234.止めることのできない決意。少なくともボクには
「なんで?」
と白竜の娘であるフェイルは俺に聞く。
信じられない、という表情がありありと浮かんでいた。
魔王軍を編成するにあたって、竜族の協力は必要不可欠というのが魔界の共通認識だった。
それほどまでに竜族は強力な存在だった、はずだ。
「自主的な協力なら受け入れる。だが、俺の魔王軍は強制的な編入はいらん」
「???」
「それで、魔王軍がやっていけると思われますか?」
疑問で頭がいっぱいになっていたフェイルの代わりに、ヴェインが聞いた。
「魔王軍が人間界侵攻に舵をきったのは、その戦力が過剰だったせいだ」
「それは……興味深い意見ですね」
俺のその推測のもとになっているのは、かつて共に戦い、そして敵として戦ったニブラスの騎士ウラジュニシカの語った予想だ。
過剰になった戦力が内乱に向かわないように、外へ向けたのが人間界侵攻のそもそもの発端だった。
と、ウラジュニシカは考えていた。
「最低限の戦力があれば、魔王軍はそれでいい」
「全体を圧倒するのではなく、全体の中で一番であればいい、ということですか?」
「まあ、そうだな」
「それで済む、と?」
「さあな」
「新天地を知った魔界の人々の征服欲を抑えきれると?」
「こっぴどく人間に撃退された恐怖もある」
「恐怖を怒りに変えて、狂暴性を増すのは魔界に住む者ならよくあることですよ」
「歯向かうなら、俺が叩きのめすさ」
「あなたが勝てない相手でも、ですか?」
「聖竜騎士を倒せる実力があればたいていはなんとかなるさ」
「むう。確かに」
「それにな。お前らは不満のようだが、俺は全継承者もしくはその力を取り込んだ者を倒している」
竜。屍者。妖鬼。精霊。虫。吸血鬼。樹人。鉄小人。蜥蜴人。石人。エルフ。鳥人。巨人。夢魔。海魔。獣人。
そして、人間。
それぞれの継承者を俺は倒してきた。
敵もいた。
友人もいた。
知り合いも、知らない奴も。
十七の魂が、俺が魔王となるのを支えている。
その遺志を全うするため、俺は俺の望みを叶えなければならない。
「負けるわけはない、と?」
「俺はその覚悟だ」
「わかりました。フェイル様、いいですね?」
「私は負けた身だ。意見などあろうはずもない」
ヴェインは俺を方を向いた。
「竜族は、魔王ギアの王朝に協力します。魔界の平穏を望もうとも、大乱を望もうと、その一助とならん」
「竜族の協力、嬉しく思う」
「では、フェイル様。これで我々の目的が達成しましたね」
「……目的?」
ぽかーん、とした顔のフェイルに、ヴェインは呆れたような表情を隠さない。
「ゴウエン殿を倒せる人間界の強者について、緋雨の竜王メリジェーヌの復活について、次代の魔王について、この三点の調査を言いつけられましたでしょう?」
「そうだっけ。人間界に強い奴がいるから倒してこい、だったんじゃないっけ?」
「……そんなわけないでしょう」
「まあ、達成できたなら結果オーライだよ」
「まあ、いいですけど」
竜族同士の話し合いが済んだようなので声をかける。
「で、お前らはもう帰るのか?」
「はい。長老様に調査結果を伝えねばなりませんから」
「そうか」
「あ、ええと魔王様?」
フェイルが前に出てきた。
「な、なんだ?」
「この度は失礼なことをいたしました。どうぞ、お許しください」
地に頭がつかんばかりにフェイルは頭を下げた。
「おい」
「まだ百六十九年しか生きてない小竜のしたことです。どうか、どうかお許しください」
困った。
こんなに謝られるのは本当に困る。
困った俺は、ヴェインを見る。
「フェイル様は、魔王様がさきほど見せた殺気に、実はびびっていたんですね」
「び、びびってないから。敬意だから」
「そうか、怖がらせて悪かったな」
「怖くなんてないですから」
「というか、お前。俺と同い年じゃないか」
百六十九歳。
人間なら三回くらい人生を送っている長さだし、純血の魔人なら脂の乗ってきた歳になる。
ドラゴンだとまだ子供か。
「ええ?同い年でこんなに強さに差が……なんか自信なくなっちゃう」
「戦闘の濃度が違うだけだ。ドラゴン、ことに白竜のお前の方がポテンシャルは高いだろうな」
混血の魔人としては、俺の強さはもう限界だろう。
装備や魔法でもう少し上乗せできるかもしれないが、素の力はこれ以上成長しない。
ドラゴンのフェイル、十代でとんでもない魔法を使うリヴィやナギの方がもっと強くなれる。
俺と同じ時間があれば、俺を超えていくことなど容易いと思う。
このタイミングでは俺が一番強い。
ただ、それだけだ。
「じゃあ、もういいですね。行きますよ、フェイル様」
「あ、うん。では失礼します、魔王様」
彼は、もう決断していた。
だから、これは必然で。
ただ、あまりにも自分しか見ていなかったから他の者がどう思うかなど想像していなかった。
彼は声をかけた。
「待ってくれ」
と。
空へ飛び立とうとしたフェイルとヴェインは声の主へ振り向いた。
「えっと、私たち?」
「ああ」
バルカーは覚悟を決めた顔で、ドラゴンたちを見た。
「何の用?」
俺には屈服したが、ドラゴンは誇り高い種族である。
人間の子供に呼び止められて、それでも相手を切り裂かないのは俺の仲間だからだろう。
しかし、バルカーは何を?
「俺にあんたの武術を教えてほしい。俺を連れてってくれ」
「バルカー!?」
一番、驚いていたのはポーザだ。
今にもバルカーが消えてしまいそうだとでも言うように、彼の腕をつかんでいる。
「人間を私たちの世界に連れてけって?」
そんなことできるわけない、とフェイルは言った。
「俺は強くなりたい。強くならなきゃいけない」
「だから無理」
「俺を連れてってくれ」
「バルカー、落ち着いてってば」
目を細めて、バルカーを見ていたヴェインが口を開いた。
「君が強くなりたい理由には興味はないが……君は一度死んでるね?」
「ああ」
去年のフレアとコロロス、そして炎竜人の事件の時、バルカーはそのドラゴンに殺された。
タリッサの仕込んでいたアイテムか何かの効果で蘇生したらしいが、死んだのは確かだ。
「ドラゴンに殺されてなお、我々の教えを請いたい、と?」
「ヴェイン。こいつを連れていくつもりか?」
フェイルは信じられない、と言った。
「フェイル様。この者に対してドラゴンは借りが一つあります。出来る願いなら叶えてやらねばなりません」
「しかし」
「しかしも何も、これは神聖な契約とでも言うべきものです。殺されてなお、仇敵の同族に師事を願うというのですから」
「……そう言われては、私は反対する言葉を持たないぞ」
「ちょっと待って!ダメ、絶対!バルカーは行かせない!」
いつもの雰囲気とまったく違うポーザが、バルカーの腕をつかんで離そうとしない。
困ったようにバルカーは笑う。
「俺、行くよ」
「行くよ、じゃないッ。ちゃんと話し合おう?焦って行くことない。そうでしょ?」
「もう、決めたんだ」
「ボクより大事なのかよ!」
「……ごめん」
ポーザは震えながら、バルカーの腕を放した。
「もう、バルカーなんか知らない。勝手にしろよッ」
「ごめんな、ポーザ」
「謝るなよ。もう行けよ……行けってば」
ポーザはバルカーに背を向けた。
顔は見せないが、砂浜にしみが広がっていく。
バルカーは俺の前に立った。
「師匠……すいません」
「男の決めたことに異を唱えるほど野暮じゃねえ。だが、人ひとり泣かせたんだ。途中で帰ってくんなよ」
「はい」
「それと、ドアーズの前衛はお前の場所だ。空けておく」
「あざっす」
そうして、ヴェインの肩につかまり、バルカーはドラゴンとともに空へ消えていった。




