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241.酔ったついでに内緒のハナシ

 今夜は泊まってってください、というニコの好意に甘えて俺たちは隣の我が家から着替えなどを持ってきてカルザック家に泊まることになった。

 旅の疲れからか、リヴィとポーザは早々に横になった。


 俺は家から酒を持ってきて、飲んでいた。


「ギアさん。私も飲みたいです」


 朝食の仕込みを終えたらしく、ニコがやってきた。


「強い火酒だが、いいのか?」


「今夜は酔いたいんです」


 本人が言うので、杯に注いで渡す。

 一口飲んだニコは、わ、強い、と言った。


「氷の国のアイスウィタエだ」


「アイスウィタエ……アクアウィタエなら錬金術の命の水なんだけど……蒸留酒かー。ウォッカ的なやつだ」


「知っているのか?」


「近いものを知ってるだけですよ」


 ニコはさすがに全部飲めないらしく残念そうな顔をする。


 ブランツマークの事件の時に、ザドキ村にいた工業ギルドのラッジから報酬がわりにもらった酒だ。

 強いし、酒精と穀物の香りのバランスがいいため愛飲していた。


「無理するなよ」


「……蒸留酒に、柑橘の果汁……こうやってカクテルが生まれるのかー」


 と呟くとニコは立ち上がり、台所でごそごそし始めた。


「どうした?」


「あった」


 ニコはオレンジ色の液体の入ったビンを取り出した。

 そして、それをアイスウィタエの入った杯に注ぐ。


 座ったニコはそれを飲む。

 ゴクゴクと。


「そんなに一気に飲むと……」


「ドライバーのやつ、というよりはソルティっぽい。でも塩ないからブルかなー。あー、きたー、アルコール回ってきたー」


「良い飲み方じゃないぞ」


「いいから、もう一杯ください」


 俺の秘蔵のアイスウィタエが消費されていく。

 ニコはオレンジの液体を注ぎ、今度はゆっくり飲む。


「今夜は……」


「酔いたいんです」


「そうか」


「バカ兄貴」


「お前やっぱり」


「あんなにいい彼女いて、どうして決断しちゃうかなー」


 ニコはどうやら怒っているようだった。

 それもニコのことではなく、ポーザのことで、だ。


「彼女がいて、家族がいて、仲間がいたから、かもな」


「ギアさんはわかってるんですか、兄さんのこと」


「本当にバルカーがそう思ってるかはわからんが……そうだな。弱さというのは、男にとってどうしようもなく忌避したい時がある」


「弱いのは嫌ですか?」


「弱いと言われるのが嫌、かな」


「人の目を気にする」


「カッコつけてるだけかもな」


「どうしてギアさんは暗黒騎士になったんですか?」


「なんだいきなり」


「いや、みんなあまりにも自然に受け入れているから、一度聞いてみたかったんです」


「自然に……そうかな……そうだな。ここの人たちは簡単に俺を受け入れてくれたな」


「リヴィエールちゃんはああいう娘だから、ギアさんの中身を見たんだと思います。だから、彼女の友人としてギアさんが本当に悪い奴じゃないか、知りたいんです」


 ニコの俺を見る目は、普通の人間のものとは違っている気がした。

 まるで、この世界の者ではないかのように。


 だから、俺もまじめに答える。


「俺が暗黒騎士になったのは、周りを見返すためだ」


「周りを?」


「魔界では純血と混血の差が大きい。それは貴族と平民よりもはるかに」


「わかります。続けてください」


 魔界の用語を人間にわかるように置き換えて説明することはよくあった。

 しかし、ニコはどうやら全て理解していると俺にはわかった。

 その微妙なニュアンスも訳さずに伝える。


「俺は奴隷だった。そこから逃げ出して、魔王軍に入った俺は少しの幸運と血の滲む努力を経て士官になった」


 剣魔、師匠に弟子にしてもらえた幸運。

 前宰相、反逆者ルシフェゴの臨終にたちあったことで魔王様に目をかけてもらえた幸運。


「奴隷身分から士官、それだけでもすごいですね」


「だが、それじゃ足りない。上を目指す野心はまだ俺を突き立てていく」


 ギア、君は魔王軍の中でどうありたい?

 いつだったか、魔王様にそう聞かれたことがあった。

 それは単なる進路の希望を取るだけの質問だったろう。


 その時、俺の脳裏に一人の人物の死に顔が浮かんだ。

 その言葉とともに。


 暗黒騎士になりたいのか?


 それは呪縛のように俺の思考を誘導して、質問に答えさせた。


 暗黒騎士になりたい。


 魔王様は驚いた顔をした。

 暗黒騎士は純血の魔人しかなれない。

 それはわかってる。

 そして、その言葉は呪縛から生まれたものだが、しかしその衝動は俺自身のものだ。


 君ならなれるかもしれない。

 余は、それにふさわしい者を任命するだけだ。


「魔人にとっての英雄ヒーロー。それが暗黒騎士だ。奴隷でも、混血でも、成れると俺は信じた」


「それほどまでに欲したものを、あなたは捨てた」


 辛辣なように聞こえるが、それは事実だ。

 俺は頷いた。


「冒険者になりたかった」


「ラゴニアでも言いましたけど、冒険者なんてあんなもんですよ」


 辛辣というよりは真実を、ニコは口にする。


「すがるものを失った俺は、無理を重ねて届いた地位を恐れたんだ」


 冒険者になりたい。

 それは暗黒騎士から、その重圧から逃げたい俺の弱さの裏返しだったのかもしれない。


「今は、何にすがってるんですか?」


「さあな……だが、望みは持ってる」


「望み」


「リヴィを笑顔に」


「彼女は笑ってますよ」


「いつも。そして、いつでも……彼女の周りがいつも笑顔でいられる世界を」


「あの娘は私の友達です」


「ああ」


「彼女のためといいながら、彼女にすがっているのではないですか?」


「自分の頭で考えろ、と……ある友人に言われた」


「そうですね。そのお友達は正しいです」


 ウラジュニシカはそう言った。


「俺は責任を果たさなければならない」


「責任とは?」


「魔王様が亡くなって、俺は逃げた」


 冒険者になろう。

 魔王軍なんか知ったこっちゃない。

 暗黒騎士はやめだ。


 それは逃げる言葉だ。


「けど、過去はどうあっても俺を追いかけてくる」


 魔獣軍団とジレオン、ギリアのガルグイユ、ウラジュニシカ、マシロと彼女に取り込まれた継承者たち、バルカーを連れてったドラゴンもそうだろう。


 俺は知っていたはずだ。


「面倒なことは放っておくともっと面倒になる」


 だから。


「俺は魔王になる」


「今度はリヴィエールちゃんの笑顔を犠牲にするんですか?」


「いや。もう俺は逃げない。魔王になって、魔界を治めて、人間とのいさかいを鎮めて、ついでに冒険者になって、そしてリヴィが笑顔でいられる世界を作る」


「なんでもかんでも、全部できると思いますか?」


「全部やる。やるっきゃないだろ」


 これだから男の子は仕方ないなあ、とでも言うようにニコは笑った。


「カッコいいですよ」


「そうか?」


「リヴィエールちゃんがいなきゃ惚れてました」


「……そうか」


「あ、ちょっと待ってください」


 ニコは耳に手を当ててなにか呟いた。

 すねないでください、とか言っている。


「神の加護ギフトとやらか?」


「え?あ、そういう設定でしたね」


「設定?」


「そんな便利なものなんかないですよ」


「ん?どういうことだ」


「料理の腕も、知識も、何もかもこれは私のものです。誰かに与えられたものではありません」


「そんなバカな」


「私は別の世界からの転生者です」


「……そんなバカな」


「何も不思議なんかないですよ。ギアさんも魔界から来たんですよね。魔界の暗黒騎士と人間界の女の子が付き合ってるんです。別の世界からの転生者がその友達でもなんにもおかしくないですよ」


 なんだか頭がぐるぐるしてきた。

 飲みすぎたか?


 これは内緒ですよ、と最後にニコが言った気がした。

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