231.心配する人、させる人、そして小鬼
夜になってはしゃぎ疲れたリヴィたちがロッジで寝てしまったあと、バルカーは一人起きて外の焚き火に当たっていた。
眠いのは眠いが、寝付けない。
遊んでていいのか、と言う不安が心をざわつかせる。
このままでいいのか。
それはいつも、バルカーの胸にわだかまっている。
師と仰ぐギアは修練を重ねるほど、はるか高みにいるように思えた。
強くなった、それはわかる。
けれど、強くなるにしたがってギアの強さがわかってくる。
どこまで行っても届かない、焦燥。
幼なじみだったリヴィも、いつの間にか炎の魔法の達人となっていた。
モンスターの大群も、ドラゴンすらも倒すことのできる魔法を使う彼女にちょっと強い拳を持つだけの自分はかなわないだろう。
追い越された、不甲斐なさ。
恋人のポーザも、年下なのに自分より経験豊富で頼りになる女性だ。
辛いめにあったことは聞いたし、それをなんとかしようもしたことも聞いた。
けっして諦めない彼女を誇りに思う、と共にそれにくっついているだけの自分が、惨めになる。
ナギも、ホイールも、フォルトナも、自分より頑張っている。
上を行っている。
先へ進んでいる。
いつまでも、バルカーだけが足踏みをしているようだ、と感じてしまう。
正直いちばん堪えているのは妹の成長だ。
料理人になって、店をもって、商会をつくって、外国の商人と交渉して、何よりも食べた人を感動させる料理をつくっている。
それはバルカーには出来ないこと。
やろうとも、思わなかったことだ。
人を殴ることしかできない自分に価値がないと、バルカーは思っていた。
その殴ることすら、他人に劣るものでしかないなら。
生きている意味すらないではないか。
焚き火を見ながらそういうことを思う。
「お悩みのようゴブですね」
焚き火に当たりに来たのは、小鬼のゴブさんだった。
ポーザの使う魔物の一体で、少なくともリオニアスの冒険者ギルド襲撃の時には使役されていた古参の魔物だ。
ポーザと出向く依頼の中で、この小鬼と共闘することはよくある。
そういえば、とバルカーは思い出す。
魔力量アップの修行だかで、平時でも小鬼を呼び出しっぱなしにしているとか聞いたことがある。
今回も、冒険や危険な旅ではないからか、呼び出しているのだろう。
「悩んで……る、んだな。うん、俺は悩んでる」
「自分が一番弱い」
「それだ」
「ゴブはそんなこと気にしないゴブよ」
「なんでだ?」
口には出さないが、ゴブさんはポーザの使う魔物の中で下から数えた方が早い強さの持ち主だ。
「強さと弱さは相対的なものゴブ」
「難しい言葉を使うな」
そんなに難しいことは言ってない、とでも言うようにゴブさんは目を細める。
不思議だ。
まったくの異種族である小鬼の表情がわかる。
慣れたからか。
理解しようと思っているからか。
「比べるから違って見えるってことゴブ」
「うーん?」
「たとえばゴブは、主様やその親分と比べたら弱いゴブ」
もちろん、主様のつがいであるバルカー君よりも、とゴブは言った。
主とはポーザのことで、その親分はギア師匠のことだろう。
どうして、そういう表現になったのだろう?
「まあ、そうだな」
「でも、小鬼族のなかでは圧倒的にゴブは強いゴブ」
「そうなのか?」
「そうなのゴブ。基本の小鬼であるにもかかわらず、平均ステータスは上位種の戦闘小鬼を凌駕し、攻撃と防御にいたってはさらに上位種の妖鬼に近い値になっているゴブ」
「ゴブさんってすごいんだな」
正直言って、ゴブさんのことを舐めていた、侮っていたとバルカーは思った。
よくよく考えれば当然だ。
ポーザが修行の為に常時呼び出している、ということはゴブさんも常時、こちらに来て戦っているということだ。
ポーザは勝てない相手には(なるべく)手持ちの魔物を当てない方針なので、ゴブさんは負けずに経験値を手に入れていた。
その結果が、その強さということだ。
「そうなのゴブよ。けれども、どあーずの中では最下位にいるゴブ」
「そうだな」
師匠、メリジェーヌさん、リヴィエール、ナギ、ポーザ、ホイール。
比べるべくもない才能。
「強さは相対的。だからこそ、己の役割をしっかりと認識して負けないために立ち回るのが役目」
「……」
バルカーはじっとゴブさんの顔を見た。
「ど、どうしたゴブ?」
「どっからがゴブさんの意見で、どっからがポーザの意見だ?」
ゴブさんは緑の顔を白黒させて、ちらちらと向こうを見た。
「ほとんどゴブさんの意見だよ」
ロッジの方からやってきたポーザがそう言った。
ゴブさんはすっと立ち上がって、ロッジの方へ行ってしまった。
どうやら、ロッジの見張りをしていたらしい。
そこで、ポーザにバルカーの様子を見てくるようにでも言われたのだろう。
「で、なんでゴブさんの口を借りて、俺に意見するんだ?」
「言っとくけど、ゴブさんの言ったことは完全にゴブさんの意見だからね?ボクは……私は翻訳しただけ、だよ」
「自信を無くした俺に、それを取り戻させようとか?」
「あのねえ。一緒の部屋で……その、一緒の寝台で寝てるのに、夜中に居なくなったらわかるでしょ?」
「それは、まあ、そうだけど」
「彼氏の心配、してるんだよ?」
焚き火の灯りを反射したポーザの瞳に、バルカーはドキマギする。
この年下の先輩に、いつもバルカーは心を揺らされるのだ。
目をそらして「ありがとな」とバルカーは言った。
「そろそろ、寝よ。海で遊んで疲れたでしょ?」
「……だな」
悩みは晴れていない。
けど、ポーザの心遣いを無にするわけにもいかないので、バルカーは立ち上がった。
そして、二人でロッジに戻っていった。
都市国家群の一つであるブランツマークにある冒険者ギルド支部。
そこに、先代のブランツマークの領主であったギュンターはいた。
ザドキ村の遺跡調査で顔見知りになったギルド職員のゲールズ青年と茶を飲んでいる。
息子に領主の職を譲ってはいたが、実は爵位はそのまま保持していた。
もともとのブランツマーク伯の他に、以前仕えていたベルトライズ王国の将軍位と伯爵位を持っているからだ。
ベルトライズ王国自体が落ち目だが、爵位は爵位である。
つまり、今のギュンターは無職で、貴族で、冒険者見習いということになる。
「冒険者になる手続きというのは案外かかるもんじゃのう」
ギュンターの言葉に、ゲールズは困ったように笑う。
「それはギュンター様が名のある方だからですよ」
「貴賤の別なく成れるのが冒険者ではないのかね?」
「とは言えど、まさか領主から冒険者になるような方の前例が無くてですね。揉めてるらしいですよ、マルツフェル」
突然出されたギュンターの冒険者登録申請に、ブランツマークも対応範囲に置いているマルツフェルの冒険者ギルドは上へ下への大騒ぎらしい。
冒険者となるのはまあいい。
そうしたら、どのランクから始めるのか?
普通の冒険者のように五級から?
まさか、都市国家群の英雄たる白銀伯ギュンターがそれでは納得しまい、ギルド長権限で二級冒険者にすべし。
しかし、元とはいえ領主に高位冒険者になられたら、原則国家からの干渉を受けない冒険者ギルドに影響力を持たせられることになるのはいかがなものか。
などなど意見が噴出、まとまらない状況だった。
というわけで、いまだにギュンターは正式な冒険者ではなく見習いという扱いであった。
「私は領主の権力なんか全部ゆずったから、ギルドに圧力をかけるなんてしないんじゃがなあ」
「本人がそう言っても信じられないでしょうね。特にマルツフェルの人たちは」
「そういうものかのう」
ふと窓の外を見たギュンターは北の方へ向かう二つの白い発光体を見つけた。
高速で通りすぎていったそれは、シルエットだけならドラゴンのように見えたが、よくわからなかった。




