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239.過去の断片、魔界の常識

「なぜ、アクラを殺した?」


 魔王の言葉に、ギアは不思議そうに主君を見た。


「奴は敵です。そして、魔王様に弾かれて大いに隙があった。殺せるなら殺すべきです」


 うんうんとシフォスが頷いている。

 それはそうだ。

 魔王軍は残虐、冷酷、非道を成すというイメージがついている。

 そうしなければ、魔界の強力な諸種族に舐められる。

 そうなると、反乱が続いてしまうのは目に見えている。


 だが、それはメリジェーヌと、前の魔王と何が違うのだ?

 魔王トールズはそれが嫌で、新たな魔王になろうとしたのに。


 しかし。

 仲間も、部下も、魔界の生物の本能である力を持つ者が全てを支配するという思想に染まっている。

 負けた方が、死んだ方が悪い。

 隙を見せたら死ぬのは当たり前。


 魔王などと名乗っていても、その本能はどうにもできないことに魔王は気付いた。


「どうした。何か殺してはいけない理由があったのか?」


 汗を流して考え込んでいた魔王に、シフォスが声をかけてきた。


「あ、ああ。いや、奴から反乱軍の情報が聞き出せないか、と思ってな」


 なんとか絞り出した声と言い訳に、シフォスとギアはハッとした顔をした。


「確かにな。お前がほとんど倒したとはいえ、反乱軍の残りがまだいるかもしれないしな」


「私の思慮が足りませんでした」


 と、ギアは頭を下げた。

 傷だらけの彼に謝られるとなんだか申し訳ない気になる。


「いや、これは妖鬼の問題だ。ガラルディンに対処させよう」


「それがいいじゃろう」


 新宰相のドーマが魔王を探しに来たのはそのころだった。

 ギアはもう瀕死だったので、治療班を呼び運ばせた。


 魔王は、剣魔、宰相と共に居館へ向かう。


「余は、あれを取り立てればよいのか?」


「いや。功績に見合った地位をくれてやれ」


「ルシフェゴの影響とやらはあったのか?」


「さあな。だが、お前も見た通り、勝ちのためなら命も賭けるような小僧だ。それだけは変わらん」


「四十を過ぎても、剣魔にとっては小僧か」


「当たり前じゃ。お主も魔王という肩書がなければ小僧呼ばわりするぞ」


「じいにとっては、余もまだまだ小僧ということか」


 それにシフォスは答えなかった。


「陛下。今回の論功行賞ですが」


 ドーマの言いたいことはわかっている。

 妖鬼の大部分は魔王軍の支配下だ。

 侵略でないために、得たものはない。

 そのために功績をあげた者への報酬は、自腹になる。

 どこまでをどうするかを決めねばなるまい。


「こたびの反乱の責を、ガラルディンにとらせよ」


「陛下!しかし、それでは妖鬼族から不満が噴出する恐れがありますが」


「妖鬼族の不満はアクラ達によってすでに吹き出したあとだ。それに厳罰を科せとガラルディンに命ずることで、魔王軍への恐怖を他種族に与えつつ、妖鬼の不満はガラルディンに被ってもらう」


「なるほど。わかりました。その方向で調整します」


「魔王軍百人隊隊長ギアに、敵将ウラ、アクラ討伐の功を讃え、五百将へ格上げ。適当な財貨も与えよ」


「ギア……申し訳ありません。その者の名を私は知りません」


 ピシっとシフォスが怒気を放ったことに魔王は気付いた。

 弟子思いな彼にクスリと笑いながら、魔王はドーマに言った。


「先ほど私たちと一緒にいた傷だらけの男だ」


「……ああ、あれですか」


「敵五百を百で迎え撃って、ただ一人生き残った男だ」


「……!?……そんなことが?私が見た限り、あの男は雑種ハーフだったように見えましたが?」


 純血の魔人なら五倍程度の戦力差はないも同然だ。

 魔王ほどの強者が出れば、一対万の戦いでも魔王が圧勝する。

 それは、さきほど魔王本人が証明した通りである。


 だが、その戦力を保証する膨大で潤沢な魔力を混血児は持っていない。

 もちろん、並みの生物よりは多いだろうが、純血の魔人と比べると無いも同然だ。


 だからこそ、ドーマは驚いた。


「魔法は使っていない。単純な武力で、だよ」


「もっと信じられません」


「そこの、剣魔の弟子だ」


「それなら、まあ」


 ふむ。

 混血の魔人の能力の低さ、というイメージを、剣魔の指導という付加があれば払拭とまではいかないが、納得はできるというレベルまで帰ることができる、か。


「次に功績をあげたのはそうだな。トールズという魔人だな」


「ええと、魔人トールズ。その者はどういう活躍を?」


「ふむ。アクラ本隊五千を撃滅、敵支隊計二千を撃破だな」


「七千を一人で……って、陛下本人じゃないですか!?」


「そうだな。まさか魔王が魔王に褒賞をもらう訳にはいかんな。余は辞退しよう」


「当たり前です」


 呆れたようなドーマのセリフに、魔王は笑う。


 居館の執務室にたどりつくと、ドーマは戦いの処理をするためにそこを離れた。


「気が付く奴だな」


 背を向けて去っていくドーマを見ながら、シフォスは魔王に言った。


「ああ。次官の時から有能だった。あれと並ぶのは、ギアと同じくらいの年の……確かボルルームとか言う名前の文官くらいだ」


「文官には興味はない」


「だろうな」


「ふん。俺は帰るぞ」


「ギアの様子は見なくてもいいのか?」


「勝った。そして生きている。他に知りたいことなどない」


「じい、らしいな」


 剣魔はそのまま出ていってしまった。

 自分の都合で、魔王を戦場に引っ張り出したあげく、用がすめば帰ってしまう。

 それを可能にする四天王という役職は、ほとんど彼のために設置された。

 それが許される実力を持つためだ。


 魔王は、ため息をついて天井を見上げた。


 妖鬼の反乱はひとまず片付いた。

 だが、まだまだやることは多い。

 魔王軍を率いるカリスマとして魔王の仕事はまだ多い。

 その仕事量に、思わずでたため息に魔王は憂鬱になった。



 ギアが完治したのは三ヶ月後だった。

 失った腕の再生医療に時間がかかったようだ。


 そして、彼は魔王軍立士官学校に入学することになった。

 下士官である彼が、これ以上の地位を得て魔王軍内でのしあがるためには、階級の差を越えなければならない。


 百人将は下士官の最高の階級であり、それを超えるにはちゃんとした士官の知識、教養を持たなければならない。

 そのための士官学校である。


 魔王直々に五百人将の位を授けられたギアだが、その位に登るには資格がない。

 報酬の一部として、士官学校への入学資格を得たのだった。


 前例が無いわけではない。

 魔王軍の下士官の優秀な者が、士官になるために士官学校に入る。

 純血の魔人の兵の数と、必要とされる士官の数は後者の方が多い。


 下から登ってくるものも魔王軍には必要なのだ。


「彼の実家からは?」


「サラマンディア家ですか?特にアクションはありませんでしたね」


「どうでもいい、ということか」


「私の印象としては魔人のプライドが家庭人としての彼を覆い隠している、という感じですかね」


 ルシフェゴが自分の後継者として推薦してきただけあって、ドーマは優秀で、かつ魔王の思考を読むことのできる人材だった。

 時にキレすぎた前任と違って、魔王が不快に思うようなことは慎むこともできた。

 まあ、間違いは間違いと指摘する度胸もある。


「魔人のプライド、か」


 そのプライドは、ここ数百年で形成された者だ。

 それ以前は、ドラゴンによって魔人は純血だろうと混血だろうと虐げられてきた。

 それをはね除けたのは純血の魔人である魔王その人である。

 だから、純血の魔人には素晴らしい力が眠っているし、同族の魔人たちもそれを誇りに思っている。


 それが少し行き過ぎているように魔王は感じていた。

 家族を、息子のことを祝うのにもメンツが邪魔をするというのは、やり過ぎでは、とトールズは思った。


 とまれ、今の魔王にはどうにもできないことではあったが。

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