244.決闘、あるいは再戦
この街で決闘をするなら冒険者ギルドの裏庭だと決まっている(いない)。
昨年の俺とティオリールの決闘は、街的にも大盛り上がりだったという。
そして、今日も夏の盛りだというのにたくさんの人が集まっていた。
木工ギルドが慣れたように客席を作り、そこに人々が座る。
座席に冒険者ギルドが値段をつけて販売しているようだ。
席についた人々へニコズキッチンの売り子たちが、冷たい飲み物と氷菓子を売っている。
「たくましいね。この街は」
「だろう?俺も気に入っているんだ」
不思議と、冒険者ギルドの裏庭の臨時闘技場はそれほど暑くなかった。
勇者が空を指すから見てみると、氷の翼を持つ大きな鳥が飛んでいた。
その羽ばたきが撒き散らす氷の粒が風にのって、暑さを和らげ涼風を運んでいるのだ。
そんなのが偶然来るわけはないから、ポーザの呼び出した魔物か何かだろう。
そういえば、カルザック家でも氷ウサギを放し飼いにしていた。
「暑くてダウンするなんて面白くないからね」
「同感だ」
どうせ戦っていれば熱くなるのだから、最初くらいは涼しい方がいい。
「勇者様、がんばれーッ!」
という声が客席から聞こえてくる。
「人気だな」
と俺は素直に言った。
「ギアさん、がんばれーッ!」
「リーダー、負けるな!」
「負けたら承知しませんわよ」
と、ドアーズの三人娘の応援が聞こえた。
「人気なのは君もだね」
「恥ずかしい戦いはできないってことだな」
「違いない」
二人で闘技場の真ん中に立つ。
そして、お互いに向き合う。
勇者はスラリと剣を抜く。
魔王城での戦いの時にも使っていた聖剣だろう。
銘は確か“アザレア”。
聖剣、神剣と呼ばれる剣はいくつか確認されているが、勇者の使うその剣はほとんど情報が入らなかった。
勇者の話を聞いた限りでは、天使のころから持っていたものかなにかだろう。
こことは違う世界の剣では、情報なんか手に入らないだろう。
「頼むぞ。朧偃月」
魔鉄鋼を鍛えて造られた俺の愛剣がガルグイユによって砕かれた後に、鍛治士デンターによって新たに形づくられた大太刀。
それがこの朧偃月だ。
漆黒の刀身を持つ太刀だ。
偃月の名のようにわずかに反っている。
これは抜刀術において、鞘から抜きやすくするための工夫だ。
速さこそ命である抜刀術において、少しでも剣を速く抜くための工夫は欠かせない。
技術が極まれば、後は武器の性能が物を言うのだ。
そして、この剣は生きている。
生物的なそれではないが、この剣に長年注ぎ込まれた魔力が魂のような働きをしている。
凝縮されて、蓄積された魔力が魔鉄鋼の中で意志を持っている。
その朧偃月の魂と俺は話したことがある。
ちょっと本気を出せばビビってしまう奴だが、武器としての強さは優れたものである。
右手を柄にかけ、左手を鞘、その鯉口に添える。
右足を前に、そして左足をいつでも下げれるようにしておく。
「抜刀術か」
「おう」
「早氷咲一刀流だね」
「妙だな。この流派は一子相伝、もしくは剣魔シフォスしか知らないはず」
当代の伝承者はリオニア王国騎士団の団長であるレインディアだ。
「戦ったことがある」
「剣魔か?」
「いや、その手前で戦った相手も似たような技を使ってきた」
ギアは知らないことだったが、剣魔シフォス・ガルダイアの居館を守る剣士は、剣魔の高弟だった。
そのうちの一人であり、そしてレインディアの剣の師であった彼は、弟子にその剣技の全てを伝えた後、剣魔に戦いを挑んだ。
結局、彼は負けるがその後、剣魔に剣の腕を認められ、その部下になった。
やがて勇者が四天王を倒した時に、その側近たちも倒されたはずだ。
その倒された中に、レインディアの師匠である男もいたのだろう。
そして、勇者はそれを覚えていた。
それだけのことだ。
「戦いを始める合図はどうする?」
「うってつけの人物がいるぞ」
勇者はいまかいまかと待ち受けている客席の中から、一人の男を呼び出す。
ギルド長のユグドーラスである。
「え?わしか?」
「君なら、どちらとも付き合いはあるだろうし、片寄った目で判断することはないだろうから」
「それもそうじゃがなあ」
こうしてだいたいの準備は整った。
一級冒険者ギアと、世界にただ一人の英雄冒険者のリーダーである勇者。
この二人の決闘が始まる。
「始め!」
ユグドーラスの合図で、俺は抜刀した。
初っぱなから全力の神速の太刀。
普通の相手なら、一撃必殺確定の剣だが、勇者はその軌道を正確に呼んで最小限の力を剣に入れ弾く。
軽やかな弾きに、勇者は無駄のない動きで攻撃を加えてくる。
この流れは見たことがある。
ティオリールがやってきた弾きからの一撃。
俺は弾かれた勢いのまま、体を捻り突っ込んでくる勇者に左足で蹴りを入れる。
それがまるで不意打ちのように決まり、勇者は横に吹っ飛んでいく。
ゴロゴロと転がる勇者。
「まずは先制!ドアーズのギア!勇者に蹴りをぶちかましたァッ!」
なんか知らんが実況がついていた。
「これはいきなり高度な技の応酬でしたね。解説のティオリールさん」
「うむ。初撃ギアの抜刀術を勇者は読んでいた。そして攻撃を弾き致命の一撃を入れようとしたがギアの体術が決まったのだな」
「はぁなるほど、この一瞬でそれだけのことが」
なんか知らんが変態が解説をしているぞ。
どうなってる?
立ち上がった勇者を見ると、僕は知らないよというように笑いながら首を横に振った。
そして、次は勇者が突撃してくる。
様々な職業を持つ七人に魂を取り込んだからか、その攻撃は変幻自在だ。
しなりを活かした大斧を振り下ろすような高威力の攻撃、それをかわすとそのかわした先に勇者が先に置いておいた魔法が展開している。
乾いた音をたてて爆発する魔法に体勢を崩される。
そこを正確に狙う勇者の剣、だがそれは大太刀を振るって止める。
無理な体勢から繰り出した大太刀は勇者の剣を止めるには威力が足りなかったようだ。
俺の大太刀は押し戻され、勇者の剛力によって俺は吹っ飛ばされる。
先ほどの意趣返しのように回転を加えられ、俺は床の上をゴロゴロと転がった。
「勇者様の反撃だ!爆発によって転がるドアーズのギア!」
実況の叫び声に呆れながらも、俺は回転をいなして立ち上がる。
脚に力をため、肉食の獣が跳ねるように飛び出した。
勇者は追撃をしようと突進しようとしていた。
俺の復帰が早いことに、驚き、そして楽しそうに笑った。
俺は大太刀を上段から振り下ろす。
そこに金属の感触、勇者の聖剣アザレアが受け止めたのだ。
だが充分な力で突撃した俺と、突撃しようとした勇者。
どちらの力が上か。
もちろん、俺だ。
勇者は押され、じりじりと下がっていく。
さらにプレッシャーを与えるため、俺は攻撃を続ける。
流れるような太刀の連撃に、勇者は防戦一方となる。
と見えたのもつかの間。
勇者は俺の上からの攻撃を受け流し、かつ大太刀を打ち落とした。
さらにその大太刀を足場に跳躍。
太陽を背に、攻撃を仕掛けてくる。
俺は床を切っ先でこするように振り上げる。
空からの剣と地を這いながらの大太刀は、またしても激突した。
火花が散り、その煌めきに俺と勇者の獣の笑みのような顔が照らしだされた。
戦いはまだ始まったばかりだ。




