないように。


 リヴィはにっこりと微笑む。


「ありがとう。わたしそんなギアさんが大好きだよ。でも」


「でも?」


「わたしもギアさんと一緒に戦いたいの。ただ守られるだけじゃなの。今はそんなことも言えないほど弱いけど」


「そうか」


「だからね。苦しそうなギアさんを見ているのはわたしも苦しい」


 なぜ苦しいのか。

 わかるか?

 前の俺なら、フレアたちなど嬉々として一刀両断していただろう。

 強い相手、激しい戦い、命を削るスリル。

 だが、それでは守れない。

 それが苦いのだ。

 守れなかった自分を、思い起こさせるから。

 それを殺したいのだ。

 その象徴たる襲撃者を皆殺しにしないと、思い出してしまう。

 それは苦しい。


 けれどリヴィは、そう選択する俺が苦しそうと言った。

 苦しみを忘れるための選択をしようとする俺が。


 忘れてはならないのか?


「俺は、この苦しみを、後悔を抱えて生きていかなくてはならないのか?」


 思わず口にだした弱音を、リヴィは笑って受け止めた。


「わたしも一緒に持っていくよ」


「……ッ……わかった、ありがとうリヴィ」


 暗黒鎧と暗黒剣を解除する。

 そして、倒れこみそうになっているフレアのみぞおちに一撃叩き込んで気絶させる。


「ユグ、怪我人の治療と寝床は用意できるか?」


 青い顔をしていたユグは事の成り行きにホッとしたようだった。


「治療はわしとレベッカがおる。寝床は……まあ今日は晴れるじゃろう」


 露天に寝かせることが確定した。


「……ギアさん。ありがと」


 とリヴィはしゃべっている途中で倒れた。


「リヴィ!?」


 どうやら、疲労困憊のうえに殺す気満々の俺を止めるために相当の無理をしていたようだ。


「まったく、無理しやがって」


 そう呟く暗黒騎士の顔が、本当に心配そうで、そして嬉しそうなのをみてユグドーラスは安心したのだった。

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