249.勇者と魔王の談合
「そうですか。確かに勇者が魔王軍の手下に負けるのはまずいですね」
説明を聞いたリヴィが頷く。
「だろう?だから僕の提案は悪くないと思うんだけど」
「悪くないですけど、勇者さんには普通の人の心的なものはあるんですか?」
「わらわはないと思うぞ」
「俺もないと思う」
「ひどい言いぐさだね。それなりにはあるよ」
勇者は苦笑する。
「相手が怒って、話がご破算になることは考えました?」
「いや、いい考えだと思って」
「まわりが見えなくなるタイプですね。よくそれで旅できましたね」
「そうだね。仲間に恵まれたからかな」
確かに、勇者一人だと旅はままならなかったに違いない。
「それで、ギアさんを勇者の仲間だったと宣伝して、魔王軍の所属では無かったと広めるんですね」
「うん」
「それで、ギアさんは納得できずに勇者さんを斬ろうとした?」
「おう」
「ギアさんは自分の感情以外に納得できないことはありますか?」
「そうだな……魔王様への忠誠、仲間たちへの信義が折り合いがつくか、だな」
リヴィがいると冷静になる。
さっきは問答無用に斬ってやると思っていたが。
「なら、人間界はそうなるようにして、魔界で説明をちゃんとすればいいのでは?むしろ、先に作戦の一環でこういう噂を広めるぞ、と報告したほうが誤解を生まなくてすむかもしれませんね」
「ああ、……そうだな」
仲間たちにちゃんと話せばいいのか。
「できます?」
「それは問題ない」
「ならあとは」
「俺が納得するか、どうか、か」
「難しいかもしれませんけど」
「いや、勇者の案で行こう。正直、他の案が思い付かん」
勇者はメリジェーヌをこっそり呼んだ。
「なんじゃ?」
「あの娘が来たら、収まったんだけど。あれは何?」
「リーダーの恋人兼安全弁じゃ」
「なるほど……今後、彼女を同席させればいきなり切り殺される恐れはないね」
「お主も大概な性格じゃのう」
「どうやら、人の心がないらしいからね」
「勇者。さっきはすまなかった。お前の案でいかせてもらいたい」
「気にしてないよ」
「あ、勇者さん。こちらから一つ条件をつけたいのですけど」
リヴィが言ったそれに勇者は何気なく返事をした。
「なんだい?」
「勇者が魔王ギアの配下になるのはどうですか?」
勇者は思考停止した。
勇者が再起動するのを待って、会話も再開される。
というか、俺もリヴィの考えがわからない。
「リヴィ?」
「まあ、任せてください」
「……で、僕が魔王の手下になるってどういうこと?」
「勇者さんはこれからどうするつもりですか?」
「(元の世界には戻れないし)どこかの国で悠々自適に過ごすつもりだけど?」
外に出られないのならそれは幽閉という。
「血沸き肉踊る戦いに身を投じるつもりは?」
「普通の人は嫌がると思うんだけど」
「普通の人はそうでしょうね」
「正直戦っているほうが楽かな」
「そこで魔王の配下ですよ」
「魔王って君だろ」
と、勇者は俺の方を見た。
俺は頷く。
「はい。これからギアさんは魔界に戻って魔王として魔界を支配します」
「この娘は普通にそういうことを言うからのう。末恐ろしい」
「で、魔界の魔王軍は人間界に攻めてきた時の百分の一程度にまで縮小しました。ので強い戦力が必要なのです」
「そうなの?」
勇者はちょっと驚いていた。
かつて八軍団十六万の大軍団であった魔王軍は、いまや魔人部隊千人、暗黒騎士五百の千五百にまで戦力を減じていた。
同盟軍扱いで、俺の私兵であるサラマンディア軍は一万ほど。
それを合わせても少ない。
魔界を治めている軍団とはとても言えない状態だった。
「ふうん。面白そうだね」
「幽閉されているよりも面白いとは思いますよ」
「それにしても、人間界では君が僕の仲間になって、魔界では僕が君の手下になる、か。」
勇者と魔王の談合である。
そのせいで状況が複雑になっているのか。
「どうです?」
「わかった。その条件に乗ろう」
「良かったです」
「それにしても、君。リヴィエールさんでしたっけ。勇者を相手にすごい度胸だね?」
「そんなことないですよ」
「見た目に騙されるなよ勇者殿。この娘は一夜で、小鬼二千と飛竜百と鷲獅子百を全滅させた魔法使いぞ。舐めるとそちらがひどい目にあうやもしれぬ」
「メリーさん、その言い方はひどいですよ」
「だって事実じゃもの」
「事実でも、です」
「一夜でそれって……フランフルートよりも凄いんじゃ?」
勇者一行の英雄である魔法使いよりも上?
俺はリヴィを見るが、どうもそうには見えなかった。
「話がまとまったようゆえ、時間停止を解くぞ?正直、魔力が限界じゃ」
メリジェーヌが魔法を解くと、ゆっくり音が戻ってくる。
この感覚は超集中を抜けた時に似ているなあ、と俺は思った。
「リヴィエールさん?いつの間にリーダーの横に!」
ナギが眉をひそめて言った。
「瞬間移動的な魔法かな?」
ポーザもちょっとイラついた感じになっていた。
リヴィへの嫉妬というよりは、こっちの恋人が失踪したのにそっちでイチャついてんなよ、という呆れの感情のようだ。
こっちのお見舞いが、わちゃわちゃしていると今度は勇者の見舞いが大勢でやってきた。
見舞いというか、説明を求めてきたという雰囲気が正しいようにも見えるが。
「勇者一行が勢揃い、ですか」
勇者一行を見慣れないホイール兄妹が驚いている。
“白月”ユグドーラス。
“紅火”フランフルート。
“藍水”タリッサ。
“碧木”ラウシンハイ。
“黄金”ティオリール。
“黒土”デルタリオス。
“百日”モモチ。
ユグドーラスやモモチは余裕があるようで、俺に目配せしたり手を振ったりしていた。
フランフルートは俺にビビっていた。
そして、残りは勇者に詰め寄った。
「まずはじめに言うけど僕は、リオニア魔導学園出身の白魔導師ユスハ、若い吟遊詩人トネリコ、マルツフェル出身の商人レッカ、ルナノーヴ流の武道家ツァオフーヤー、サンラスヴェーティア出身で総本山で修行を積んだ巡回審問官タルドリーア、冒険者ケルドドーン、東方から逃げてきた元忍者ハンゾウ、その誰でもない」
「ぐ」
勇者の仲間の誰かが、いやほとんどが言葉に詰まる。
「僕としては、だましていたつもりは無かった。けど、結果的にそうなったことは謝る」
すまない、と勇者は頭を下げた。
冷静なのは、以前から勇者の正体に疑問を持っていた忍者モモチくらいで、さっきまで余裕を持っていたはずのユグですら頭を抱えていた。
だから、口を開いたのはモモチだった。
「あなたは何者なんですか?」
「なんて説明すればいいのかなあ」
「お前がこのあいだ言ったことをそのまま言えばいいじゃねえか」
俺は、つい口を出してしまった。
話がこじれたら援護はしよう。
「ギアは何か知っているのか?」
ユグが俺を見た。
俺は頷き「まあ、奴の話を聞いてやれ」と言った。
「わたしたちも聞いていいんですか?」
「お前らの口が堅いことは俺が知っている。いいな?」
最後の確認は勇者へのものだ。
勇者は頷いた。
そして、口を開く。
「僕は天使だ」




