228.竜族の使者、来襲
その晩に出された夕食は、非常に美味かった。
どこか異国風の香りがするどろりとしたソースを、炊いた米麦にかけたものだ。
スパイスの香りと辛味が舌を刺激して何杯でも食べられそうな料理に仕上がっている。
食べていくうちに、これはマルツフェルのメルキドーレ商会で食べたニコの料理の香りと同じものだと察する。
リヴィに確認すると、その通りでマルツフェルで仕入れたスパイスを調味料とともに固形にしたものをニコにもらったのだという。
カレールーとニコは命名したらしい。
それを野菜と肉を煮込んだスープに入れると、このような味と香り、とろみがついたソースになるのだという。
今夜はリヴィ、ナギ、ホイールの三人で作った料理だ。
うまいうまいとバクバク食べるバルカーを見て、女子たちは優しい目で見ている。
おかわりと出される皿を、仕方ないなあという顔をして米麦とカレーソースを持ってくる。
それがなんだか、ほほえましい。
「ギアさんはおかわりどうですか?」
「そうだな」
最初の一杯は大盛だったが、まだ入りそうだ。
おかわりを頼む。
リヴィは笑顔で皿を受け取る。
「いっぱい盛りますね」
「頼む」
「バルカー君、まだ食べる?」
隣では、三杯目を平らげたバルカーにポーザがいそいそと寄り添っている。
「おう!」
「あんまり食べ過ぎると寝れなくなるよ」
こないだみたいに夜更けまで起きてるとボク困るよ、とポーザが言う。
バルカーは困ったような顔ですまんと言う。
この二人に一体何があったのだろうか。
「兄上、おかわりどうですか?」
「いや、もう大丈夫だ」
「そんなこと言わずにもういっぱい食べてください」
「私が少食なことを知っているでしょう?」
「兄上様用に特別製なんですよ!」
「……リンゴ、玉ねぎ、イラクサ、甘草、ニンニク、サフラン、マンドラゴラ、カカオ豆、バニラ、鹿角、といったところか」
食材名を列挙するホイールにフォルトナはビクリとした。
「に、ニコさんの特別レシピ通りに作ったのに、なー」
「みんな媚薬ですね」
「食べてないのになんで!?」
「取り分けられたソース、そして他の方々の皿との差異、転がっている食材と香りを勘案すればおのずと答えはでます」
「じゃあ食べてくれますか?」
「なんでそんな結論になるか、わかりませんね」
このあとも、なんとか(媚薬入り)カレーを食べさせようとするフォルトナと食べようとしないホイールの押し問答が続き、最終的にバルカーが食べた。
「海を渡るのは大変でしょう?いっぱい食べてくださいね」
「ナギさん、私にはちょっと多いような……」
ちょこんと座っていたアペシュ(幼体)に大盛カレーをナギはどんと置く。
親友へのねぎらいの気持ちがあふれている。
「いっぱい食べてくださいね」
「あ、はい。わかりました」
拒否する選択肢はないようだ。
和やかな夕食は終わり、その日はお開きになった。
ギアたちのいる暖かなリオニア北の海域から、はるか南。
そこに屹立する山がある。
その名をアルシア山。
標高1600メートル、古代の遺跡が散見されるくらいでめぼしいもののないこの山に訪れる者はあまりいない。
冒険者以外は。
その山中にある洞窟にドラゴンが住み着いているというのは有名な話だ。
数年前に二級冒険者パーティに討伐されたという話もあるが、また新たなドラゴンが住み着いたとも言われる。
ただその新しいドラゴンは王国に協力的らしく討伐依頼は出ていないようだ。
そこに住むドラゴンは実のところ管理者だ。
人間が竜を崇めていた教団の聖地であるその洞窟の。
遥か昔にはその聖地でドラゴンに認められた人間は、竜に進化することができるとして巡礼者が絶えなかったと聞く。
管理者ドラゴンはその日、異変を感じた。
最近訪れたのは王国の騎士団長を名乗る女性とその部下だけである。
数ヶ月前に訪れてから修行と称して頻繁に来るようになった。
管理者も外出するわけにもいかないため、暇であった。
その暇を潰せる機会はありがたかった。
だが、これはそれではない。
今から来ようとしているのは、人間ではない。
竜世界と人間界を繋ぐ門。
それが向こうからゆっくりと開いているのだ。
ドラゴンは好んで人間界には来ない。
来たところで竜が楽しめる娯楽もないし、満足できる量の食べ物があるわけでもない。
逆に闘争を求める竜は魔界に行く。
ドラゴンでも倒せない強者が魔界にはいるのだ。
だから、こんな風に向こうから誰かが来ることは少ない。
いや、管理者の知る限り初めてだ。
門が完全に開いた時、そこには二翼の白竜がいた。
白竜は竜の上位者たる古竜に最も近いドラゴンとされ、竜族の中でも指導者階級につくことが多い。
その白竜が二翼。
管理者は小山のような身を縮めて、白竜たちの道を開けた。
「ふわぁ、人間界というのはずいぶん遠いのだな」
「そうですね。竜世界の一番近い門からでも十里ほどありますから」
白竜たちは自然に人の姿になっていた。
先に喋った方は、人間で言うと十代後半の少女の姿をとり、後に喋った方は二十代前半の青年の姿になる。
どちらも美形で、銀の瞳と髪をしている。
少女の方は軽装で、人間の武道家のような、道着にも見える衣装だ。
青年は甲冑をまとっており、騎士のように見える。
そして、どちらも頭部に白い角を生やしている。
竜族は他種族に変化できるが、竜の誇りを失わないために頭部の角だけは無くさないのだ。
「ん?そちはここの管理者か」
管理者ドラゴンは平伏して「はは!」と返事をする。
「我らは次代の魔王を探しておる」
「次代の魔王!」
「どうやら人間界にいるようなのです。何か情報はありますか?」
少女と青年からかわるがわる質問されて、管理者は閉口する。
ずっと引きこもっていた彼には、人間界の情報はあまりないのだ。
下手したら竜世界のお偉いさんのほうが詳しいのでは、と彼は常々思っている。
ましてや魔王のことなど知るよしもない。
そこで、彼は最近ここに訪れている人間のことを思い出した。
「申し訳ございません。私はそれについて何もわかりませぬ?しかし、リオニア王国の騎士団長が何か知っておるやもしれません」
「ほう。大国の騎士団の中枢にコネクションがあるのか。こちらの世界でもちゃんととっておるのだな、感心感心」
なんか誉められた。
「その騎士団長のレベルはどれくらいですか?」
青年騎士から聞かれる。
「42です」
騎士団長は最初ここに来た時より強くなっている。
レベルにして、10近く。
40を超えれば人間では英雄と呼ばれるほどの強さだ。
「ちと低いが人間にしてはまあまあか」
「そろそろ参りましょう、フェイル様」
「うむ。行こうか、ヴェイン。では情報感謝する」
管理者が「はは!」と返事する間に二翼の白竜は飛んでいってしまった。
「これは大変なことになりそうだ」
と管理者ドラゴンは呟いた。
フェイルとヴェイン。
それは、竜族の長老たる古竜の孫と、次代の竜族の長になるとされる聖竜騎士の名だからだ。
フェイルはまた、魔王軍の竜魔将であったデルルカナフの姪にあたり、若い竜であるにもかかわらずその武力はデルルカナフに匹敵すると言われている。
聖竜騎士ヴェインも、そのフェイルに並ぶかやや劣るくらいの実力はあるだろう。
自分で情報を流しておいて、管理者ドラゴンは弟子的扱いをしていたレインディアたちの無事を祈った。




