243.その七人がいたからこそ、勇者は生まれた
「リオニア魔導学園出身の白魔導師ユスハ、若い吟遊詩人トネリコ、マルツフェル出身の商人レッカ、ルナノーヴ流の武道家ツァオフーヤー、サンラスヴェーティア出身で総本山で修行を積んだ巡回審問官タルドリーア、冒険者ケルドドーン、東方から逃げてきた元忍者ハンゾウ。その野営地ではこの七人が亡くなっていた」
「なんだか、妙にしっくりくるというか、別の組み合わせが頭に浮かぶというか」
「彼らの魂というか残留思念を読み取って、僕は天使から受肉し、この姿になった」
そのちょうどいい容姿は、その七人の平均値をとったものだと勇者は言った。
そこまで聞いて俺は気付いた。
今まで会った勇者一行の奴らの、勇者との関係性がおかしかったことを。
ユグドーラスは、勇者を学園の生徒だったと言った。
フランフルートは吟遊詩人仲間だと。
タリッサは、引っ越していった幼なじみだと。
ラウシンハイは同門の武道家だと。
ティオリールは同窓の審問官、デルタリオスは冒険者とか傭兵仲間だと言っていた。
モモチは……言ってなかったか。
ひとりひとりの関係性は、よくあるものだ。
生徒、仲間、幼なじみ。
だが、それが集まるととたんに勇者の輪郭が見えなくなる。
そんな関係性を同時に持っているはずはない。
「お前は、そいつらの人生を乗っ取ったのか?」
「人聞きの悪いことを言う。あくまで結果そうなっただけだし、それに彼らは僕と出会う前に死んでいた」
勇者はその七人の魂をこね合わせて生まれた。
だから、ユグドーラスたちは勇者が自分の知っている人物だと誤認したのだ。
「しかし、偶然とはいえ英雄の知り合いが固まって死んでいたとは恐ろしいものだな」
「いや、それは違う。ユグドーラスたち七人は最終的には英雄と呼ぶにふさわしい実力を持つにいたったけれど、最初はちょっとした才能を持つだけの普通の人だったよ」
「普通の人……それはつまり、お前といたからか」
「君も覚えがあるんじゃない?」
強い魔力を持つものと四六時中一緒にいると、その影響を受けて魔力量が増加することはある。
そして、魔法などの才能が急に拓かれることも。
リヴィのように。
「ああ」
「あの七人の魂はここにあって、その大事な人であるユグドーラスたち七人が無事なことを喜んでいる」
「本人たちがいいなら、いいんだがな……それにしても、人間の肉体を得たとはいえ、よくお前は人間を助けようとしたな」
「それはたしかに。もし、君や魔王殿に先に出会っていたら、九番目の魔将になっていたかもしれないね」
案外、バルドルバあたりをあっさり追い落として、魔人の魔将についていたかもしれない。
「だが、お前は先に人間と出会ってしまった」
「そういうこと。僕は人の姿を得て、そして魔王軍に襲われる人間と出会ってしまった」
そこに攻めてきたのは霊魔将フォルテナアウール率いる精霊軍団だったようだ。
普通の武器が効きづらい精霊の襲撃に、しかし天使の力を持つ勇者は反則的なまでに有効だった。
そうして、勇者の伝説が幕を開けたのだ。
世界を滅ぼす力を持つ天使がたまたま人間界に落ちて、たまたまそれがこの世界への敵対心が薄くて、たまたま野営地で死んだ人間がいて、たまたま魔王軍に人間が襲われていたところに出くわした。
何か運命的なものすら感じてしまう。
だが、それは本当に偶然だったのだ。
「……それで、お前はなんのためにここに来た?」
「知り合いに会いに来た、とか?」
「俺とお前は一度しか会ってない」
それも敵対し、剣を交えた。
「剣と剣の交歓は、時に言葉によるそれよりも通じ会うことがある」
それは同感だ。
だが、勇者とそんなに通じあっていたとは思えなかった。
「通じあった結果、何があったんだよ」
「次の魔王になるとか」
勇者の目は、今までの抜けたようなものから一変して、真剣そのものだった。
「誰にも言ってないんだがな」
「勇者の神という奴がいて、情報をくれる」
その勇者の神とやらが余計なことをしたのか。
勇者の天使時代に仕えていた神とは違うようだな。
「なる、と言ったら」
「もし、それが野心や私利私欲によるなら、勇者の力をもって斬るつもりだった」
「だった……?」
「彼女の笑顔がいつまでも続くように、だっけ?」
それを言った相手は数少ない。
そのため、どういうルートかはわからないが誰が言ったかはだいたいわかった。
「悪いか」
「悪くない。さっきの彼女でしょ?いいなあ」
「勇者ならよりどりみどりだろ?」
「そうもいかない。僕が下手に動くと戦争になる。おかしくない?大陸を救った勇者だよ?こんなに自由がないなんて思わなかった」
「フランフルートあたりについていったらどうだ?」
吟遊詩人であるフランフルートなら自由な旅ができるだろう。
「彼はねえ、独りで歌って楽器弾くのが好きなんだよ。他人の前で歌うのは好きなんだけど、他人と同じ空間にいるのは嫌なんだよね」
「ティオリールも自由だぞ」
「彼はダメ。僕に向けるのが好意でなくて、欲望だから」
「なるほど、それで変態か」
よくそんなのと旅をしていたな。
「まあ、有名税とかいうやつだ。ほとぼりが冷めるまでおとなしくしていろ」
「いつになるやら」
「……それか、魔界に来るか」
「本気で言ってるのかい?」
思わず口から出た言葉だったが、よく考えれば悪くない。
勇者は人間界にいるから不自由なのであって、魔界ではそんなことにはならないだろう。
「まあ、半ば本気だ」
勇者は笑った。
「僕は君たちの魔王を倒したんだよ?」
「強い者に従うのが魔界のルールだ」
「シンプルだねえ」
強ければ文句は言われない。
それが魔界だ。
実際に話したからか、思ったよりは勇者に嫌悪感を抱いていないことに俺は気付いた。
それは、今まで出会った勇者の仲間たちと悪くない関係を築けたからかもしれない。
「はじめは顔を隠すか。暗黒騎士の反対の……白騎士隊みたいなのをつくって……」
「君の気持ちは嬉しいが、僕はしばらくこっちにいることにする」
「そうか?俺はわりといい案だと思ったんだがな」
「君が良くても、僕自身の整理がつかない。天使だったころはこんなこと悩まなかったな」
「人間ってのは、弱いけど強いんだよな」
「どういうこと?」
「簡単に潰せそうで、でもいつの間にか、俺の心を変えている。人間なんてどうでもいいと思ってた俺が、たった一人の笑顔を守りたいと思っている」
「なるほどね。僕の中の七人もそうなのかも。彼らが大事にしていた世界を、守りたいと僕は思っている」
「まさか、勇者とこうやって話す日が来るとは思わなかったな」
「話をいいところで締めようとしているみたいだけど、僕の目的はもう一つある」
「俺への誤解は解けたんだろ?」
「それとは別に、君と戦いたい」
「あ?」
「勇者がただ一人勝つことができなかった暗黒騎士」
「あー」
フランフルートが吟遊詩人として活動している中の持ち歌の一つ、勇者の勲しの中でクライマックスである魔王との戦いの直前に暗黒騎士の一人と戦う場面がある。
そして、その暗黒騎士との決着はつかないのだ。
事実をもとにした物語なので、フランフルートに悪気はないのだろう。
だが、勇者の活躍が広まるにつれて、その物語も流布されていく。
「勇者より強い(かもしれない)暗黒騎士がいるのは、僕的にちょっとやだ」
「まあ、決着をつけるというのは悪くない。あの時は時間が無かったからな」
「時間があったら僕に勝てた、と?」
「さあな」
勇者は不敵に笑った。
俺もどうやら同じような表情らしい。
俺と勇者は戦うことにした。




