248.赫怒
問答無用でギルドの医療局の病室に叩き込まれた俺と勇者は、寝台に寝かされた。
ギルドの医療魔法使いのレベッカさんに診察してもらい、異常なしと判定されるも、今夜は安静にすることと診断された。
「まるで重傷者の扱いだ」
「そんなに変わらないと思うけど」
確かにお互いに、包帯だらけで重傷に見える。
ただそれぞれの防御力が高すぎて、傷も少ないし、骨が折れたりなんてのもない。
殴りあいをしたために腫れているところはあるが、それもレベッカの治癒魔法と自身の回復力で治っている。
「今日も暑かったな」
「そうだね」
暑かったのは、温度か戦いか。
こんこん、と病室の扉が叩かれた。
「ギアさん、大丈夫ですか」
リヴィの声だ。
「おう。起きてるぞ」
「お邪魔しますね」
入ってきたのはリヴィに、ポーザ、ナギ、ホイール、フォルトナ、ついでにメリジェーヌまで来た。
ドアーズの面々だ。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、無事ですか?」
「無事だが?」
「もう!勇者様と戦うなら先に言ってくれないと!」
これは怒っている。
そういえば、勇者と戦うのは誰にも言ってなかった。
そもそも、大騒ぎになったのはギルドの人間が喧伝したためだ。
俺達は勝手にギルドの裏庭で戦うつもりだったのに、だ。
「いや、すまんかった。久しぶりに会ったら腕試しをしたくなってな」
「ポーザちゃんと依頼探ししてたら騒ぎになって、見に行ったらアレですからね」
「うん。ホントにボクもリーダーどうしようもないな、と思ったよ」
何がどうしようもないのだろうか。
「しかし、勇者様はともかく、リーダーも強いんですね」
とホイールが言った。
お前はサンラスヴェーティアでも一緒に戦ったろうに。
「ホントですね、お兄様」
とフォルトナが言った。
お前もサンラスヴェーティアに居たよな?
「世界停止」
こっそり、とんでもない魔法を発動したのはメリジェーヌだ。
俺とメリジェーヌ以外の時間が止まる。
「また、これか」
「リーダー。久しぶりにおうたと思ったら何をやっておるんじゃ!」
メリジェーヌも怒っているようだ。
「いや、だからな」
「戦いたくなったから戦った?ど阿呆!それで済んだら騎士団も魔王軍もいらんのじゃ」
「何をそんなに」
「暗黒騎士と勇者が戦って、暗黒騎士が勝ったんじゃぞ?」
「おう!」
「そこで誇らしげな顔をするでない。よいか?せっかく立ち直りつつあったこの大陸が再び、混乱に逆戻りするやもしれん。それをわかっておるのか!?」
「……ん?」
「お主のやったことは、魔王軍ここにあり、勇者なにするものぞと広め回るのに等しいということじゃ。いや勇者を倒した以上、もっと悪い結果になる」
「理屈はわかった。わかったが、お前、ずいぶん人間側に肩入れするようになったな?」
「……!?」
そう。
今の口振りだと、メリジェーヌは人間世界がめちゃくちゃになるのを嫌がっているように聞こえるのだ。
竜王であり、以前は魔王でもあった彼女が、だ。
「ん、どうした?」
「お主らのせいじゃ」
「あん?」
「お主らが、ニコの美味い飯を食わせて、わらわを信頼して、先生先生と慕ってくるから」
変化。
それは彼女にも訪れていたのだ。
人間たちが、彼女を(その正体を知ってか知らずか)ちゃんと仲間として扱ったことで、メリジェーヌも人間を仲間として認識した。
守ろうとする気持ちが芽生えたのだ。
「そうか」
「僕に解決策があるんだけど」
「!?」
本気で、メリジェーヌが驚いた顔を見てしまった。
それもそうだろう。
彼女の“世界停止”は時間を止めるというとんでもない魔法だ。
その状態で動けるのは、彼女と彼女が対象にした人物だけ。
今は俺だけのはずだ。
なのに、勇者が口を挟んできたのだから。
「あ、驚かせたのなら謝るよ」
「な、なんで停止された世界で……!?」
「緋雨の竜王、いやコンロンの爆炎姫メリジェーヌ。僕は勇者だ」
「!!!!????…………なんで、その名を!?」
勇者は笑う。
その笑いかたに嫌らしい感じがしないのはなぜなのか。
しかし、コンロンの爆炎姫とはなんだ?
「知ってるさ。竜と人の共存する国家コンロン、その姫君であった君は修行の末に竜に進化し、そしてやがて最強のドラゴンになった」
勇者の語ったのは、メリジェーヌの竜になる以前の話か?
そういえば、魔界から魔導学園に留学しているカレザノフの偽装の一環でコンロン出身というのがあったな。
竜と人が共存する国家か。
「過去を知られるのは心地よいものではないぞ」
「ああ、すまなかったね。僕はただ時間停止くらいなら無効にできる、という話のつなぎに言っただけだよ」
メリジェーヌの中で勇者に不信感が生まれている。
まあ、人間として活動したのが四年程度の勇者に人並みの気遣いができるとは思えないので仕方ない。
「メリジェーヌ」
「むう、リーダーはこいつの肩を持つのかえ?」
「俺はお前の味方だ」
メリジェーヌの顔にぱっと朱がさす。
「な、ならいい」
「君がタラシなのか、彼女がチョロいのか」
勇者が何か呟いているが気にしない。
「で、解決策があると言ったな?」
俺が暗黒騎士であり、勇者がそれに負けてしまった。
それが大陸にもたらす混乱の解決策だ。
「フランフルートにもう一つ勇者の歌を作ってもらう」
「ほう」
「テーマは八番目の英雄にして魔王軍の裏切り者」
何を言っている。
勇者の仲間は七人のはずだ。
「貴様の提案なら上手くいくかもしれぬが、リーダーが承服するかのう」
メリジェーヌはわかっているようだ。
「……どういうことだ」
「暗黒騎士に勇者が負けたのがまずいのだから、その暗黒騎士が勇者一行の一人だったとすればいいってこと」
「俺が、魔王軍を裏切ってお前についたと広める、ということか!」
「そうだよ」
憤怒。
それが俺の中で渦巻いている。
魔王軍は俺の生涯のほとんどを過ごしたところだ。
間違ってもそれを裏切ることはない。
「俺が」
「そういう噂を広めるだけ。君が本当はどうだったかなんてのは別の話だ」
「俺はそんなことはしない」
ふう、と勇者はため息をついた。
「ちょっとキツイことを言うよ。魔王軍を捨てた君がそれを言うのか?それは裏切りと違いはあるのか?」
憤怒が過ぎて、髪が逆立つように思った。
「ここで決着をつけてやろうかッ!」
寝台から飛び降り、無意識に朧偃月を抜こうとする。
闇氷咲一刀流の斬撃で勇者を切り伏せる。
俺の意識にあったのはそれだけだ。
だが、刀は抜けなかった。
「また、怖い顔になってますよ。ギアさん」
強ばっているが、それでも笑顔でリヴィは俺を見ていた。
「リヴィ……」
「驚いたのう。わらわの時間停止を無効にできるほどリヴィのレベルは高くないのに」
「わたしは、ギアさんが困っていたら助けます」
ふっと力が抜けて、俺は寝台に座り込んだ。
リヴィも俺の隣に座る。
「悪い、頭に血がのぼっちまった」
「危うく切り殺されるところだったよ」
飄々と勇者が言う。
こいつに恐怖はないのだろうか。
「で、こっそり何の話をしていたんですか?」
というリヴィに一から説明することになった。




