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236.過去の断片。その死によって動かす者

「暗黒騎士になりたいのか?」


 魔王軍魔人兵団の一部隊にいた俺に、話しかけてきたのは誰だったのだろう。

 当時の俺は、魔王軍の中の雑兵中の雑兵だった。


「いいえ」


 と、俺は答えたはずだ。


 暗黒騎士とは、魔王の親衛隊。

 精鋭中の精鋭。

 純血の魔人の、そのさらに選ばれたものだけがなることを許された魔人の花形の職業だ。


 雑種の、奴隷上がりの、雑兵などなれるはずもない。


「私たちも、そうだったよ」


 と、その人物は俺に言った。


「世界にはドラゴンが闊歩していて、私たち魔人の地位は低くて、どうしようもなかった」


 魔人の地位が低かったころ?

 それは、どれほどの大昔のことなのか。


「たった六人で、私たちは現状を変える旅をはじめた。そして、それはある程度なった」


 彼は上を見上げた。

 そして、誇らしげに魔王軍本営の建物を見上げた。

 それは自分たちの作り上げたものがいかに立派で、素晴らしいものであるかを示すような、そんな顔だった。


「どれほど難しくて、遠くて、出来なさそうなことでも、できる。必ず、諦めなければ夢は、希望は、未来はつかめる」


 もう立っているのも辛そうに、彼はずるずるとよりかかった壁から座り込んだ。

 壁には、その滑ったあとに血痕が塗られている。


「君も、そうだ。どれほど今が辛くても、諦めなければ君はなりたいものになれるから」


 彼は、ゆっくりと目を閉じた。


「ああ。冷たいね。魔界はこんなにも冷たい。世界の裏側ってだけでどうしてこうも冷えきっているのかな……」


 それきり、彼は動くことを止めたようだった。

 純血の魔人は半ば不死の存在だが、死ぬことはある。

 彼は、死ぬことを選んだ。

 それがなぜかは俺にはわからなかった。


 ともあれ、それが魔王直属の宰相にして、反逆者ルシフェゴの最期だった。


 魔王の信任厚い彼がどうして、反逆者と呼ばれることになったのか。

 どうして、その最期を俺の前で過ごすことになったのか。


 それは後にルシフェゴ内乱と呼ばれた事件だ。

 流布された話はこうだ。


 魔王はその権力が確立するに従って、その功臣を疎ましく思い始めた。

 四天王であった狩人ヨンギャを突如引退させたことや、水魔の神官レトレスを側から離したことなどがその傍証だという。

 そう、思い込んだルシフェゴは叛旗を翻した。

 しかし、あまりにも突発的なそれは誰の賛同も得られずに、暗黒騎士団長のゼルマンの剣によって討たれることで終わった。


 後にヨンギャの引退は病気が重くなったこと、またレトレスは神官の仕事に専念したいという本人の希望だったことが明かされ、ルシフェゴは考えすぎたのだと判断された。

 誰も傷つけることのなかった彼の反逆は、本人の死によって罪が償われたと魔王は発表し、彼の名誉は保たれることになった。

 また、彼の後任である宰相職には宰相府次官であったドーマという青年が就くことになった。


 これを期に魔王軍の組織が一気に変革されたことを覚えている者は少ない。

 暗黒騎士団。

 四天王直属兵団。

 七魔将軍団。

 魔王軍中心部隊。

 それらがきっちりと区別され、魔王の任命した指揮官によって統帥される組織。

 これ以上の反逆者を出さないための組織。


 反逆者ルシフェゴを生み出してしまったことを教訓として、魔王の意志が隅々まで伝わることを意図した編成になったようだ。


 その影響は俺にも及んだ。


「ギア。お前を百人隊長に任命する」


 魔人としては若者の四十歳の時に、俺に言い渡されたのはそんな命令だった。

 士官学校を出てない雑兵上がりが就ける階級としては最高の地位である。

 普通なら、もう軍に居られない老齢のものか、士官学校の新卒の士官がなるような地位だ。

 ここ最近の、軍内部の変革の気配は俺も感じていた。


 異例の人事ではあったが、それほど喜びは無かった。

 同輩である百人隊長は、こないだまで大先輩であった大ベテランか、気位は高いが経験が足りない新米士官ばかりだ。

 最前線で剣を振るうだけの一兵卒だった俺には正直荷が重い。

 面倒だ。

 だが、泣き言を言っても始まらない。


 当時、魔王軍は妖鬼族の反乱軍との戦いを繰り広げていた。

 妖鬼将ガラルディンは鬼の中でも強くそして若かった。

 魔将の地位を得るため、種族の中でかなりの無茶をしたらしい。


 それを不満に思った妖鬼の実力者アクラが思いを同じくする鬼どもを引き連れて、蜂起していたのだ。


 新任で、実績のない俺の部隊はその妖鬼反乱軍の主力であるアクラ隊の先駆け部隊と相対することになった。


 本来なら、百人隊長の上には五百人将、千人将、将軍と上官がいるはずのだが、最近の変革で命令系統がこんがらがっており、俺達は単独でアクラ先駆け隊と戦う羽目に陥っていた。


 敷いていた方陣は、敵の何度目かの突撃で切り裂かれていた。

 指揮系統は崩壊し、俺の周りにはなんとか生き残った魔人の兵士たちが何人かいるだけだった。


「我々の勝ちだ」


「それはどうかな」


 妖鬼反乱軍の先駆けの将ウラに俺は、不敵そうに見える笑みで返す。


「わからぬな」


「何がだ?」


「わしは、妖鬼の中でもそれなりの実力者と自負しておる。わしが率いる先駆け五百もまた、妖鬼の実力者の集まりぞ。本隊からはぐれたごとき百人隊など蹴散らされて当然。恥でもなんでもない。拾った命を大事に逃げるがよい」


 ウラのその言葉に何人かの兵士が逃亡する。

 ウラは逃げた兵を追うことはしなかった。


「諦めなければ、夢も希望も未来も手に入れることができるのだそうだ」


「恐怖で壊れたか?」


「いや、俺を突き動かしているのはなんだろうか、と思ってな」


「そうか。猶予は終わりだ。その衝動の意味を知らぬまま死んで行け」


 ウラは、突撃を指示する。

 頭のおかしい百人隊に時間を費やしている暇はないのだ。

 魔王軍自体は妖鬼反乱軍の何十倍もの規模の大軍だ。

 一分一秒だって無駄にはできない。


 地鳴りのような音を立てて迫りくる妖鬼の群れに、俺は叫び声をあげて突っ込んでいった。

 剣の師匠、シフォス・ガルダイアいわくこちらが一人なら敵が百人でも千人でも同じ、どうせ死ぬから雄叫びをあげて切って切って切りまくるのみ。

 それはどうしようもない時の討ち死にの作法であると師匠は言っていたが、今の俺には勇気をもたらす言葉だった。


 こっちから逆に突撃してくるとは思ってなかったであろう先駆けウラ隊は、先制攻撃を許した。


「斬!」


 振り下ろした剣は驚いた顔のウラの肩口に吸い込まれ、その心臓をぶった切った。


「お、のれ!?」


 どうっと倒れたウラの亡骸を踏みつけ、俺は跳躍した。

 その後ろで驚愕の表情を浮かべた鬼を踏みつけ、その首を折る。

 剣は、ウラの体に置いてきてしまったので、首を折った鬼から槍を拝借する。

 もちろん、返す気はない。

 不意打ちで二体倒せたのは僥倖。

 後は隊長であったウラを失った衝撃から立ち直るまでのわずかな時間が勝負。


 地面に降り立った俺は、大きく踏み込んで目の前の鬼に槍を突き刺した。

 喉を貫かれた鬼は、槍の柄を掴んだまま事切れる。

 その槍を手放し、目の前の鬼の亡骸から蛮刀を抜き、後ろへ思い切り振る。

 迫っていた鬼が一体、両断される。


「そこまでだ!」


 両側から槍を持って突進してきた二体の鬼。

 このままでは左右から串刺しになる。

 俺は、左手で目の前の槍の柄を握り思い切り引っ張る。

 喉を突かれた鬼の死骸がごろりと倒れ、左側の鬼にもたれかかった。


「ゲンギル!?貴様!」


 その鬼の怒号を無視して、右側から来る鬼へ蛮刀を振るう。

 槍の穂先を切り落とし、返す刀でその鬼を斬る。

 首に入った刀身は、鬼の命を奪ったが首の骨を断ち切るには威力が足りず、俺の手から離れた。

 地面に落ちていた切り落とされた穂先を拾い、左側に投擲する。

 ゲンギルの死骸から這い出てきた鬼の顔面に穂先は突き刺さり、その命を奪う。

 もがき苦しむ鬼から槍をかすめ取り、俺は次の相手の方へ走った。

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