24.余裕の源は、あの鎧だった
結果。
小鬼の軍団は全滅した。
唖然とした表情のポーザは、戦闘開始から今まで動くとすらできていない。
数は力だ。
しかし、それを凌駕するのが暗黒騎士だ。
暗黒騎士の全力を出せる暗黒鎧と暗黒剣を装備している俺は千単位の敵でも相手ができる。
「う、嘘です……小鬼の氏族まるごと倒されるなんて……」
「小鬼の氏族が恐れられる理由を知らないらしいな?」
「え?」
「小鬼王によって強化された大群だからこそ、小鬼の氏族は恐れられる。これは怪物一覧にも書いてある冒険者にとって基本中の基本だ」
だから、ただの数でしかない小鬼の氏族など恐れるに値しない。
常套手段が通じない、とわかったポーザは慌てて、フレアに声をかける。
「……ッ!……フレアさん!あれをやりましょう。もう手はそれしかないです!」
俺の抜刀術をくらって昏倒していたフレア他メルティリアの面々がようやく立ち上がった。
「どうやら、そのようだ。まったく軍務卿には後で文句を言わねばならないな」
フレア、そしてポーザを含むメルティリアのメンバーはまだ余裕がある不敵な顔をしている。
切り札がある、のだろう。
だから、俺は警戒を崩さない。
たとえさっきの小鬼どものような弱い手札でも、投入のタイミングでは状況を一変することができるのだ。
「冒険者の暗黒騎士さん。あなたは確かに予想外でした。けれど、私たちはあなたを倒すことができます」
「ふう。能書きはいい……やれるものなら、やってみろ!」
「いいでしょう。行きますよ、皆さん……“聖印”!」
ポーザが発動したのは“聖印”の魔法だった。
本日二回目。
リオニア王国騎士団の奥の手である。
メルティリアのメンバーであるフレア、ナ・パーム、バーニン、フォコ、ポーザの五人の体を黄金に光輝く鎧が包み込む。
「……」
「どうやら、言葉もないらしいな!?俺たちの力を三倍以上に引き上げる聖印の秘技。それをパーティ全員で行い、貴様を倒す!」
フレアが黄金の炎を吹き出す槍を手に叫ぶ。
さっきまでのうちひしがれたような顔が嘘のようだ。
借り物の力であそこまで自信満々になれるのは正直うらやましい。
「フレアさん!もう遠慮はいりません。倒しましょう!」
「わかった、ポーザ!行くぞメルティリア!あの暗黒騎士を冥府へ送り返してやれ!」
おう!という返事とともにメルティリアは連携を開始した。
最前線を受け持つ魔法槍術士フレアを、弓使いナ・パームと魔法使いバーニンがサポートし、付与魔法使いフォコがそれぞれの力を引き上げる。
魔物操士ポーザは攻撃の合間合間に、魔物を召喚し俺へ向かわせる。
一体一体は弱くても、肉の壁として召喚された魔物は厄介だ。
超攻撃特化の“メルティリア”は徐々に俺を押していく。
ように見えただろう。
光輝く鎧に身を包み、戦場を飛び回る五人へ。
「暗黒」
静かに、だが力強く俺は魔法を唱える。
効果範囲は単体、これを五体同時発動。
“聖印”の効果ですぐに“暗黒”は打ち消されるが、その一瞬で充分だ。
早氷咲一刀流の連続攻撃“吹雪”でナ・パーム、バーニン、フォコ、ポーザの四人を斬り倒す。
そう、“メルティリア”は超攻撃特化パーティだが、攻撃に特化し過ぎている。
弓使い、魔法使い、付与魔法使い、魔物操士、これらはみな後衛なのだ。
騎士や戦士、などのような防御力の高い鎧を身につけているわけじゃない。
そう、防御力が高いわけじゃないのだ。
弓使いは動きを阻害される金属鎧を好まないし、魔法使い系は金属が魔力の動きを乱すと信じている。
そして、あの“聖印”の光輝く鎧は俺の攻撃を止めることはできない。
四人は俺の剣を受けて、倒れた。
だが致命傷にはなっていない。
鎧が砕けて、ダメージを軽減したようだ。
うん、鎧が砕けてもすぐに動けたレインディアはやはり団長職なだけある。
倒れた四人は動けない。
ただ一人、回避したフレアは苦々しげな顔で俺を睨んでいる。
「貴様……!」
「派手なことをして失敗して、お前もリギルードもかなり評価が下がるだろうな。……軍務卿とやらの、な」
「お前を殺せば帳消しだ!」
さすがに前衛、そして一級を間近にした冒険者だっただけあってフレアは強い。
聖印の力で引き上げられたそれは、リギルードにも匹敵する。
しかし、それはリギルード程度でしかない、ということだ。
「なぜこんなことをした?」
攻撃に余裕がある俺はつい問いかけた。
「なぜ?なぜ、だと!?」
暗黒の剣と燃えるような槍が衝突する。
攻撃と攻撃の間に、俺たちの言葉が交わされる。
「言いたくないならいいんだが」
単なる気まぐれなのだ。
「俺は、俺たちは強くなる。そのためには弱かった過去を消さなければならない」
「?」
感情に火がついたように、フレアの攻撃は激しさを増す。
「弱い俺たちは、もういらない。もう二度と」
その激昂具合は普通じゃなかった。
何かがトリガーになって感情を操り、強さを上昇させているように見える。
「感情の変化を魔力に変換するトリガー型魔法……だと、なかなか高等な技術だが……そんなものを仕込んでるわけはなんだ?」
「俺を見ろ!強くなった俺を!」
感情の変化によって生まれた魔力が、フレアに仕込まれた魔法によって身体能力を強化させている。
そのため、フレアの槍は強く重く速くなり、その槍がまとう炎は熱く激しくなっていく。
その炎は聖印の鎧を飲み込んで、烈火のごとく輝かせる。
「こいつと戦う者へのメッセージ、か?仕込んだのは王国騎士団……ではないな」
こんな魔法を他者に仕込めるのは、神や魔王、それにドラゴンなどの上位種だろう。
そこで、俺は気付く。
「ドラゴン、か」
こいつら“メルティリア”は一級冒険者に昇格するために、ドラゴン討伐を請け負った。
そこで何かがあったのだ。
「ごちゃごちゃと!」
「性格の悪いドラゴンに当たったようだな。精神攻撃でも食らったか?」
「五月蝿いッ!」
図星のようだ。
ドラゴン討伐に出掛けた“メルティリア”の四人は、性格の悪いドラゴンと戦い、凶悪な精神攻撃を食らい、しかし勝った。
だが、戦闘中にトリガー型魔法を仕込まれた。
それが示すメッセージは、そのドラゴンは「まだ生きている」ということだ。
“メルティリア”が勝った、という事実が何を示しているのかはわからないが、まだ裏がありそうだ。
そして、激昂し、激怒し、憤怒に支配されたフレアの強さは、余計なことを考えていては遅れをとるほどに上昇した。
片手持ちだった剣を両手で持ち、集中の度合いを増す。
連続して放たれる突きを的確な防御でいなす。
もはや言葉を発することもなく、悪鬼のような顔になったフレアは達人のような槍さばきを繰り返す。
俺の左胸を狙って繰り出される槍を剣で受け流す。
しかし、流した槍を信じられない力でフレアは引き戻す。
その槍は俺の左腕を強打する。
そのせいで、剣を持つ手が緩み、攻撃が外れる。
すかさずフレアが振りきった槍を戻す。
まとわりつく炎が赤い残光を描いて、俺の右側面を襲う。
防御が間に合わず、右の肩当てがドロリと熔ける。
物理的な攻撃は防いだが、付加効果の炎は防げなかったようだ。
燃える炎をまとったフレアは、そこを俺の弱点と見て重点的に攻め始めた。
余裕の無くなった俺は、その攻撃を防ぎつつ、そして忘れかけていた魔人としての戦い方を思いだし始めていた。
 




