23.火のち小鬼、そののち戦い
「魔王軍の暗黒騎士!?」
現れるはずのないモノが現れた時、今まで余裕の笑みを見せていたフレアから笑みが消えた。
「ようやく来おったか。またせおって」
ユグドーラスは疲れたような笑みを浮かべる。
「すまない。待たせたな」
俺は騎士団の駐屯所で見えた爆発に、全速力で向かった。
暗黒騎士の鎧をまとったままだったが、解除している時間は無かったし、鎧をつけて駆動した方が速くたどり着ける。
到着したギルド前は混沌としていた。
辺り一面に小鬼の死体が転がり、冒険者たちが倒れ、ユグドーラスとレベッカが満身創痍で立っている。
そして、見覚えがない冒険者パーティが四人。
建物が燃えているのはまずいので、消し飛ばしておいたが。
これはどういう状況なのだろうか。
「いったいどういうことだ!ユグドーラス!まさか魔王軍と手を組んでいたのか!?」
赤と黒の入り交じった髪色をした若い男が激昂したように叫ぶ。
「はは、説明が難しいのう」
ユグは困ったように頬をかく。
「俺が話すよ」
俺はおそらく敵であろう青年に向かって口を開く。
「俺はギア。元魔王軍所属の冒険者だ」
「……?……わけがわからない。なぜ、魔王軍の暗黒騎士が冒険者をやっている?」
「魔王軍は一部残党を除き人間界から撤退した。俺は魔王軍から離脱し、この世界で冒険者として生きていくことを決めた」
「ふ、ざけるな!!お前たちは人類の敵だろうが!?」
「と言われてもな。今は、俺は、違うとしか言えないな」
激昂した青年は、困惑した顔をしていたが、やがて冷静さを取り戻した。
「わかった。魔王軍とリオニアスは手を組んでいた。だからリオニアスは陥落しなかった。さきの襲撃も何かの策謀だ。つまり、お前たちは全員倒す」
冷静といえば冷静だった。
ただ間違った結論に全振りしていたが。
「落ち着くのじゃ、フレア。ギア殿は人間の味方じゃ」
ユグが青年をフレアと呼び、諌めようとする。
が。
「“メルティリア”!目標、リオニアスの冒険者戦力の殲滅」
「了解」
と、弓使いナ・パームと魔法使いバーニン、そして付与魔法使いフォコが同時に了承の返答を返す。
「へぇ、パーティのリーダーの指示に即時了解か。なかなか連携できているな」
「感心している場合か」
俺が感心しているとユグがたしなめる。
「こっちは、俺とあんたと、レベッカさんか?」
「いや、レベッカは……」
元冒険者のレベッカは治療魔法を使えるが、現場から退いて久しい。
小鬼との戦闘から、前線に出ていたがもう限界を迎えていた。
「わかった。リオニアスタンピードと一緒だな」
「うむ」
ユグは杖を持ち、精神を集中する。
俺はその前に立ち、構える。
「別れの挨拶は済んだか?この、裏切り者め」
フレアたち“メルティリア”の面々が攻めこんでくる。
「ユグ、奴らはどういうパーティだ?」
「パーティ名“メルティリア”。二級冒険者で構成されておる。魔法と槍術の使い手フレアをリーダーとし、速射の弓使いナ・パーム、魔法使いバーニン、という攻撃役を付与魔法使いフォコが底上げする攻撃特化パーティじゃ」
「ふうん。悪くない」
攻撃特化。
なかなか良い響きだ。
近距離、遠距離、魔法とバランスの取れた攻撃手段、そしてそれらを増幅する付与魔法使い。
なるほど、もしバルカーの言ったことが確かなら、彼らならドラゴンも倒せるかもしれない。
そして、それはもう三年前の話だ。
魔王軍の侵攻開始に巻き込まれて、死んだと思われていた“メルティリア”。
何をしていたかは知らないが、この間まったく成長していないはずがない。
強くなっていると見るべきだ。
二級冒険者クラスではなく、一級、あるいは英雄級に達している可能性もある。
悪くない。
全力でやれる。
王国騎士団長レインディアは剣速だけならば、勇者を超える。
彼女との戦いは楽しめた。
が、リギルードに止められたために不完全燃焼だったのは否めない。
もっと戦いたい魔人の本能は満足していない。
こいつらと戦うことでどうにかなればいいのだが。
一番先に槍で突進してきたフレアと剣を合わせる。
うむ、十分に重い。
そこへ、死角から矢の雨が降り注ぐ。
まあ、暗黒鎧なら直撃しなければ致命傷にはならないだろう、と判断し、直撃コースを避ける。
避けたところへ、炎魔法が発動する。
発動速度が速く、コストと威力のバランスがいい“着火”。
しかし、それだけだ。
魔力を注ぎ込んで強化しているわけでもないただの魔法では、暗黒鎧の魔法防御を突破できるわけがない。
事実、直撃したように見えた“着火”は俺に何の痛痒も与えずに効果を終了した。
ナ・パームとバーニンの顔が強張る。
自分たちの攻撃が効いていないことを悟ったためだ。
その間も、フレアと二度、三度と剣と槍が合わさる。
鋭く重い槍は俺の剣と互角に渡り合う。
幾度かの攻防のあと、フレアは距離をとった。
そして。
「気に入らないな」
と吐き捨てる。
「なんだよ?」
「貴様は、俺たちを対等な相手とみなしていない。ただ、自分の力を思う存分振るえて嬉しい、そうだろう?」
「……否定はしない」
「なら、貴様も同じだ。あの、ドラゴンと」
そういえば、と俺は“メルティリア”は一級冒険者になるためにドラゴン討伐の依頼を受けたことを思い出す。
ドラゴンは討伐できた、と聞く。
ならば、その戦いで何があったのか。
だが、よくよく考えればこいつらは敵だ。
それだけだ。
ユグは昔の繋がりはあるだろうが、俺にはない。
ただ、倒すだけだ。
「それがどうした」
俺は闇氷咲一刀流“霜踏影”を繰り出す。
原型である早氷咲一刀流の“霜踏”と同じように、神速の抜刀術に加えて、神速の踏み込みによって威力と速さを増す攻撃だ。
さらにそこに魔力による爆発的な上乗せ。
見ることすら出来ず、フレアは俺の剣撃に直撃し吹き飛んだ。
ただの一撃で勝敗は決まった。
「ぐ……」
と、フレアが槍を支えに立ち上がる。
「まだだ。魔族め、俺は負けない……今だ!!」
俺の注意を引き付けて、フレアは指示を出した。
「魔物操作」
と場にそぐわない幼い声が響いた。
フレアの後ろから顔を覗かせたのは、声の印象どおりの少女だった。
三角帽をかぶり、紫色の長いローブはぶかぶかだ。
そして、彼女が警戒する相手だと気付いたのは、声に呼応したように現れた小鬼の群れを見た後だった。
「くっ!障壁」
咄嗟にユグが発動した障壁が小鬼たちを押し戻す。
「お初にお目にかかります。王国騎士団特務部隊“メルティリア”所属の魔物操士ポーザと申します」
ニヤニヤと笑う少女は、そう名乗った。
その後ろには爛々と目を光らせる小鬼の群れ。
ユグの障壁に押し戻されても、まだまだ小鬼はいる。
「やれやれ、こいつが街道に現れた小鬼王の氏族か。魔物操士といったな?お前がこの氏族を乗っ取ったってわけだ」
俺の質問にポーザと名乗った少女はニヤニヤとした笑みをさらに深くした。
「はい。総勢四百体の大きめの氏族を王国北の大森林で見つけましたので、乗っ取ってみました」
「聞きたいことは色々あるが、ともかく全員ぶちのめしてからだな」
決着まではまだまだ長そうだ、と俺は新手の出現にため息をついたのだった。




