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227.良い、魔王

 魔界の話を終えた俺は、遠くの空が赤く染まっていることに気付いた。

 日が暮れようとしている。


「そろそろ、アペシュの背中に戻るか……?……リヴィ、どうした?」


 見ると、リヴィがまっすぐな瞳でこちらを見ていた。


「ギアさんは、魔王になったらどうなりたいですか?」


「さあな。魔王になる、とは言ったがどうも俺の思っているそれとは違うようだしな」


 魔界の唯一王。

 というイメージだった魔王という称号は、世界規模の迷宮ダンジョンである魔界のボスを示すものらしい。

 そして、魔王はまた魔界で最強の存在を示すもの、ではないとも聞いた。


「ちょっと質問を変えますね。ギアさんは魔界をどういうふうに導いていくのですか?」


 竜王メリジェーヌは、魔界を暴力と恐怖で支配した。

 その結果、彼女の死後、魔界は分裂した。


 魔王様、魔王トールズは諸種族連合軍を率い、圧倒的な戦力で魔界を統一した。

 だが、各種族の力が強くなりすぎたため、魔王様の死後、魔王軍はバラバラになった。


 友好的に、手を取り合う、と口にするのは簡単だ。

 恐怖も、暴力も、カリスマも、魔王という存在が無くなれば共に消えてしまうのだ。

 友好的、というそれも様々な理由でいとも簡単に失われてしまうだろう。


「俺の望みはただ一つだ。リヴィが笑ってすごせる世界。ただそれだけを望む」


「それは……とっても難しいですよね」


「ああ」


 彼女が笑えるためには、彼女の周りもまた笑顔でいなければならない。

 その周囲も、その周囲も。

 彼女の関わるもの全てが、不幸であってはならない。


「魔界も人間界も、みんなが笑ってすごせる世界」


「難しくて、遠くて、ちゃんとできる方法があるのかもわからない」


「わたしは本当ならギアさんがいるだけでいいんです。学校に行かないでギアさんが魔界に行くっていうならついていきますし、冒険者として過ごしていくならそれでもいい。けど、ギアさんの望みがそれなら、わたし自身もわたしが嫌だな、悲しいなって思うことを無くしていかなきゃならないんですよね」


「そうだな」


「そのための方法はわからないです。でも、冒険者であること、学園で学ぶこと、ギアさんと出会ったことがそうなる方法であればいいな、って思います」


「……俺は、リヴィと出会わなくても魔人の継承者に、魔王になっていたと思う」


 あまりにも、魔王様を敬慕していたから。

 リヴィと出会わなければ、冒険者としての始まりが今よりもっとひどいものになっていたと思うから。


「……」


「その魔王はおそらくは暗黒と力で全てを滅ぼしてしまうものだったろうと思う」


 リオニアスでフレアたちメルティリアと戦った時。

 どちらかが死ぬまで決着をつけようとしていたことを、俺は覚えている。

 魔人の本能たる他者を従わせる、滅ぼすそれを俺は自覚していた。

 リヴィが止めなければ、そうなっていた。


「悪い魔王になっていたんですね」


「魔王は悪いものだろう?……少なくとも人間にとっては」


 魔人以外の魔界の種族にとっても、かもしれない。


「わたしが笑ってすごせるために、他者の不幸を無くしたいと思うギアさんは良い人ですよ。だから、そんなギアさんがなるのだったら、それは良い魔王、ですね」


 不思議な言葉だった。


 良い、魔王。


「なら俺は、その良い魔王を目指していくしかないな」


「はい。わたしもついていきます」


「笑えないこともたくさんあるかもしれない」


「わたしだけが笑っていけるわけないじゃないですか。いいんです。最後に笑えれば」


「まあ、リヴィがちゃんと学園を卒業できたら、だな」


「難しくて、遠くて、ちゃんとできるかわかんないです」


「それは俺のセリフだろ」


 リヴィが俺の声真似をしている。

 そのクオリティがあまりにも残念だったから、俺は思わず笑ってしまった。


「なんで笑うんですか。ひどいです」


「俺もお前の前では笑っていたいいからな」


 なかなか来ない二人をバルカーとポーザが(いつまでもイチャイチャしているのにイライラしながら)呼びに来るまで、二人は話を続けたのだった。


 この旅行に合わせて、アペシュは背中の広場に木製の宿泊施設を建てていた。

 リビングとキッチン、寝室は四つ。

 なんでも、今回の旅行が決まった瞬間に亀魔獣ザラタンに命令して建てさせたらしい。

 見かけによらず、手先が器用な亀魔獣たちに驚いた。

 俺とリヴィ、バルカーとポーザ、ホイールとフォルトナ、ナギで別れる。

 ナギだけは一人だが、人間形態のアペシュが訪れるらしい。

 異類婚姻譚のようだな、という感想を抱いたが特に口には出さなかった。

 よく考えたら、人間と魔界大王亀なのだから異類婚姻譚そのものだということに気付いたからだ。

 本当に、アペシュがナギを娶るのか、ナギがそれを受け入れるのかはわからない。

 本人次第だ。


 それとホイール兄妹は同じ部屋で良いのかと聞くと。


「良くないですね」


「良いです」


 と見事に別々の言葉がハモった。


「どっちだ?」


「私とフォルトナは兄妹ですが、私は間違いませんが、何があるかわからない。できれば別室でお願いします」


「間違えます!兄上が大好きです」


 倫理的になんだかマズいことを言っているフォルトナと被害を受けそうなホイールがちょっと心配になった。

 結果的には、学園で同じクラスであり戦友のナギの説得で、フォルトナは(この旅行中の兄への夜襲を)諦めた。

 バルカーとポーザは問題ない。

 俺とリヴィも、だ。


 夕食は女性陣が作ってくれた。


「なんだか実地研修を思い出します」


 リヴィが手際よく野菜を切ったりしていくのを見て、ナギとフォルトナはなかなかやるな、という視線を向けた。


「一組は交代で食事を作ったんでしたっけ」


 フォルトナはかまどに火を入れ、鍋に入れた水を沸かしはじめた。

 アペシュがろ過してくれる美味しい水が無尽蔵に出てくる。


「そうです。みんなあんまり料理ができなかったんですけどね」


 研修の時の夕食の惨状を思い出しながら、リヴィはいくつかの種類の根菜を一口大に切っていく。


「二組は専属の料理班を置きましたの。おかげで彼女らは無傷で一週間を過ごせましたわ」


 ナギは話ながらも、細切れにした肉に下味をつけていく。


「ナギさんは倒れちゃったんでしたっけ」


 鍋が沸きそうなので、ざく切りにしたネギの球根を別の鉄鍋でリヴィは炒めはじめた。

 調味料を加え、飴色になるまで炒める。


「そうなんですの。最初にはりきりすぎたんですわ」


 ナギも別鍋で肉を炒める。


「私が力不足だったせいで、ナギさんにはご迷惑をかけてしまったんです」


 フォルトナの鍋もぐつぐつ言い始めたので、リヴィが切った野菜を入れて煮込み始める。

 根菜に火が通るまで待つ。


 やがて、野菜に火が通り、飴色玉ねぎも鍋に投入。

 さらに炒めた肉も投入、そのまま火にかけられぐつぐつと煮込みられていく。


「いえ、フォルトナがいたから二組の決定的な分裂が避けられたと思いますわ」


「ナギさん……」


 リヴィが鍋の様子を見ている。

 その間に、ナギとフォルトナは使った器具を洗ってしまう。


「ニコちゃんじゃないですけど、料理スキルはとっておいて損はないと思いますよ」


 リヴィの言葉に、ナギとフォルトナは彼女を見た。


「必須スキルですか?」


「はい。殿方の胃袋をつかむのは重要です」


「リヴィエールは経験がありそうね」


 ナギのその言葉にリヴィは朗らかな笑顔を浮かべた。


「ギアさんはこれで落としました」


「!?」


 その瞬間、フォルトナは兄の好物を作る支度をはじめ、ナギは早く相手を見つけねばと強く誓った。

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